死者の謳
「来……世?」
こんな状況、想定していなかった。
三味長老だって想定外だったんだろう。
どれ程懸想していたとしても、葛城来世が私を庇って自分から死にに来るなど思ってもみなかった筈だ。
ゆえに、思わず銃撃を止めて驚く。
無数の銃弾を受け、こちらを微笑みながら、葛城来世は膝から崩れた。
膝を地に付け、項垂れる。
ごぷりと血を吐きだし、困ったように笑って見せた。
「あ、らら……やっちまった……」
「なんで……なんであんたが庇うのよ……敵でしょ? 敵でしょうが! あんたはアイツと同じラボ側の人間でしょうがッ! なんで、なんで私をっ!?」
「まいったなぁ、庇ったのに怒られちまった……ぐぶっ、は、ああ……もう少しで、有伽を彼女に、出来そうだったんだけど、なぁ……」
そんなこと、今そんなこと言ってる暇は無いだろっ、この馬鹿っ、なんで……
「そういえば……有伽には言ってなかったよね。俺の妖」
「そんなの、今はどうでも……」
三味長老に銃口向けられているのに、思わず駆け寄りそうになる。
そんな私を、力無い来世の掌が止める。
「げほッ、俺、の、妖は……謳う、骸骨……死んでから……発揮される……能力なんだ。だから、触れるな。呪いが……移る」
謳う、骸骨? 呪い?
呆然とする私の前で、私を好きだった男がどさりと倒れる。
既に致命傷だった。
助かる状況では無いし、助ける方法もない。
「有伽……好きだ。例え死んでも……愛、してる……」
それが……
それが、彼の最後の言葉だった。
ただ、呆然と、私は死した彼を見つめ続ける。
もう、なにがなんだか分からなくて。
ついさっきまで抱きしめられて、手を繋がれて、愛してるって囁かれて……
私、私、あなたの、こと……
ジャキリ、冷たい金属の音が響く。
舌打ちした三味長老が私に銃口を向けた。
私はもう、動けない。何をどうしたらいいのか分からなくて、どうにもならない。
ヒルコは動けない、音波で身体が揺れて酔った状態になっている。
護衛兼デバガメを行っていたクラスメイトたちは動けない。音波攻撃で身体の自由が効かないから。
来世は動かない。もう、死んでしまったから。
そして、三味長老が引き金を……
「なん……だ?」
引き金を引こうとして、耳を押さえた。
何時までも引かれない引き金にどうした? と私が視線を向ければ、銃を取り落とし、両耳を両手で押さえて悶える三味長老の姿。
何をしてるんだろう? 考えのまとまらない頭で疑問符を浮かべる。
「やめ、止めろっ! なんだっ!? なんだこれはっ!? まさか、これが謳う骸骨か!? ちくしょうっ、違うだろがっ! 俺じゃなく敵だろぉがよぉ!? 敵を殺すために呪うんだろうがよぉ元室長ぉっ!?」
なん、だ?
何を言ってる?
「その不快な歌を止めろォッ!! がぁぁ!? なんで。なんで徐々に大きくなるんだ、来世ぇ。葛城、来世ぇぇぇぇっ!?」
苦しみ、悶え、のたうち回り、白目を剥いて泡を吹く。
ただの演技では決してありえない状況に、私の思考が少しずつ冷静になって行く。
落ち付け、冷静に思考しろ、今はどういう状況だ?
もはや異常だった。
なんらかの攻撃を受け、今まさに命が消えかけている。そんな様子。
先程まで金切り声で叫んでいたが、すでに声すら出せないほどに口からは泡を吐き。身体は痙攣を通り越しエビ反に。
そして、ある一線を越えた時、彼は全ての動作を止めた。
身体が弛緩し、まるで首を吊った死体のように無残な亡骸と化していた。
私が何かをするまでもない。
もう、何もかもが終わったらしい。
私は力無く立ち上がり、来世の元へ向う。
既に事切れた躯の前に座り込み、頭を抱えあげる。
彼は……そう、彼は最初から最後まで、私を好きだったらしい。
私を愛してくれていたらしい。
あんなに愛されたことは今まであっただろうか? あるな。普通にあってしまった。
そりゃ、重なる筈だ。
私の事を本当に最初から最後まで愛してくれていたのは、きっと二人だけだから。
両親は両親で愛してくれていたんだろうけど、私がどんな存在になったとしても、絶対にその身を賭して愛し続けてくれる人は二人だ。
上下真奈香と、葛城来世。
だからこそ、二人とも、私を庇って死んでしまった。
だからこそ、二人とも、私からの答えなんて聞けずじまい。
だからこそ、二人とも、私はきっと……好きだった。
歌が聞こえる。
とても優しげな歌が。
まるで、来世が私に、もう安全だよと告げるように。
もう、恐れるモノは何も無いよと。
何時までも愛してる。何時までも見守っていると。
だから、私は応えるように呟く。
「好きになりそうだったよ、あんたのこと……」
空を見上げる。
まだ冬には早い秋の空、白い何かが降ってくる。……刈華かな?
深々とただ無言に、静寂の中、全てを覆い隠すように。かすかに聞こえる耳鳴りのような謳を携えて。
「……また、返事出来なかったなぁ」
静寂と共に降る儚き結晶は、まるで、来世のための鎮魂歌を奏でているようだった――