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妖少女Ⅱ  作者: 龍華ぷろじぇくと
第一節 屋鳴り
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それはまるで望郷のように

 高梨有伽は立っていた。

 ただ呆然と佇んでいた。

 森を抜けた崖の上。

 確かに居た男の微笑みを思い浮かべながら、水平線の彼方をただ見つめる。


 崖から見える青い海。

 崖から見える青い空。

 一羽の鳥が空から海へ、一瞬潜り、魚を捕らえて空へと羽ばたく。


 波間から見えるのはクジラだろうか?

 たまにぷかりと浮いて、潮を噴いて、泳いでいる。

 最近、日がな一日ここに来てぼぉっとしていた。


 軽音部での部活動もやってない。

 それでもヒルコは文句を言わない。

 皆も文句など言うことは無い。


 皆が知ってしまっているのだ。

 ウザがられながらも有伽の傍に居て、愛していると伝え続けていた男の事を。

 有伽を救うため、自身を犠牲に倒れた男の事を。


 その男が生前、最後に教えてくれたとっておきの場所。

 今は高梨有伽にとってのとっておきの場所だった。

 自殺の名所になりそうな崖の上。でも、眺めがいい最良の景勝地。


 遠くから船の汽笛が聞こえる。

 しかし有伽はそれすら聞こえていないかのようにただただ海を見つめていた。

 ずっとこれだ。夕日が落ちるその時まで、ずっとここで海を眺めている。


「有伽、もう、一週間以上ここだよ?」


 ヒルコの声すら聞こえないかのように。


「さすがにそろそろ、立ち直ろう?」


 分かっているのだ。立ち直らなければならない。感傷に浸る暇は無い。

 だけど、それでも、自分でも予想外なくらいに心の傷が深かった。

 なまじ来世の行動が真奈香にあまりにも似ていたせいで、何も出来ず助けられてしまった自分がいたせいで。


 動かなきゃいけない。

 二人の想いを無為にしてはならない。

 そう思っても心が動き出す事を拒否していた。

 もう時間すらもないというのに。


「ねぇ、ヒルコ……」


「なぁに?」


 ようやく呟くような声が有伽から漏れた。

 ヒルコは嬉しそうに尋ねる。


「あなたは、居なくならないよね?」


「もう、有伽ったら。あたりまえじゃない。ワタシはずっと傍に居るからね。一蓮托生だよ有伽」


「うん。そう……だね」


 でも、だからこそ、不安が膨らむ。

 自分を慕ってくれるのは嬉しい。でも。だからこそ、自分が危機に陥れば、土筆もヒルコもきっと、自身を犠牲に助けようとするんじゃないかって、不安が膨らんでしまう。

 もう、誰も死なせたくない。死んでほしくない。


 ならばどうすればいい?

 自殺するのは愚策。

 自分がいなくなった後、ヒルコは捕まり死ぬより酷い目に遭う。

 土筆は私のせいで反逆者扱いだ。見付かれば殺されるだろう。

 自分が死ぬのは愚策も愚策。二人の命まで奪う選択だ。


 ずっと、考えていた。

 このままでいいのだろうかと。

 いろいろと考えながら海を見ていた。

 誰かが答えをくれるんじゃないかと期待して。


 神がもしも存在するのなら、少しくらいはヒントをくれてもいいと思うんだ。

 これ程の辛い思いをする必要はないと思うんだ。

 真奈香や来世が死ぬ必要はなかったと思うんだ。


 ねぇ神様。私はこの先どうしたらいい?

 ううん。違うな。神なんて居ない。居る訳が無い。居たとしても私達人間にいちいち構ってる奴じゃない。

 だから、世界には絶望が蔓延している。

 だからこそ世界に嘆きが蔓延している。


 なら、神頼みはすべきじゃない。

 私を殺しに来るやつらがいるのなら、私達の手で殺し尽くすしかない。

 放置すれば奴らの方が殺しに来る。

 後手に回れば殺される。

 素直に殺されてやる訳にはいかないから、全て排除するしかない。


「そろそろ、決めないと、だね」


「有伽……本土に戻るの?」


「今回は誰も死ななかった。来世はともかく、学校の皆は怪我すらなかった。でも、根唯が座敷童子の腕無しだって報告されてる。だから、次に来るやつらは対応出来る奴だ」


「それって……」


「私がここを離れれば多分大丈夫。だけど……もしも、それでもダメだったら……」


「根唯達が、死ぬ?」


「あまり考えたくないけど、ね」


「で、でも有伽、そんな妖使い、居る筈が……」


「いるよ。いなきゃおかしい。だって座敷童子は根唯一人じゃないんだし。ラボは妖使いを研究してる、数多いる妖使いの中で、座敷童子の研究だけしてないなんてありえない」


 だから、このまま私達を助け続ければ、根唯たちは必ず殺される。


「そろそろ、旅支度を整えようヒルコ」


「……わかった」


 少し悲しそうに、でも決然と、ヒルコもまた闘いに身を投じることを決意する。

 でも、有伽もヒルコも気付いてない。

 現実っていうのはもっと残酷で、救われるべき者を奈落に突き落してしまうものだってことに。

 だから、私は哀しげに顔を伏せる。


 二人が決意にくれる少し離れた森の中、私一人絶望を知って涙ぐむ。

 彼らはいい人だ。敵は躊躇なく殺すけど。多分、私なんかよりもずっと強くて気高くて抗う力を持つ人だ。

 でも、無理なのだ。既にラボは一班が動き始めている。グレネーダーにも連絡が行った。

 最悪の燭陰が来るらしい。本来妖として発現する筈の無い妖能力なのに、だ。


「高梨さんも、九十九ちゃんみたいになれたら、よかったのになぁ」


 私、小堺裸螺は木陰で俯き小さく呟く。

 ごめんね、私は葛城さんみたいに出来ないから。ただ観察するだけだから。

 ヒルコの生存に口を噤むくらいしかできない。

 だから、ごめんね。

 もう既に彼女達に退路がないことを伝えられなくて、逃げる道などないことを教えられなくて。

 決意しても意味が無いって、言葉に出来なくて……

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