幸運を司るモノ
「雄也ッ!」
地面に落下して来る女。受け身を取れず砂浜に無様に転がる。
しかしダメージらしき物は負っていないらしい。
直ぐに立ち上がり身体についた砂を払う。
駆けだそうとした根唯はソレを見て思わず足を止める。
参った、これは丁度挟まれた形になってる。
おかしいな、根唯の幸運が作用してないかのような状況だぞ?
あ、そっか、根唯の奴まだ義手くっついてるから禍福統べてないのか。
じゃあ直ぐにでも使って貰おう、このままだと下手したら雄也が死にかねない。
いや、違う。あっちの女はなんだった? 屋鳴り? つまり、雄也の迷い家に最も有効な妖能力だった。
じゃあ、こっちの子供は? まさか、いや、嘘だろう。それだったら、もしも、思った通りだとしたら……ヤバい、全滅する。
焦る私の横で、根唯が義手を取り外す。
待って根唯、今は……
「雄也、待っててな。すぐ、すぐ助げっがら」
座敷童子の妖能力が発動する。
禍福を統べる妖使い。
自分を優しく持て成す者に幸運を。
自分を虐げ邪魔する者に禍いを。
だから、だから本来であれば……屋鳴りも後ろの少年も地獄の不幸が襲いかかる。
はずだった。
そう、はずなのだ。
「あれ? なんでだ?」
必ず起こる筈の不幸。
必ず起こる筈の幸運。
能力を発動した本人が理解する。
「なんで、あれ? どうしてだ?」
私には分からない。
そもそも禍福なんて目に見えるモノではないのだから、幸運が重なったり不幸が重なることで自分がツイてるのかツイてないかを理解する。
だから分からない。それを自由に変えれる存在じゃないとそれは分からない。
だから、根唯だけは理解していた。
自分がどれ程幸運を操作しようとも、相手に禍を付けようとも、相手の幸運が増大しているという意味不明な現象に。
「ちっこいの、それ僕が居る所だと意味ないから、相殺されてるって」
馬鹿な相手に言い聞かせるように、溜息吐きながら面倒臭そうに告げる少年。
やっぱり、か。この二人がこの島に来た目的、それは私の隠れ場所を撃破するため、つまり、私をいぶり出すために匿う二人を無力化するために呼ばれたのだ。
だから迷い家を屋鳴りが倒し、座敷童子を……
「同じ幸運を扱う妖使いだろ? 僕の場合は味方を幸運にするだけだけどね、その分あんたより幸運になるんだちっこいの。この僕、【袈裟羅・婆娑羅】がいる限りね」
ケセランパサラン。それは時折空から降って来る綿毛のような物体だ。
見付けたら、餌とされる白粉とともに桐の箱で保管すると増えると言われる真っ白なふわふわした毛の球体。
持っているだけで幸運を運ぶというとても幸運な妖。
どうでもいいがアザミに似た植物性のものと、野兎の生え換わる毛に似た動物性、鉱物の一種の3種類が確認されている。
多分だけど鉱物製のは石綿のアスベストじゃないかな? 発癌性高いからそれは捨てた方がいいと思うんだけど。
ともかく、やはりこいつも座敷童子対策としてやって来た暗殺班の一員。幸運を使う座敷童子には、同じ幸運を扱うケセランパサランで相殺して来たらしい。
つまり、今、座敷童子の加護で幸運だった私達は既に幸運じゃない。
むしろ敵であるケセランパサランと屋鳴りの方が幸運に傾いている。
これ、かなりまずくないか?
「袈裟羅……婆娑羅?」
「そう、ちっこいのは知らないの? まさか自分だけが幸運使えるとか天狗になってた? それは井の中の蛙だよ。高梨有伽は気付いてたみたいだけど」
こっちを見ずにゲームしながら告げる袈裟羅・婆娑羅。正直幸運が効かないってのは怖い。
やることなすこと全て不幸になるってことは、ここから打つ手は全て悪手になるってことだ。
つまり、何をやっても自分の首を絞める。冗談じゃないぞ。
「有伽、こいつは、あたしがなんとかする。なんとかせんといかん」
「根唯……やれるの?」
「こいつは幸運使いだべな。だったら有伽じゃダメだ。雄也でも、他の誰でもダメだ、不幸しかない状況で闘うキツさはあたしがよぅわかっとぅ。だけん、屋鳴りはお願い」
なんとか幸運を相殺する、だから私は屋鳴りを倒して雄也を助けないといけないらしい。
できるだろうか?
楽しげにぶるぶると震える腕を見せつけてくれる女相手に、接近して闘えるか?
いや、接近よりは遠距離を……
屋鳴りと闘おうって思った。
ヒルコと協力すればあるいはって。
でも、でも根唯の幸運で保護されてなければ、私なんて不幸な女でしかないってこと、忘れてた。
ぞくり、背後に気配が生まれた。
何かなんて振り向かなくても分かる。
よく知ってる存在だ。
絶対に振り向いては成らない存在だ。
「やっぱり振り向かねぇか」
「振り向きゃぁ楽に終わるしそこのモブも助かるんだがねぇ、残念だ」
翼と荒川の声。今回の襲撃者である四人が、一同に会してしまったのである。