偽物
一方、志倉翼は赤い髪の女性を追っていた。
服装はここにある学園のモノだ。
そして見知ったプチツインテール。
見間違う筈がなかった。
「クソッ、屋根の上を転々とッ」
妖能力である垢嘗は一見役立たずに見える。
しかし、こと移動に関して言えば一過言あると言って良い。
身体は天井に張りつけるようになっているため、壁だろうがビルだろうが気にせず登る。
登る姿がゴキブリ並に酷いことを除けば逃走特化の能力である。
舌を伸ばせば人一人の身体を持ち上げられるらしい。
離れた屋根と屋根の間も舌を使えば素早く渡れる。
翼が追い付くよりも早く別の家に移動してしまっているのだ。
御蔭で永遠走らされている気分になる。
もう、能力を使ってしまおうか?
そんなことを思ってしまうが、流石にソレをする訳には行かない。
「こうなったら、予想して先回りするっきゃねぇ!」
今見えている有伽の姿を放置して、どこに向かっているかを予想して走りだす。
相手より先にそこに向かう。
相手より先にそこに潜む。
そして……
「捕まえたッ!」
赤い腕で、屋根の上に飛び乗ってきたソイツを掴み取る。
驚くソイツの頭から髪がずれた。
「は?」
「あ、やべっ」
慌てて片手で髪の位置を直しているのは、高梨有伽とは似ても似つかぬ男だ。
セーラー服着たド変態な男である。
「な、なぁっ!?」
「あー、人違いっす」
「ふ、ふざっけんなテメェ!?」
高梨有伽の姿を模したコスプレをした近藤礼治は、困ったように頭を掻く。
ヅラを取り外し、俺人違いっす。と平然と言い放った。
イラッときた翼は当然殴り飛ばした。
「ひ、ひでぇ……」
瓦を滑って落ちかけた礼治は慌てて軒に舌を飛ばして地面に逃げる。
しばし呆然としていた翼も、直ぐに我に返って礼治を追った。
「テメェ、高梨はどうした!」
逃げようとした礼治の襟首を掴み上げ、イラついた口調で問い詰める。
「し、知らねぇよ、同じ能力持ってるからこれ着て逃げろって言われただけで」
「クソッ!」
礼治を投げ捨て走りだす。
もともと妖能力を追いさえすれば高梨有伽の場所は丸分かりなのだ。
「こんなちゃちなもんに引っ掛かるなんて……ええい、逃げ場は無いんだぞ高梨ッ」
走り出す翼、その目の前に、どろりと現れる人型の土。
テケテケが走り泥の背後を取ると、泥は気になったようで後ろを振り向く。
次の瞬間、泥の首が薙ぎ払われた。
「邪魔すんじゃねぇ」
泥田坊は直ぐに泥へと戻り、その横を翼が駆け抜ける。
止まる気は無いし、止められる気もない。
しばらく走ると雪が舞い散りだす。
この時期に?
ふと疑問に思った瞬間、物凄い吹雪へと変化した。
明らかに異常だ。
ぽこり、ぽこりと降り積もった雪から生まれる雪童子。
さらに氷柱が無数に襲いかかって来る。
仕方なく燭陰の力を解放する。
「目を開けば昼となり、目を閉じれば夜となる。吹けば冬となり、呼べば夏となる。飲まず食わず息せず、息すれば風となるッ! 吹っ飛べ!」
燭陰の腕を前に出す。開かれた掌から暴風が放出される。
出現した雪童子も降り積もった雪も諸共に吹き飛ばす。
当然、氷柱など耐えることすら出来ずに飛んできた方向へと戻って行った。
「きゃあぁ!?」
「馬鹿ッ!」
声のした方に駆けてみる。
そこには見たことのある二人がもつれ合って転がっていた。
氷柱が刺さりそうになって慌てて庇いあい、転がってしまったようだ。
「なんで、お前らが……」
「く、無様な姿見られるとかついてない……」
舞之木刈華は目を回している小雪から離れると、憎悪を灯した目で翼を睨む。
「美果を殺しただけじゃ飽き足らないの?」
「ッ!? ち、違うっ、それに、美果は生きてた」
「ああ、もう知っちゃったんだ。美果が会いに行ったのかな?」
「お前も知ってたのかよ、舞之木刈華」
刈華と翼は知り合いだ。翼にとって最も大切な出雲美果。テケテケで殺した出雲美果。とある能力で翼を騙した出雲美果。その出雲美果の友人が、舞之木刈華。
何も知らされず取り残された刈華は美果を殺した翼を恨んだ。グレネーダーを、妖研究所を、恨んで仲間を集めて、自分たちで対抗しようと考えた。
でも、小雪を巻き込んでしまい、刈華は彼女への償いを果たすために遠くに引っ越した。
なのに、その二人がここに居た。
翼を騙し生き残っていた出雲美果の存在を知っていたうえにここに居た。
「高梨を助けるためにここに来たのか?」
「逆よ、私達がここに居て、逃げて来た有伽がここに来た。だったら、助けるに決まってるでしょ。敵はラボなんだし」
「ラボは敵じゃねぇ!」
「有伽を検体にしようとしてるのに? 美果を検体にしようとしたのに? 貴方に美果を殺させたのに?」
「っ!?」
思わず押し黙る。
その間に、刈華は小雪を背負い去っていく。
堂々と立ち去る刈華達を、翼は追い掛けることすらできなかった。