夜を呼ぶ者
「ねぇ翼……」
私は翼に問いかけた。
意味なんてなかった。
理由なんてなかった。
ただ、なんとなく声をかけた。それだけだ。
「なんだ?」
なのに律義に返事する翼。
最後の会話になるだろう。
だから話を聞こうと言うのだろうか?
「あんたに出会った事が、私がグレネーダーに入る切っ掛け、だったよね」
「っ!? ……そう、だな」
辛そうな顔を一瞬だけしてくれた。
少しは悪いと思っているらしい。
でも、違うんだ、翼。私ね、グレネーダーに入れる切っ掛けを与えてくれたこと、それだけは感謝してるんだよ?
あれは、むしろ良い思い出なんだ。
だって、本当だったなら、あの時翼に出会っていなければ……
私は多分、もうこの世には居なかったかもしれない。
いや、でも影口のせいでグレネーダーに狙われたのは翼に会わなければ問題無かったかも?
でも、結局あの町で適当に過ごして、母さんと同じ風俗嬢の道を歩くレールしか、きっとなかったんだろうな。
そこから連れだしてくれた翼にはとても感謝してるんだよ?
だから、哀しい。
貴方とこうして敵対している今が。
貴方が決意してしまっている事が。
貴方と殺し合うことになっている状況が。
「ずっとグレネーダーで一緒に居れたらよかったのにね」
「あ? なんだよ、恨みごとじゃねーのか」
「あんたのせいでグレネーダーに入ったからこうなったって? 違うよ翼。私、グレネーダーに入る切っ掛けをくれたことは感謝してるの。あそこには居場所があったから」
「……居場所」
「そう、隊長がいて、小林さんがシャドーボクシングやって、翼が椅子からひっくり返って頭打ってて、稲穂がすり寄って来てソレを押し留めながら前田さんの意味不明な報告を聞いて、そして……真奈香が傍に居る。あの日々が、ずっと続いてほしかった」
「それは……」
困ったように視線を泳がせる翼。
想定外の言葉で戸惑ってしまったらしい。
「でも、私は黴を手に入れた。妖タワーで全てを消した。流亜ちゃんが妖研究所に保護されて、隊長が安否を気遣って写真を頼んだ。護送係の二人は消され、隊長は写真を手に入れた」
「写真……?」
「ええ。だから、隊長はグレネーダーを止めた」
「おい、それ初耳だぞ!?」
「だって、翼ちゃんは小金川とかいうのの使いっぱしりでしょ? 貴方に告げるには危険な事が多過ぎた。それこそ、小金川に報告されれば消されそうな話だもの」
「それは……」
「だからさ、これは未来を知らなかっただけで、ずっと前から決まってた必然的なことだったんだよ」
「高梨……」
「さぁ、懐かしい再会のお話は終わり。殺す準備は出来てる? 死ぬ準備は出来た? 出雲美果を殺したみたいに、私を殺せる? 面と向かって殺す覚悟は出来てる? 殺したことを後悔し続ける覚悟は出来た?」
「そんなの……」
さぁ、始めようか翼。
私は全力を持って貴方を殺そう。
殺す準備は出来た。死ぬ準備も出来た。真奈香を見送った慟哭も、隊長を殺してしまった後悔も、父さんを死なせてしまった悔みも、皆飲み込んで私は生きる。復讐のために生き続ける。
だから殺そう。私を殺しに来る全てを、泥に塗れ、後悔して、泣き叫んで、血反吐を吐いて、慟哭して、悔んで、怒って、無様に地に伏しても……前へ。
「私は……既に出来てるよ」
さぁ、殺し合おう、翼。
私の空気が変わったとみるや、翼もまた動き出す。
まずは目を閉じ新しく得た燭陰の力を使う。
翼が目を閉じた瞬間、空が暗くなった。
一瞬にして夜が来た。
この町、いや、この地球の半球がまとめて夜に変化した。
黒雲が空を覆い、雨が降り始める。
急激な気温の変化、鳴り響く雷音。ゴロゴロと天変地異の前触れが威圧の音を響かせる。
落雷が落ちた。
あっちは海岸だろうか? 根唯達は無事かな?
「天候操るのは凄いけど翼、何がしたいの?」
まずは舌に草薙を絡ませ振り抜く。
目を開いた翼が迫る舌を見て慌てて飛び退き、続く一撃を赤い腕で掴もうとする。
やっぱりあの腕の反応だけ無駄にいい。
翼とは思考回路が別になってると思った方が良いのかな?
他人の腕に寄生している、みたいな? 刃物に変形して襲って来たりしないだろうな?
「クソっ、掴んじまえば終わりなのにっ」
冗談じゃない。全身焼き尽くされるとか絶対御免だ。
翼の腕に掴まれたら終わりだな。ヒルコ、分かってるね?
ヒルコから了解の意思が伝わる。
よし、砂浜で手に入れた砂を使おう。
ヒルコが居てくれるから相手の不意を突くのにいいかとたまに補充して貰っている。
腕を振るう動作をしながら砂を飛ばす。
唐突に飛んで来た砂に驚く翼。
雨粒を含んでいるせいで重い一撃になったようだ。
残念ながら目潰しにはならなかったが怯ませるくらいには役に立ちそうだ。