幸運を使い果たした者
ケセランパサランに対峙するのは財前博次。
貴族服のような改造学生服を着たメガネの男で頭をワックスか何かでオールバックにしている。
彼の妖能力は【金魂】。ケセランパサランや座敷童子程ではないが、幸運を司る妖使いだ。
当然ながら彼の能力は金運の底上げであり、金についてであれば幸運は最強とも言える。
だが、総合した運はと言われればかなり低い。一点特化型なのだ。
ゆえに彼ではケセランパサランには勝てない。
しかもなけなしの幸運を根唯を救うために使ってしまっていた。
だから、無防備だ。
ケセランパサランとの幸運勝負は呆気なく彼の敗北に終わっている。
闘う前から分かっているのに、彼は全く気にせず敵対する。
自分の負けを確信しながら。
根唯の幸運によるバフもないのに。
彼は死を覚悟して助けに入った。
「博次……君?」
「君は逃げろ。僕の能力で危機は回避できただろうけど、こいつを倒すには不十分だ。万全の状態になってから確実に勝て。それまでは逃げ続けろ」
「ま、待っで、それじゃあ……」
「こういうのはフラグというのかな? ここは俺に任せて先へ行け。だっけ? 僕が俺とか言うのはあまり好きじゃないけどね」
「な、なんで……」
「正直、人生に迷ってたのさ。親の敷いたレールに乗って、妖能力に決められた勝ち組人生。確実に金だけは集まるから富と栄誉は約束された大財閥の御曹司。けど、そう言うのあまり好きじゃなくてね。出来れば皆と馬鹿騒ぎでもしたいんだが、地位が邪魔するんだ。だからさ、女の子守るために命賭ける男って、眩しく映るんだよ」
それは、高梨有伽を命がけで守りきった男の終わりだった。
あの姿に心を打たれた。
ただクラスメイトだから守ろう。そんな薄い気持ちだった自分が恥ずかしいくらいに、大切な物を守るために命を賭けた。そんな男に憧れてしまった。
「馬鹿だなぁお兄さん。僕は遠慮しないよ? どうせあんた殺してもそっちのちっこいのも殺せるし」
「いいや、それは無理だ。僕を殺す、そこまでは君に許そう。だが、そこから先は、僕らの勝ちだ」
博次の言葉にぴくりと眉を動かすケセランパサラン。
自分の能力に勝てない癖になぜ勝てるとほざくのか、ゲーマー魂というか負けず嫌いな魂に火が付いたようだ。
「いいよ、あんたに地獄を与えてやる」
「違うな、君が仲間に地獄を与えるのさ。さぁ、殺せるものなら殺してみせろ! それで全てが反転するッ」
「クソみたいな妄想に浸ってんじゃねーぞ雑魚がッ!」
幸運同士の見えない闘いが始まった。
勝敗など分かり切った闘いだ。
勝つのはケセランパサラン。
そこは確実に決まっている。
見えない闘いは直ぐに終わり、敗北者は全ての運を失った。
ゆえに相手の幸運分、不幸が彼に襲いかかる。
唐突に足元の砂に流砂が生まれ、足が埋まって行く。
海が突如大きく波を引く。津波がやって来るかと思えば、海から飛び出す鮫が一匹。
それなりに強い高波に連れられて、空を飛ぶように飛びかかる。
ケセランパサランを避け、動けなくなった博次の腕を食いちぎった。
「博次君っ!?」
「おおぅ。死ぬのは、流石に怖いな……」
びちびちと砂浜に打ち上がった鮫はのたうち、鰭による一撃が博次を襲う。
脇腹がごっそりと鮫肌に削られた。
「あ、ああ……」
そして急に闇が来る。
否、突如空が夜へと変わった。
黒い雲が空を覆い、夜の帳に涙を零す。
「おー、これが【燭陰】の目を瞑れば夜になるって能力か」
その副作用で稲光が空から博次めがけ迸る。
根唯は叫んでいた。
今のは確実に死ぬ一撃だ。
だが、焼け焦げながらも博次は生きていた。
決して折れぬ、否、まるで何かに生かされるように、死にそうで死なない。
しかし、死は確実に訪れようとしている。
身体は一気に満身創痍。
足は動かず近くで暴れる鮫に身体を傷付けられていく。
雨は流れる血を押し流し、稲光が身体を焼いて行く。
終わっていた。財前博次はもう、生き残れない。
本来ならば根唯が味わっていた不幸の連鎖を彼が引き受け死にかけている。
死にそうなのに死なないのは、その方が不幸だから、それだけのことだ。
少しだけ生きているからこそ不幸が続く。
死にそうなのに死ねない不幸が続いていく。
しかし、博次は不敵に笑う。
「ああ、そうだ……自己紹介、まだだったなクソガキ」
「はぁ? 死にかけの運無しの癖に何言ってんの? まさか敵対者に死ぬ前に名前覚えてくれ、とか言うつもり?」
「俺は、財前博次。金魂の妖使い。そして殿とゆかいな仲間たち所属! 言った筈だ。僕らの勝ちだ、と」
笑みを浮かべ、勝ち誇るように高笑い。
もう黙れ、と稲光が彼を焼き尽くす。
呆然とする根唯の目の前で、クラスメイトの少年が……息絶えた。