黴猫相討つ
「ッ――――――――――!!」
物凄い声が迸った。
妖気を込めた音という名の攻撃が、招かれ近づいた燭陰向けて放たれる。
ぶぷっと顔の穴という穴から血を噴き出す燭陰。
血に塗れ赤くなった目が見開かれ、怒りの咆哮と共に突風が吹き荒れる。
風と音が拮抗する。
なんだこれ、怪獣戦争か!?
巻き込まれた家々が粉砕され始める。
ヤバい、周囲への被害が……
しかし、燭陰も猫又も周囲への被害など気にせず相手を滅ぼさんと特大の一撃を叩き込んでいる。
だが、動けないらしい燭陰とは違い、猫又は尻尾にしていた妖力を鋭い槍のように変化させ燭陰向けて打ち放つ。
燭陰が滅多刺しにされて悲鳴が迸る。
解除された烈風を押し返し、猫又の音波が燭陰に直撃した。
再びの絶叫。力を無くしたのかそのまま地面に激突する。
ソレを見た猫又はふぅっと息を吐いて能力を解除した。
確かに、これはヤバい。
こいつと闘って勝てるだろうか?
不意を打てば? でも失敗すれば?
「怖いと思った? だったらさっさと諦めたらいいわ」
カチンと来た。
確かに彼女は私と同じように抗う側の存在なのだろう。でも、でもなんだかイラッと来る。
こいつに負けたと思われたままでいる訳にはいかないと心の中で何かが叫ぶ。
ならば、私も対等だというところを見せねばなるまい。
全身から血を流しつつもまだ生きている燭陰。
もう虫の息だが、触れれば大炎上に烈風が吹けば接近も無理そうだ。
けど、私はもう、猫又が一人勝ちするのを指を咥えて見ているなんてできない。
うわんの横から猫又の横まで歩く。
隣に来た私に猫又が怪訝な顔をした。
「どうしたの? 危ないわよ?」
「あんたの実力は良く分かった。だから、次は私の番だ。私と敵対するってことがどういうことか、しっかりと見て尻尾巻いて逃げるといい」
「はっ!?」
今の自分の攻撃を見せつけたのに、私が引かないばかりか対抗する姿を見てイラッと来たらしい。猫又はフシャーと威嚇し始めたが、無視して私は右腕を草薙で切り裂く。
「へ? ちょ、何して……うげぇ!?」
まさか自殺でもする気か、とでも思ったのだろうか? 手首を切った私に驚いた猫又は、そこから溢れ始めた黒い血を見て仰け反った。
「さぁ、ご飯の時間だよ。燭陰を、残さず喰らえ」
地面に手を付き黴に命じる。
久々のご飯だと喜びながら増殖を始めた黴に、尻尾をパンパンにして飛び退くように逃げる猫又。
その目の前で、燭陰向けて増殖した黴が殺到。燭陰を包み込む。
燭陰が悲鳴を上げてのたうつ。
自身を高熱化させて黴を焼き殺そうとしたようだが、遅い。
既に体内に入ったらしい黴が内側から捕食して行く。
激しく暴れ、のたうち、必死に体内から黴を吐きだそうと努力する。
しかし、次第飲まれいく燭陰は全身を高熱化させる器官を喰われたらしく、徐々に黒く覆われて行った。残った顔が最後に一度、哀しげに嘶き黒く染まって動かなくなった。
「う、うわぁ……」
「猫又。アレが高梨有伽が妖研究所に追われる理由。体内で飼っている妖、黴だ」
「えぅ、体内で飼うって、あ、あんた正気?」
「正気? そんなモノは家に置いて来たよ。今は多分、狂気しかないんじゃないかな?」
哀しげに告げた私を見て、猫又が生唾を飲み込む。
想像以上だったらしい。私への悲哀の視線が一層深まってしまったようだ。
「うわん……」
「高梨有伽は元は垢嘗の妖使いでしかなかった。しかし、ヤマタノオロチにより草薙剣を託され、黴を内に囲い、蛭子神を外に囲い、紫鏡の力を持つナイフを持っている。今の妖名は複数の妖能力を操る【妖少女】だ」
「はは、マジっすか。まるで私が招きまくったみたいにあらゆる力を取り込んでるって訳だ」
似たもの同士、か。
案外あいつの言葉も間違いじゃなかったらしい。
自身に招いて力に変える、か。
燭陰を喰い終えたらしく、黴達が戻ってくる。
右腕に開けた傷口から黒い悪魔達が体内へと戻ってくる。
その光景に、やはり青い顔をする猫又。
「貴女の招いた妖能力、私が宿した黒き黴。どっちが強いのかしらね。でも、出来ればその答えがでないことを祈っているよ」
「そう、ね。あんまし長生きして私の手を煩わせないでくれるとありがたい、わね」
顔が引きつってるぞ猫又。
そこはポーカーフェイス出来ないと。
それができないってことはそれなりの適当な地位にしか居ない存在か、あるいは、ごく最近入ったばかりなのか?
「燭陰は滅したわ。これで、いい?」
「上出来だ。残念ながら二班への出動要請も三班への出動要請も出ていないので、我々は撤収する」
そう、一応また猶予は出来た訳か。次に来るのは一班。つまり、実行部隊本体だ。散発的な今までとは違う。
もう安全じゃなくなった。この島は既に危険地帯だ。
生き残るには、やはり学校暮らしは止めた方が良いだろう。
迷い家も雄也がいない今は使えない。このまま、雲隠れしたほうがよさそうだ。