百話突破記念 島へ来た者
ここで出すかどうか迷いましたが出すことにしました。
誰かはあえて言いませんw
やられた、殺される所だった。
彼は息も荒く地面に寝転がる。
空は闇夜の帳が敷かれ、月の銀光が雲に隠れながら時折顔を出していた。
彼の周囲には田んぼ。畦道へとようやく脱出したところだ。
土の中に埋められた。
正直死んだと思った。
生き埋めの恐怖に今もまだ心臓が高鳴っている。
高梨有伽から逃げたつもりだった。
逃げ切るつもりだった。
その上で、上司に泣きついて別の場所に向かうつもりだった。
まさか別の妖使いに命を狙われるとは思わなかった。
逃げ切ったと思った瞬間、踏みしめた田んぼが底なし沼へと変わり、自分の傍に田んぼから突き出た腕が現れ、自分の足を引きずり込んだのだ。
あの恐怖はおそらくトラウマになるだろう。
死ぬ前に能力を解除された御蔭で自分の能力使って提灯内の空気で生きながらえながら必死にもがいて外へと脱出した。
何時間かかっただろうか? もう死ぬんだと何度も諦めかけた。
でも、生き残った。
戦闘は既に終わっていたようだ。
朧車の気配がなかったので倒されたのだろう。
あるいは、自分と同じように田んぼの肥やしにされたのかもしれない。
とにかく、彼女については生存は諦める。
今は自分の命だけで精いっぱいだ。
幸い、高梨有伽たちは自分の生存に気付いてない。
逃げ切れる。
なんとか助かる。
やっぱり自分たちで殺せる存在じゃなかったのだ。
こうして生き残っただけでも御の字、これ以上有伽達に関わるのは危険だろう。
一班に伝えてあとは素知らぬ顔で別の地域に配属されよう。
ここでの草としての役目はもう無理だ。
自分の顔は割れてしまっているし、この島からは早々脱出した方が良いだろう。
げほげほとむせながら起き上がる。
口の中が土臭いしじゃりじゃり言っている。
最悪な状況だ。それでも命があるだけマシである。
ザッ……
ようやく立ち上がり、ふらつきながら移動を始めようとした時だった。
背後に人の気配。誰かが動いた音。
先程まで、誰も居なかった筈なのに……
ごくり。生唾を飲んだ音がいやに大きく響いた。
後ろを向いてはいけない。
そんな思いが湧き上がる。
でも、でも、だ。確認しない訳には行かなかった。
有伽達だろうか? あるいは、朧車が生きていたのか?
ゆっくり、振り向く。まるで一年かけて後ろを振り向いているような長い時間を感じた。
「ふむ。生存したのか……」
「驚きだよ君。田んぼに埋められたのに生き残るとか、さっきの朧車もだけど、凄いねぇ」
男と女の声だった。
聞いたこともない二人の声に、誰だ? と掠れた声が聞こえる。
自分の声だと気付いた時には、女の笑い声が聞こえて来た。
「あはは、凄い掠れてるね。土の中に居たからかな?」
「あまり笑ってやるな。私達も一度は死んだ身だろ」
「死んだ、訳じゃないですけどね、隊長」
「なん、だ? なんなんだお前らはッ!?」
女の楽しげな声がいらつきを覚える。
自分は必死に這いあがって来たのに、こいつは何がそんなにおかしいっ!?
「ごめんね。君に恨みはないんだよ。でも……」
「このまま生きて居られると面倒なのだ、すまんな」
こいつら……敵だっ!?
即座に判断した不落不落の妖使いは自分の能力を発動する。
提灯に魂が宿ったようにひとりでに浮きあがり、内部に火が灯る。
相手の容姿が照らし出され……
「あ……れ?」
視界に映ったのは、黒だった。
光が溢れた筈なのに、彼の視界には、黒い何かが見えていた。
「か……み? こふっ?」
黒い髪だと気付いた時には、喉から込み上げる何かを吐き散らしていた。
赤い吐しゃ物だと気付いた時には、既に全てが終わっていた。
自分の体を何かが突き抜けていた。
「あ。あぁ……」
「ごめんねぇ、でも、死んでね? 有伽ちゃんの邪魔になりそうだから」
とさり、倒れる。
びくりびくりと身体が痙攣する。
何かが足りない。
大切な何かが奪われた……
必死に手を伸ばす。
提灯に照らされ赤く染まった腕の中……大切な物がそこにあった。
女の口が開かれる。
「やめ……あぁ……」
彼が記憶で来たのは、そこまでだった。
「さて、後始末は済んだな」
パタンと見ていた本のようなモノを閉じ、男が提灯を踏みしめ灯りを消し去る。
黒い革靴が少し焦げたが気にすることは無かった。
「止音君に会いに行かないとだね。別の世界に飛ばされたせいで来るのに時間掛かっちゃったし」
「合流した途端だったからな。想定外にも程がある」
二人の男女が歩きだす。
雲に隠れた月は、彼らを映すことは無く、ただただ黒い人影二人、ゆっくりと立ち去って行くのだった。