妖研究所、暗殺班一班
それは日が落ちる夕方の便でやってきた。
リーダーの名は前川玉藻。
五名の男女を引き連れ、島へとやって来ていた。
五名は皆目深にフードを被っており、顔立ちは伺えない。
遠目に見ていた土筆は何とか敵の正体を見極めようとしているのだが、あまり近づき過ぎると察知される可能性が高くなるのでとある民家の天井裏から覗くだけに留めている。
風か何かでフード取れないだろうか?
そんな事を思っていると、玉藻が急に周囲を気にし始めた。
何かを探しているようだ。
気付かれたのだろうか?
そう思ったが違うらしい。
周囲を一頻り見回した玉藻はフードの一人に声を掛ける。
さすがに遠すぎるのでここからでは声までは聞こえない。
もう少し近づくべきかと悩みながら土筆は観察を続ける。
一人の女がフードを取った。
黒髪の可愛らしいセミロングの女性だ。インテークが特徴的だろうか?
背は低い方だろう。
ぐっと両拳を握っていることから、がんばりますっとでも言っているのかもしれない。
その顔を見た土筆は思わず声をあげそうになった。
最悪な妖使いが来ている。
どうやら今回の玉藻は本気らしい。
つまり、他の四人も玉藻が本気で選んだ人選ということだ。
まさか、まさかあいつまで持って来るなんて。
アレはまず予定が空かない妖使いだ。
用途は特殊だが重宝するため次々と依頼が舞い込み滅多に連れだしたりなど出来ないのである。
だからそんな妖使いが出張るというのは、玉藻が今回の討伐戦に並々ならぬ思いを抱いている事に他ならない。
つまり、絶対に高梨有伽を殺す。という意気込みだ。
なぜなら、玉藻が連れて来た妖使いは【べとべとさん】だからである。
どこへ逃げようとも一度憑かれれば振り払うことが出来ない追跡特化の妖使い。
今回は完全に逃すつもりはない。玉藻はこの島で、今回の遠征で有伽たちとの決着を付けるつもりなのだ。
「なかなか、面倒そうですわね」
そう呟いた瞬間だった。
フードの一人がばっとこちらに視線を向ける。
まさか、と驚く土筆、ざわっと背筋に走った悪寒に慌てて天井へと引っ込み逃げだした。
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前川玉藻は周囲を見回していた。
もしかすれば既に天原土筆がどこかから監視しているのではと思ったのだ。
残念ながら彼女の索敵範囲からは何の反応もなかった。
「べとべとさん、わざわざ悪いわね」
「いえ、凄く危険な妖使いが相手なんでしょう。私で役に立てるならやらせて下さい! 私、相手を見失わないことだけは得意ですけど攻撃とか殺害とか出来ないですから。皆さんにお任せすることになっちゃいますけど」
「構わないわ。むしろ見失わないことこそが今回は重要なのよ。相手には天井下りもいるし」
「追跡ならばお任せくださいっ」
ふんすっと気合を入れるべとべとさん。
頑張り屋な彼女は依頼は全て断らない。
さすがにダブルブッキングはしないようにしているらしいが、こういった緊急性のある依頼を受けるのはめったにないのだ。
今回は前回の暗殺が上手い具合に速く終わったのでこちらに来ることが出来た。
さすがに時間は少なく、今日一日しか参加できないのだが、彼女が手伝うということは一日あればほぼ確実にカタが付くということでもある。
それほどまでに相手の居場所が分かるというのは、暗殺班にとって重要な意味を持つのだ。
彼らにとって敵対した相手を殺すことは普通。逃げた相手を追い詰める方が苦手な部類なのである。
そして、絶対に逃さないべとべとさんが居れば確実に相手の逃走を防げる。
ゆえに必ず殺せるのだ。
「じゃあ早速……」
玉藻がべとべとさんにお願いしようとした瞬間だった。
フードの男が何かを察してばっと一点を見つめる。
「目競どうした?」
「居た」
「いた?」
「アレは多分、天原だ」
目競の言葉に玉藻の表情が激変した。
般若もはだしで逃げ出しそうな顔になった玉藻に、思わずべとべとさんが涙目になる。
「はいはいべとちゃん怖かったねー」
「ひゃん、ちょ、ダメです垢嘗さんっ」
腕を引かれ、身体を抱きとめられた相手に気付いたべとべとさんが慌てて飛び退く。
舌打ちする垢嘗。ずっと狙っているのだが、噂を既に聞いているらしく身持ちが硬いのだ。
べとべとさんは可愛いからイケるのだが、べとべとさん側はイケないらしい。
「やっぱり見てたか土筆ぃ……必ず。そう、必ずだ。追い詰めて無残に引き裂き臓物ぶちまけてやるから、覚悟してろよぉ……」
「もう逃げた」
目競がそんなことを告げるが、玉藻は既に聞いていない様子だった。
リーダーが使いモノにならないことを察知して、フードの男たちが歩きだす。
「あれ、何処行くの?」
「リーダーが使えなくとも俺たちは機能する。既に上陸済みの二班に合流する。現状を聞いておかねば」
「なるなる。んじゃ行こっか。べとちゃんも行こうぜー」
「ひぃっ、じ、自分で歩けますから近づかないでっ」
「おい、ひでぇな、同姓でしょー」
「同姓だから嫌なんですーっ」
「あまりウチのエースをイジメないでくれないか四班班長」
「あいよー」
垢嘗は気の無い返事をその場に残し、他のフード達の後を歩きだす。
そして、一人憤慨する玉藻だけがその場に残されたのだった。