本物の妖狐
「小出 葛之葉じゃ」
迷い家に入って居間で寛ぐワタシたち、少しゆったりしたところで、湯呑みを置いた狐娘は、雄也に向けてようやく自己紹介を始めた。
「あ、はい。俺は近衛雄也っす」
頭を掻きながら自己紹介をし返す雄也。
うむ、苦しゅうない。と告げるくーちゃん。どっちが家主だろう? 思わず疑問が湧いてしまう状況であった。
「で、なんで着いて来たべや?」
「うむ、それは、じゃな、えーっとできればそちらの小娘一人と話したいなぁ、と思っての」
「ワタシ?」
「そうじゃ、なれじゃ、複数の妖能力を持つ変わった小娘じゃな」
なるほど、ワタシにというか有伽に興味を覚えてやってきた訳か。
さて、どうしよう。
「へぇー、彼女に興味を覚えて、か、私も同席させていただいてよろしいかしら?」
不意に、声がくーちゃんの真上から降ってきた。
「うむ、そなたは別に良い……ぎゃぁぁぁ!?」
気配には気付いていたらしいくーちゃん。見上げたその目の前に土筆の顔がドアップになっているとは思ってなかったようで、目だけ笑って無い笑顔を湛えた土筆の顔を見て悲鳴を上げてのけぞっていた。
耳としっぽがぴーんってなったぞ今。
「お、おおお、驚いたではないか!? 近すぎじゃ阿呆っ」
「よっ、と」
くるんっと天井から降りて来た土筆がワタシの隣に座り込む。
「私、気配消してましたのに、この狐、気付きましたよ。研究所の刺客、って訳ではなさそうですけれど」
「ふむ?」
研究所の刺客、と聞いて小首を傾げるくーちゃん。
やっぱり最初に感じたようにラボとは無関係な存在らしい。
「近衛さん、赤峰さん、申し訳ありませんが密談させていただきたく思います」
「あー、まぁそう言うことなら、風呂入ってくるわ」
「あ、じゃああたしは部屋戻ってるな。雄也、風呂入った後は食事呼びに来てな」
「おっけー」
二人が去っていく。
結果、残されたのは、ゆっくりと湯呑みに口付け、茶を飲み始めたくーちゃん。
そしてワタシと隣に座った土筆の三人だけ。
「で、その女性を操っとるのは意味があるのかの、随分と不自然じゃぞ」
「バレてますわよ、ヒルコ」
「みたい、だね。敵か、味方か、そこだけでもはっきりさせておきましょう土筆さん」
「なんじゃなんじゃ、敵とか味方とか物騒じゃの。その小娘をどうするつもりかと聞きたかっただけなんじゃが……」
「彼女は今閉じこもってるの。だから目覚めるまではワタシが代わりに日常を送ってる、邪魔をするつもり?」
「なんじゃ、その娘を守る為かや、妾はまた成り済まして手酷いことをするつもりかと思うておったのじゃが」
湯呑みを置いてふむ? と難しい顔をするくーちゃん。
敵意は一つも感じない。
ワタシと土筆は顔を見合わせ、問題は無いかもしれない、と判断する。
それでも、下手に情報を流すと悪用する輩もいる。
仲間に引き入れられるかどうかは慎重に確認しなければならない。
「いくつか確認したい事がございますが、お聞きしても」
「よかろ」
「まず、貴女は何者で、なぜ彼女に接触しようと思ったのかしら?」
こういう詰問は土筆に任せた方がいいだろう。
ワタシでは何を聞いたらいいのか分からないし。
とにかく有伽を守る。それだけに意識を集中させよう。
「接触しようと思ったのは動きが歪だったからじゃな。意識が無いのは一目で分かったし、何故動いておるのか考えて、よくよく見れば身体を覆ったけったいな物が無理矢理動かしておるではないか、これはまさかと思って救出に来たわけじゃが、なんか違うみたいじゃの。んで妾は妖狐じゃ。それ以外でもそれ以上でもないぞえ」
「妖狐の妖使いですね、それで……」
「いや、妖使いでなくてな、妖じゃ」
ワタシと土筆は再び顔を見合わせる。
やっぱり道中の言葉は聞き間違いじゃなかったか。
「妖?」
「妖? 使いじゃなくて?」
二人してしばし考える。
余りに突飛過ぎて妖がどういう存在かと思案すること数秒。二人同時に答えに辿りつく。
「「ほ、本物の妖っ!?」」
「じゃから妖じゃと言うとろうが」
「い、いやいやいや、嘘でしょ、妖なんて眉唾ものじゃありませんの!?」
「で、でも、くーちゃん神社に住んでたし、稲荷だし、狐だし?」
「よくわからん言葉を羅列するでない。まぁよい、実際見た方が早かろ」
と、言ったくーちゃんの姿がぼわんと煙を上げて消え去った。
後に残ったのは金に輝くかと思える程に黄色い毛並みを持つ狐が一匹。
背後の尻尾は五尾に別れている。そして手というか前足に持たれた子供の頭蓋骨。
どう見ても普通の狐じゃない。
「妖……ほ、本当に?」
その狐が手に持っていた頭蓋骨を頭の上に乗せる。
ぼわんっと煙を立てて再び少女の姿へと変化した。
狐になった時に服は全て脱げてしまっていたので全裸少女のお目見えである。
「どうじゃ、理解出来たかの」
「くーちゃん服、服着てぇっ」
「なんじゃ、女ばっかではないか、そんな気にする必要は……」
「おーい根唯上がったぞ……お、おぅ」
そして既に居間にワタシたちがいることを忘れていた雄也が下半身にタオル巻いただけの姿で戻ってきた。
全裸狐娘を見て一瞬立ち止まり、慌てて根唯の元へと駆け去っていくのであった。