暗躍の狐娘
「……また来たのか」
男は相手を見ることもなく、作業に没頭しながら告げた。
最近毎日のようにやって来ては世間話をして来る狐娘。
男はため息交じりに耳だけ傾ける。
「にょほほ、すまんのぅ、本当はもっと前に来るつもりじゃったんじゃがこの屋敷が敵の手に落ちとってのぅ、幸い気付かれなかったし、もうちょっとしてから改めて高梨有伽を寄こすのじゃ」
「別に急がずともいい。どうせ必ずここに来るのは確定した未来だ。お前も知っているだろう」
告げた男に、狐娘、小出葛之葉は一瞬口を噤む。
そして辛そうな顔で改めて告げた。
「……のぅ、別にアレの通りにする必要はないのではないか?」
「まだ言うか」
「だって、奴が来るとは限らんじゃろ。お前が見た未来とやらとは違うのだろう? 龍華とそなた以外死ぬ筈だった。じゃが妾は生きとる。他の者たちも死ぬ筈だった時から随分生きた。他にもまだ生きとる奴もおる! 主が見た未来とは違うのじゃ。無理にソレを作る必要はあるまい!」
男の動きが止まる。
しかし、直ぐに作業を再開する。
男には理由があった。生きなければならなかった。
だから必死に存命した。延長した。死ぬ筈の身体を必死に治療し改造し、無理矢理に生きながらえた。
だからこそ、ようやく至る。
自分が死ぬ、それは確定している。
だが、だからこそ、この未来に繋げるために、ループがいる。
それきっと、別の話。
妖使いたちの話とは全く交差しない物語。
そこで彼は未来と出会った。
だから彼は生きなければならない。
いつか近いうち、希望を無くした瞳を持った高梨有伽という少女に遭わねばならない。
そして、彼女の希望を打ち砕く。
そして、命を終えるのだ。
別の物語により呆気なく死ぬのだ。
既に終わりは見せられた。
自分が死に絶えるのを確認した。
それは高梨有伽に出会う。
それはこの機械を完成させ、過去に送り込む。
そして、別の何かに殺される。
過去の自分が見ている前で、無様に命を終えるのだ。
「……必要が無いわけがない。ループするためだ。この未来に繋げるためだ。ゆえに過去に戻る技術を作る。俺が造る。創らねばならない。造って送り出し、過去の俺が見ている前で、こうはなるなと無様に殺される。それでいい、そうしなければならない。そうでなければ繋がらない」
切っ掛けは、そう、きっと未来の自分の後悔と悔恨と絶望だ。
大切な物を失った。何も出来ずに失ってしまい、彼は必死に過去を求めた。
そして造り出したソレを送りだし、過去を変えた。
変えてしまえた。
ならば、ソレを一度きりにしてはならない。
ループさせねばならない。
この結果を維持しなければならない。
きっと知り合いは皆止めようとするだろう。
これはいわば確定した自殺だ。
自分の人生を費やし自滅のために作業する。
だから、見知った知り合いがほぼ死に絶えるまで待ったのだ。
ゆえに、止めるモノがいなくなってから生きながらえた。
全ては絶望を無くすために。
己が命を費やし、過去を変えるのだ。
過去を戻すのだ。誰かが死なず、誰かが生きて、誰もが笑顔を浮かべた世界に戻すのだ。
その為に、彼は全てを費やす。
自分自身は失っていない。
未来の自分になったかもしれない誰かが失った。
もうこの未来では失わない。
それでもこれは造らねばならない。
命を賭して、自分ではないいつかの自分を救うために。
その自分が後悔を覚えぬ様に、未来の自分がいた未来に繋がらない為に。
「主が、犠牲になる必要は無いのじゃぞ?」
「奴は一度直した場所は直せない。ならばこそ俺がやらねばならんのだ。奴の妄執を受け取ってしまった俺がな。ゆえに、高梨有伽の妄執を消化できるのもまた高梨有伽だけだ。俺には救えん。だが、いつか救いがあるといいな」
葛之葉と彼、それ以外が聞いても意味のわからない言葉の応酬。
ソレを、ソイツもまた聞いていた。
もしかしたら高梨有伽に関係があるかも知れないから、一応関連者全てを調べておかねばならなかったからだ。
部屋から少し離れた通路で、ソイツはふぅと息を吐く。
どうやらこの男は無関係らしい。
そして高梨有伽にとっての救いにもならない。
高梨有伽はここを訪れる。しかしこの男との関連はほぼ無い。
ゆえに、放置で事足りる。
黒い何かが這いずるように去っていく。
一つ目のバケモノはゆっくりと立ち去る。
自分たちには関係ないところで何かと闘っている男の悪あがき。
放置していても害は無い。
うわんに報告を終え、ノウマとしての力を解除する。
「にょほ、なんじゃー、小娘じゃったか」
「のうまぁっ!?」
驚くノウマが慌てて黒い靄を自身に被る。
しかし既に時遅し、小悪狐に見付かってしまった後だった。