黒き使者と赤き神
「高梨ぃっ!」
決め手にかけると今度は叫んで真っ向勝負しろと言ってくる。
そうは行くか。
真っ向から闘ってヤバいのは分かってんだよ。
基本絡め手。
烈風が来れば逃げて、なければ斬り込む。
隙を見せたらナイフで分割する。
追い付いて来た翼に接近、草薙の一撃を叩き込む。
赤い腕がこれを弾き、翼が咆える。
そして烈風が……っ!?
バックステップの準備をした私の後方から烈風が吹いた。
御蔭で翼に向かって突き進む。
翼は私を掴もうと赤い腕をめいっぱいに開いて待っていた。
ヤバっ、アレに掴まったら終わる。
燃え尽き消えた男を思い出す。
あんな死に方、してたまるかッ。
一か八か、ヒルコ、右使うよ!
草薙で自身の右手を斬り付ける。
高速で迫る翼。
私を捕まえられるとニヤリと笑みを浮かべたが、私が自身を斬り付けたことに怪訝な顔をし、そこから生まれた存在を見て顔を真っ青にする。
「ぬおおおおおっ!!?」
慌てて逃げだす翼。
烈風のせいで私は転がり、翼の横を通り抜けてしまう。
態勢を立て直して翼を見る。
かなり焦った顔でこちらを見ていた。
「こ、殺す気か!?」
いや、殺し合いしてんだろ?
そもそもこいつの存在忘れてたのか?
「私は【垢嘗】だけど、今は【妖少女】だよ?」
「黴はダメだろ黴はよぉっ!? この島全部喰わせる気か!?」
「出し惜しみして死ぬ方が間抜けだからね」
舌を使って草薙を動かす。
回避出来たので黴達には戻って貰う。
そう、黴たちだ。
私の体内に巣くい潜む共生体。
一度放たれれば全てを喰らう黴の群れは、流石に燭陰相手でも通用するようだ。
出来れば黴に喰わせてしまいたいが、あいつの炎に黴が耐えられるかは不安である。
まぁ、一度出してしまったからにはもう戦略に組み込んだ方が良いだろう。
接敵すれば相手を倒せるのはこちらも同じ。さぁ、どうする翼。
そんな翼は、そう言えばそんな妖も飼ってたな。と不敵に笑みを浮かべる。
不敵、というか、空元気か?
さすがに黴と直接敵対するのは翼も恐怖があるらしい。
烈風で自分に向けて私を吹き飛ばす方法は想定外だったけど、迂闊には、というか絶対に使えなくなったな。
「まさかとは思うが。それを道全体に流したりしねぇよな?」
「試すだけやってみようか? 烈風で吹き飛ばされると打つ手なくなるけど、人的被害はケタ違いよね?」
「うっ」
「可能なのは焼くこと? でもちょっと焼いた程度じゃ纏わり付く黴を焼き切れるかどうか。まぁ翼ちゃん相手だし、そこまで切羽詰まってないからやらないでおいてあげる」
「はっ、手を抜かれてこんなに嬉しいことぁねぇよな。くそったれ」
手を抜かれたと思われるとイラッとするが、今回は私がそんなことをしないことに安堵してるってことらしい。
正直私もそれは有効かな、とは思うんだけど、面に伸びるにはいろいろと面倒なんだよね。
爆発的な増殖すると確実にラボやグレネーダーが全力投入してくるだろう。そうなると物量に押されて殺される。
ゆえにヘタに使う訳にはいかない。
やる時はソイツを確実に他の手段で殺せない時。そして自分が逃走すらも不可能だと思った時だ。
だから今回はやらない。ここで行うことで敵に全力戦闘の免罪符を与えてしまうことのないように。
だから黴は牽制だ。
そろそろ効いて来てるだろうか?
剣撃の合間に見える隙を付いてないことで意識はしなくなってるだろうか?
そろそろ、行くか。
よし、ヒルコ、目的は燭陰の分断。覚悟はいいか?
うん、私は出来てる。いろいろ負担かけるけど、いい?
「大丈夫、行こう有伽」
舌で草薙を操り、右腕からは黴を張り付かせる。
間違っても黴のある場所に行かないようヒルコには右腕から逃げて貰った。
これで準備は万端。
烈風はある程度防げた。
迂闊に自身に引き寄せようとは思うまい。
近接を取るか、それとも中距離を取るかが不安ではあるが、今の所翼に中距離攻撃の手段は無い。
烈風だけだ。
炎も使ってないので掴まれない限りは使われないとみてもいいだろう。
まさかそれこそが演技で不用意に近づいたら、なんて可能性は翼ならない筈だ。
可能性を言えばテケテケ使って来るくらいだが、それはヒルコにお願いしよう。
神の実力と聞いてたからちょっとヤバいかと思ったけどスペック的には翼に毛が生えた程度か。
これなら十分対処可能だ。
近づきながら草薙で攻撃。
翼はこれを赤い腕で必死に弾く。
捕まえれば燃やせるのだろうけど、翼は防御を選んだようだ。
さぁ、覚悟しろよ翼。
必死に私を止めようとしてるところ悪いけど、融通効かないあんたは倒させて貰う。
あんたからその腕を引き離させて貰うからっ!