76、十一月二十五日
定例更新の時間です!皆様お元気でしょうか?
珍しく模試関連の話題が本日はありません。星マークがタイトルから外れるのは久しぶりですね....。
特別な話題もございませんので、感想欄で助言いただきました、「現役時代の思い出」を本日のテーマといたします!
(記録が主目的ですが、やっぱりブックマークとか増えるとうれしいので...なんて)
以前の日記などと被りがあるかもしれませんが、ご了承くださいませ...。
高校2年までは部活動のみ。陸上競技部です。
平日は帰宅後1時間だけ勉強して、22:00〜23:00には眠る生活です。日付を跨ぐことはまずありませんでした。
土曜日も部活がありました。土曜日は疲れて昼寝をしていた気がしますね。土曜日に4時間、日曜日に6時間くらい定期テスト用の勉強をしていました。
こんな感じで校内1位〜5位くらいにいました。部活引退後は成績が大きく伸びるよ、と言われていたので、安心して部活に取り組んでいました。
当時の第一志望は地方国立教育学部です。ここ「で」いい、じゃなくて、ここ「が」いい、と思って志望していました。
我が第一志望は県内の教員の大多数を輩出。何不自由なく免許も手に入りますし、キャンパスの雰囲気も好みでした。
弊校は学年成績1〜5位くらいの人が東京大学に合格する(このうち2人くらい東大を受けて1〜2人受かる)ような学校でしたので、先生方の圧は相当でした。
「いやぼく冗談じゃなく地元教育学部で学びたいので...100歩譲って東大にして何が学べるんです...?それ将来に必要ですか...?」と、担任をどうにかなだめようとしてました。
そんなこんなで東大志望ではなく、受験がイージーモードだったぼくは、自由に伸び伸びと勉強し、校内トップクラスを取って「遊んで」いました。
成績に無頓着でしたから、「遊んでいた」という表現は適切です...。自慢とかではなく「あれ〜?取れちゃった〜〜〜〜」くらいの感覚です。模擬試験は県内10番以内に入ったら嬉しいな〜〜って言って本当に伸び伸びと受けてました。
さて高3です。そろそろ会う先生に「何も教員になるには地方教育学部じゃなくていいんだぞ?上を目指せよ?」と言われるのも面倒になりました。
「分かりました。東京大学は受けます。ただ落ちたら後期で地方国立行きますけど」
ということで、晴れて(?)ぼくは東京大学受験生になったわけですね。
感覚は「受かったら儲けもの〜〜落ちても無問題〜」です。
そろそろ気分を害される方も出てきたところでしょうか...申し訳ありません(?)
ただ、せっかく受けるなら受かろうよ〜とは思っていましたので、部活引退間際あたりから勉強に意識を向けていきました。
引退直後の夏休みは、学校主催の学習合宿に参加し勉強漬けにしてみたり、学校の指示通りに物理は力学を固め、化学は問題演習に慣れ、英語は毎日長文を読み、数学は出された課題+基礎問題集をぐるぐる。
学習合宿では10時間勉強だったのですが、ぼくは「8時間くらいで頭が回らなくなる」ことがここで判明。ただ机に向かうだけの非生産的な時間が流れることが分かりましたので、ここから6〜8時間勉強に切り替えていきます。
塾や予備校の敷地内に入ったことすらないぼくですから、学校の指示メインで学習を進めています。
さて、そうして受けた夏の東大模試ですが、固めた力学だけほぼ満点、それ以外の理科は壊滅。国語は元々の能力でそれなり。立ち回りがよく分かっていない英語は壊滅。数学は基礎問題集での解き方では全然うまくいかず、不出来(壊滅とまでは言いません)
おーい、ぼくは学校トップクラスだぞ〜。話が違ーう。
実際のところ東大合格を決めた先輩方も、夏は最低ランクの判定とのことでしたので、何も気にしませんでした。気にしたら負けだと。秋ですらE取ってる先輩もいましたし。
そうして夏は終わり。秋場はこれまた学校側が本番形式の添削課題(というか過去問添削に近い。数学だけ東大模試過去問)を出してくれたので、こちらを演習していました。
で、この辺りで地獄がやって参りました。
「部活引退勢の伸び」が一切やってこないのです。
むしろ、英作文の添削は内容が悪いと言われて0点続きになったり(というかこの先生が意味不明な0点採点をしてくる人で、実はそこまで悪い答案ではなかった)物理の添削は夏に固めた力学も含め、1番最初にミスをして以下雪崩、というように0点続き。
過去問演習をする価値がない状態まで落ちました。
物理に関しては、ミスをしないように、と考えると別の所への意識がなくなります。そうすると別でミスをするので、完全に何も解けない状態になってしまいました。
基礎力が圧倒的に欠如しているのだと思って基礎問題集に戻りましたが、そちらは難なく解けました。
基礎問題集は解けて、東大型は全く解けない。
両者の差は「典型か」「典型でないか」のみです。
さて、典型じゃない問題は集めることが難しいから典型ではないわけで。
お分かりでしょうか。この八方塞がり感。
本当にどうしていいか分からなくなったので、他の旧帝大の問題とかで心を癒していた気がします。
(この辺りで後期地方国立の予定は無くなっていました)
なおこの辺りは本当に助けを求める状態でしたので、どうにかならんか...?と思って、SNSの東大受験界に飛び込んでみました。
実はこの行為により、ぼくの受験に対する価値観は大きく変化しました。
断言していいのは、「この東大受験界に入らなければ、絶対浪人なんてしなかった」ということです。
ただし勘違いしてはいけません。このまま勉強していたら受かった、というわけでは決してないということです。
すなわち、「東大にもっと大差で落ちて、併願の慶應義塾大にでも入っていたであろう」ということですね。
そこにいたのは、東大模試A判定常連の、いわゆる「プロ」の現役生たち。
学校の感覚では「A判定、いやB判定なんてありえない」でしたので、これはかなり圧倒されました。
日本数学オリンピック出場、全国統一高校生テスト全国大会出場、東大模試冊子掲載、なんてのはザラでした。
「なんだ、こんな人たちとぼくは勝負するのか」
当たり前だろう、と思うかもしれませんが、無機質な合格最低点・合格者平均点のデータしか見えなかった僕からしたら革命でした。
「こいつらに追いつかないと合格できない」
そう思ったら更にやる気が出ました。この行為は本当に正解だったと思います。
(浪人なんかしなかった、という話は、今日の日記の最後に書きます)
さて、そうしてやって参りました、秋の東大模試。
やる気こそあれ、先程申し上げた状態ですから、物理と英語が夏と同じくらい。数学が簡単で、国語がよくできた河合塾の試験の方は、ほぼBに近いC判定を頂けました。
が、駿台の方は国語も数学も難しく、英語は壊滅物理も波動で大きなミスをして。
こちらはD判定でしたね。
夏から他の受験生に負けず劣らず、かつ効率も考えながら勉強していた自負がありましたから、これはキツかった。
ただ相変わらず合格体験記を眺めると、秋模試DやEで合格する先輩の姿のみ。
やるしかないので、ここからは学校にあった大量の東大模試の過去問を駆使し、演習を回しまくりました。
そしたら少しずつ少しずつ点数が伸び始めましたね。武者修行の如く回してたので、これで伸びなかったらもう諦めも視野でした....。
センター試験はあっさり殴って801/900。普段取れている国語がどうも解けている感覚がなく、試験を受けながら「160点が関の山じゃね?」と思ってましたね。(結局160点)
それ以外の科目はまずまずだったので、800点をどうにか超えました。
悪くなかったので東大理一に出願し、それ以後は過去問と東大模試を回しまくって、毎週のように先生に添削を提出。
先生方にはかなり手間をかけさせてしまいましたが、学校に頼るしかないぼくですから、遠慮無く甘えさせていただきました。
そうしてネックだった物理も、超直前の本番2週間前に急に点が取れだし、化学も思うように取れるようになり。
数学も英語も大きな不安もなくなり、国語は元々大の得意(実は東大模試全国100番台とか普通だった)ので、これは勝った!!!!!!と本番突入。
落ちたんですけどね...。
で、この日の様子は確か本作第一部分に記した通り。今でもたまに読み返します。
実はこの日、東大受験界で「慶應いきます」って言ったところ、仲が良かったフォロワーさん(この子は僕より大差落ち)に
「やだよ!!一緒に東大行こうよ!!!」
って言われまして。いや、これ言われなかったら普通に慶應義塾に進学してた気がします。
実際教職に就くについて、浪人経験と「合格体験記のワナ」(これは初期の方で書いた気がします)とかが分かったりしたのは大きな収穫でして。
今年受かるのが大前提ですが、今の所は浪人選んで良かったと思っています。
その子がどう思ってるかは分かりませんが、ぼくは彼と一緒に今年合格したい。どうしても。絶対。何が何でも。
とまぁ、現役時代はざっとこんな感じですかね。
なお高3初期のぼくの様子はかなり気分を害するもののようですが、実は地方公立だとみんなこんなもんらしいです。
仲良い地方公立のフォロワーさんだとか、地方公立卒東大生もそんなこと言ってます。アテにならない合格体験記も(笑)
長くなっちゃった。でもその分勉強のやる気が湧いてきました。(と言いつつ、これを書いては勉強してを繰り返している模様)
英文和訳やってきます!あとは夜に物理化学の過去問演習!!!




