撤収
私、高梨有伽は今、木々の間を忙しなく移動していた。
舌を絡めて別の木へ。幹に届けば良い方で、無理だと判断したら空中でも舌を解いて別の木に巻き付け立体機動。軌道じゃなくて機動である。臨機応変に移動するのだ。
そうじゃなければ瞬く間に蜂の巣だ。
下では無数の兵士が高梨有伽だ! 対象だ! と叫びながら銃器を構え、遠慮することなくバカスカ打ち込んで来る。
ずっとターザンごっこだ。
私は逃げるだけ、銃弾はヒルコが草薙で弾きながら相手に返している。
御蔭で数名ずつだがダメージを受けている。
残念ながら死者は零。私が最初に殺した神隠しの男だけだ。
「よし、そろそろ行かんとあかんべな」
「行くって、アレに飛び込むとか自殺行為だろ!?」
「有伽、待っててね。すぐに、滅殺するから!!」
小雪が必死に氷柱を生成している。
しかし冬でも無いので水から生成するだけでも一苦労らしい。
秋香の水を使っているが二人ともかなり妖としての力を使っていて精神的負担が大きいようだ。
楠葉の泥田坊は皆に流れ弾が当らないように盾をしているので攻撃には加われない。
桃田と川北、小星先輩は近接戦闘特化。銃器相手じゃ無謀だろう。
そうなると、攻撃可能者は葛之葉だけになるのだが、アイツに任せて大丈夫か?
「にょほ。妾の出番じゃの」
ばさり、鉄扇を広げて悦に入る葛之葉。
あんなのに任せて本当に大丈夫かね?
「俺なら遠距離でもそれなりに出来そうだな」
釣り道具を使って泥田坊の後ろから兵士を吊りあげる。
驚き慌てた兵士は銃を手放し、丁度別の兵士の射線を塞ぐ。
無数の銃弾に穿たれ彼は踊りながら絶命した。
「ちょ、川北先輩!?」
「ふ、不可抗力、俺はただ釣り上げて無力化しようと、マジか?」
自分の行動で人を殺したことに驚き動揺する川北。
私みたいに覚悟してなかったからだろう。でもここに来た以上こうなる可能性は存分にあるんだ。事後ケアは面倒見ないけど、早々に立ち直ってくれ。
少し遅れ、氷柱が投げ込まれてくる。
三つの氷柱は一つが外れ、一つは革手袋に突き刺さり、銃を取り落とすのに役立った。
最後の一つは運悪く、否、運良くだな。兵士の首に突き刺さった。
「がぁ!?」
「クソ、他にも敵がいるぞ! あの泥の奥だ!」
銃口を向こうに向けた一団に突っ込む。
私から射線を逸らしたら狙い放題だろうが!
ターザン状態からの稲穂のナイフを煌めかせて突撃。
紫鏡の能力を持つこのナイフは、斑眼稲穂という元同僚が私にくれたナイフだ。
都合が良いので今でも使わせて貰っている。頼りになるナイフである。
射程はは短いものの、接近戦になれば銃弾すらも紫世界に放り込めるので射撃武器相手でも充分闘えるものなのだ。
喉を切り裂き目を一閃で潰し、無数の兵士の息の根を止めながら別の木へと飛び移る。
そして銃口がこちらに向けられる前にさらに別の木へ。
「銃口をそらすなっ!」
「先に高梨有伽だ! 奴を殺せば全て終わる!」
必死に私を殺そうとする兵士達。
しかし私を捕らえきれない。
なぜか? それは舌で高速移動しているだけじゃなくヒルコも触手を伸ばして移動を手伝ってくれているせいで人が行える移動とは程遠い不規則な動きになっているからだ。
「有伽! 既に神隠しは死んだのじゃろう! さっさと戻ってこんか!」
葛之葉の声が響く。
なんだ? あいつ殆ど何もしてないじゃないか。
あ、いや、違うか。なんか同士打ちし始めたな。幻覚見せてるのか。
兵士達が互いに互いを撃ちあい始めたので私は泥田坊の後ろに向けて逃げ込む。
泥田坊の防壁の中に転がり込むと、一斉射が泥田坊に襲いかかった。
そして迷い家が出現し、皆が脱出を始める。
おかしいな。こいつら殆ど何もしてないぞ。結局お前ら何しに来たんだ。
走れ走れ、じゃないぞ雄也。マジで脱出するためだけに来たお前はともかく他の面々は川北と小雪と葛之葉しか役だってなくね? いや、楠葉と根唯も頑張ってたんだろうけどさ。
「陽動班から連絡来たベ。むごぅは全員脱出済みだ。すぐにこっちの騒ぎ聞き付け本体がくっべ」
「仕方ない。潮時なのは本当みたいね。本命は倒したから直ぐに脱出しましょ」
出来ればもう少し処理しておきたかったけど、今の面子では無理だろう。陽動部隊も人殺すのに躊躇いあるだろうし、できれば天井のある場所に誘い出して土筆に全滅して貰うのが一番だろうな。
皆は確かに手伝ってくれるつもりみたいだけど、流石に殺人云々となると及び腰になる。
とはいえ、それが普通の反応なのだからしょうがないことだろう。
迷い家に全員が入り、泥田坊の泥が最後に入り込み迷い家が亜空間へと消え去る。
兵士たちは悔しいだろうな。良いようにやられるだけやられて逃げられたんだし。
でも、私を殺そうとして来たんだから仕方ない。殺しに来るなら殺される覚悟も決めておけとしか言いようがないからな。
これで増援は潰した。あとは……残党狩りだ。