荒れ狂う魂
「有伽様!」
私の元へ土筆がやってくる。
まるでフリスビーを取ってきた犬のように尻尾振ってる気がする。
どうですか、私やったりました! といった顔である。仕方ないので頭を撫でてやる。
「ふふ、これはご褒美です」
「あんた見掛けなかったから何してんのかと思ってたら、ずっと狙ってたのか」
「あまり姿を現すと探知されてしまいますもの。出来るだけ気付かれないようにしてましたのよ。軒下から潜望鏡使って索敵したり、相手が追い詰めたと思った瞬間を狙ってみたり。私、いい仕事しましたでしょう」
「ええ、側頭部を一撃。さすがの荒魂もこれは生き残れないでしょ」
とは言ったモノの、今までの敵がいろいろとヤバいの多かったしな。七人同行は何度でも蘇るし。来世なんか死んだことが妖能力の発動条件だったし。
荒魂もなんかそんな感じの……おい、待て。今のはフラグじゃない……
即死の筈の荒川がゆっくりと立ち上がる。
二人して思わず後退さる。
目は既に光を映していない。
まさに荒れ狂う咆哮で私向って走り出す。
さすがにマズいと悟った私は、近くの電柱に舌を吐きだし、土筆諸共空へと跳んだ。
遅れ、荒川が私のいた場所に激突する。
地面が抉れ飛び、アスファルトの欠片が私の頬を掠めた。
「おいおい、なんつー一撃だよ」
「まさに荒れ狂うゴリラですわね」
荒魂。そう、まさに荒れる魂だ。
荒川という理性……理性と言っていいのか分からないけどあいつの意識が消えた瞬間妖能力が表に出て来たとでも言ったところだろう。
脳死した荒川とは違い、まさに動くモノ全てを破壊する荒れ狂う何かが荒川の身体を乗っ取ったのだ。
私達を無視してそこいら中を破壊する。
逃げたいけどさすがにこの状態だと逃げれないぞ。
あ、ヤバい、あいつ電柱破壊する気だ!?
全力のタックルで電柱を爆砕。
倒れる電柱から必死に舌を振って飛ぶ。
地面に落ちるより早く別の電柱に。
しかし、そんな動く物体に気付いた荒川が私向けて走り出す。
こっちの電柱もヤバい。
仕方ない、電柱を梯子する形でターザンごっこするしかない。
私がターザンで逃げ、荒川が電柱を破壊する。
きっとこの近辺では急に停電が起こりまくってることだろう。
あいつ本当にヤバいな。近所迷惑甚だしい。
「それにしても、撃ち殺しても死なないとは……どうしましょう有伽様?」
「そうね……黴で丸ごと消失させるしか……げっ」
そろそろ対峙すべきか、と思った矢先だった。
翼がついに追い付いて来た。
暴れ狂っている賽音が突撃するが、その腕を手にして投げ飛ばすことで無力化する。
「おい荒川ッ、テメェが荒れ狂ってどーすんだっ!」
「ウオォォォォォッ」
「正気に戻れこの、馬鹿野郎っ」
赤い腕はとても長い。その御蔭で荒川の有効射程外から殴り飛ばす。
一気に吹っ飛ぶ荒川。これは想定以上の腕力だ。翼の野郎、人間やめたらしい。
「チッ、正気に戻らねぇのか? いや、お前、その頭の穴、どうした?」
気付いた翼。しかし荒川は既に死んでいる。
今、彼を動かすのは荒魂。死してなお暴れ続ける妖だ。もはやあれは妖使いじゃない。妖に使われた死体である。
翼もそれに気付いたようで、舌打ちする。
「悪りぃなおっさん。殺害の邪魔になるなら消せって、上から言われてんだわ。あんたの能力、死んだ時に荒魂に身体を奪われるってのは、今の状態でいいんだろ」
翼の奴、知ってたのか。
きっと小金川っていうクソ野郎から教えられたんだろう。
私は直接会ったことないけど、隊長の彼女さんを貶め殺そうとした奴だ。そればかりか出雲美果も、隊長も、あいつのせいで殺されたようなもんだ。
敵の首魁、いや、中ボスってところか。
なら、そこまでは絶対に辿りつかないと。
ソイツだけは絶対に許しちゃいけない。このままのさばらせちゃいけないんだ。
迫る荒川。
その拳が翼にぶつかる、その刹那。
翼は赤い腕で荒川の拳を掴み取る。
そして……燃えた。
荒川の身体が一瞬で燃え上がり、燃え尽き、消失する。
一瞬だった。一瞬炎が全身を包み、そのまま灰すら残さず荒川の全てが消え去ったのだ。
あまりの光景に私たちは電柱にぶら下がったまま呆然と見つめてしまう。
「え? 消え……た?」
「よぉ、高梨。言っただろ、【燭陰】だってよ?」
「翼?」
「こいつはよ、中国神話の神である祝融と同一のものって言われてるらしい、つまり、太陽神、炎の化身って奴だ」
太陽神。え? 妖だよね? 神出て来ちゃったよ?
しかし、だからこそ今の一撃を理解する。
あれは触れた存在を焼き尽くす妖能力。【燭陰】としての妖能力だ。
「土筆、賽音を連れて逃げなさい」
「で、ですが有伽様?」
「翼の目的は私、あんたは対象外よ。でしょう?」
「まぁ、な。一応狐のおばさんからは殺しとけっつわれたが、二の次だな」
「手出し無用よ。手を出したらあんたでも多分殺される。全員に告げといて、こいつには誰も攻撃するなって」
「有伽様……」
不安気な顔をする土筆だったが、私が地面に降りると、言われた通り翼を素通りして賽音を回収すると、軒下から天井へと消えて行く。
「良い判断だ、高梨」
「二人きりね。結局こうなるか……こういうの、デートっていうのかね?」
「お前とか? そういや前も一度デートしたっけか、まぁ結局五人で回ることになっちまったがよ」
敵同士、だけど懐かしむように相手を見つめる。
さぁ、始めようか、翼……