学園攻防戦5
「申し訳ありません有伽様」
よろめきながら、便所からやって来た土筆が私に告げた。
「謝らなくていいよ、三味長老の攻撃が音波。耳栓しても骨に直接響くと分かっただけでも儲けもの。敵は二階に上がったから刈華たちも二階を重点的に攻撃してくれるみたい」
「ですが、私が移動しないと……」
まだ脳を揺らされているので本調子ではない土筆をもう一度攻撃に向かわせる訳にはいかない。
「まぁ、ここからは任せるべな」
どうやら根唯が向ってくれるらしい。じゃあ土筆は休んで三階に奴らが来た時お願いするかな。
私としても天井に逃げ場があった方が良いし。
他の面々も逃げ場を確保しといてよ。
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有伽たちが次の作戦に入ろうとしている頃、三味長老側もまた、動き出そうとしていた。
敵勢力は影女と衝立狸だけしか見えない。だがおそらくまだいるだろう。
斥候役を買って出た兵士が唐突にこける。
なにやってるんだと思ったが、奴だ。脛擦りだ。
「成る程、ここの階には影女と脛擦りか」
「た、隊長、あれを!」
廊下の奥から、のっそりと、水で出来た虎が近づいてくるのが見えた。
「水虎もいるのか……面倒だが仕方ねェ。アレは俺がやる。全軍、雪が降り始めてやがる。すぐに向こうの階段まで走りぬけろ!」
一人残って水虎と対峙する。
兵士たちは転んでは衝立に床にと頭をぶつけて悶絶している。すぐに衝立の奥へと消えていった。
迫り来る水虎に音波をぶつけはじけ散らす。
直ぐに集まろうとするが、それよりも速く通り抜ける。
最後に振り向きざまに音波を叩き込み、復活しかけた水虎を粉砕してやった。
兵士達の後方を追いながら走る。
時折泥田坊が現れるが銃の柄で殴り壊す。
衝立の群れが教室へと誘導している。
音波の衝撃で衝立を破砕し、ショートカット。
後ろから水虎が迫って来るが一切振り返らずに駆け抜ける。
数人、兵士が倒れているのが見えた、動く気配が無かったので捨ておく。
目の前に兵士の背中を捕らえる。
脛擦りにより倒れた兵士、運悪く打ちどころが悪かったらしくそのまま死んだようだ。
舌打ちして脛擦り地帯を駆け抜ける。
脛擦りが纏わり付くが、音波をぶつけて消し飛ばす。
うわん程ではないが、彼の声もまた浄化能力を持っているのだ。
妖の類ならそれなりに打ち払えるのである。
脛擦りも影女も水虎もぶち破る。
すると、激しい銃撃戦を行う兵士達が前に居るのに気付いた。
銃撃相手は一人の女だ。
無防備に階段前に立っているのだが、どれ程の銃弾が浴びせられても、何故か傷一つ付いてない。
まさかの状況に思わず呆然と見つめ、直ぐにはっと思い直して兵士達に銃撃を止めさせる。
当たらない以上無駄弾を使う必要は無いのだ。
「何だテメェは?」
「あたしか、あたしはただの座敷童子だべ」
座敷童子。
聞いてようやく合点がいった。
ただの座敷童子なら問題ないと思っていたが、こいつは違う。
腕が一本無くなっている。
「そういう、ことか」
「気付いたみてぇだな。あたしに手をだすと地獄を見るべや」
「なら手をださなきゃいいんだよ。全員突撃。あの小娘には構うな」
戸惑いながらも兵士達が階段を駆け上る。
少女はすぐ横を走り抜ける兵士たちには目もくれずに三味長老だけを見ていた。
「かぁ、面倒な女だなァオイ。狙いは総大将だけってか」
「普通の兵士だけなら有伽が何とでもするべや。でもあんたはあかん」
「へっ、ただのおっさん相手に買い被りじゃぁねぇか?」
「指揮官だかんな。あんたはここで倒れてもらう」
「やぁなこったぁ。げひゃひゃひゃひゃ」
一頻り笑った三味長老。笑いを止めた瞬間銃撃を開始する。
狙った筈の連射は全て座敷童子の身体を避けて飛んで行った。
まるで、運悪く外してしまったように。
あるいは、運良く外れたように。
「なぁるほどぉ。腕がねぇのはそういうことかぁ」
座敷童子。普通ならば座敷同士を繋げて移動するだけの花子に似た能力だ。
あれはトイレでこっちは座敷。
しかし、座敷童子の能力は、それだけではない。もともと座敷童子とは部位欠損した子供として語られることがあった。
つまり、身体の一部が欠損している事こそが妖能力の真価を発揮させる条件だ。
ゆえに、部位を失った座敷童子は禍福を統べる。
近しい者には幸福を。敵対者には不幸と絶望を。
そして目の前にいる自分、三味長老は……彼女にとっての敵だ。
敵の能力を理解はしたがそれまでだ。
座敷童子を殺す為には彼女の幸運を不幸に、あるいはイーブン状態に出来なければならない。
じゃなければ、攻撃したつもりが不幸にも自分を殺す一撃になる可能性だってあるのだから。
「参ったねぇ、まさかこんなチート野郎がいるとはなぁ」
「あたしはちーと? じゃぁねぇだが?」
「チートってなぁ敵対した奴が打つ手ねェ状態を初めから持ってる奴のことを言うんだよ。テメェは報告案件だなぁ、高梨有伽撃破にゃぁあんたが一番の邪魔になりそぉだぁ」
「なら、どうすっだ?」
「こぅ、すんだよぉっ!!」
音波を放つ。
咄嗟に顔を庇った根唯。
腕を退けると、既に三味長老は居なかった。
ただ、彼がいたすぐ横の壁が見事に粉砕されており、校庭が見えていた。