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ソシャゲ世界で俺が守護神を装備する!?

作者: ルト

【ほれ、上から来るぞ。気を付けろ!】


 声に従って顔を上げる。木々の張りだした枝振りで昼の空は見えない。枝を踏み潰す音がした。

 右から。


「右じゃねーか!」


 反射的に剣をかざして、跳びかかる<ウルフ>の牙を受け止めた。あっぶねぇ!

 転がった敵に剣を叩き込む。切り裂かれた敵はバラバラに砕け、巾着袋を地面に落とした。


【いやいや、間違えたわけではないぞ。今のはあれじゃ。主を試したんじゃ。意外とやるのぅ、ちゃんと反応できるではないか】

「アホか、戦場で人を試すやつがあるか! 反応できなかったら怪我じゃ済まねぇぞ」


 言い返しながら袋を取る。ごろごろした中身は、グレーの半透明な石ころだ。狼の魔石。二つか、ラッキー。


【おぬしが死んでもワシは困らぬ】

「お前が俺の守護神って絶対嘘だろ……?」


 言い返した相手の姿は、見渡す森のどこにもいない。それどころか、この世界のどこにもいないだろう。

 昔は、クエスト受注画面とか戦闘画面のスキル発動時とかに、加護を与える狐耳美少女の姿が見えていた。今はそういった画面が存在しない。

 その代わりに、エリア背景だったはずの森や、敵の姿がありありと目の当たりにできるようになった。

 この世界――ソシャゲアプリの世界に転移して、早くも半月が過ぎている。


【ゲームの舞台とか言い出した時はどうなるかと思ったが、思いのほか早く冒険者に復帰できたのう。無論、以前とは比べる方が酷じゃが】


 守護神がのうのうと言う。どちらかというと、被操作キャラクターの中に俺の魂が転移した……という認識らしい。


「気軽に操作してたけど、本来の体の持ち主はすごかったんだな」

【ゲンジツの話かの。見えておらんかったのか? ワシらの感覚では、主も守護神の一柱としか思えぬのだがのう。操るといっても、四肢を動かしていたのはこやつじゃろ。主は啓示を与えていただけじゃ】


 そう言われてしまうと、実に反論しづらいところがある。

 確かに俺が出していたのは、クエストに行けとか、ここは戦えとか、そういうコマンド指示だけ。主体的に動いていたのは被操作キャラクターだ。

 プレイヤーという立場は、被操作キャラクターから見れば、極めて守護神的な存在だろう。

 かといって、この狐耳娘が俺のプレイヤーなのかというと、それは考えられない。理由は簡単で、俺がプレイヤーだった頃から被操作キャラクターの守護神として加護を与えており、今も変わらないから。そして今、俺は彼女を無視して自由に動けるからだ。

 拠点の街に戻って早々、屋台から串焼きの肉を買う。もちろん所持金が減る。勝手に所持金が減るなんてこと、俺がプレイヤーだった時にはなかった。


【買い食いはよせといつも言っておるじゃろう! 地獄の沙汰も金次第というじゃろ】

「うるせぇ。俺が稼いだ取り分なんだから、俺が好きに使うんだよ」


 言い返しながら串焼きを頬張る。

 串まで熱い焼き立ての熱。歯を立てて溢れる豚の肉汁。鼻を抜ける焦げた醤油ダレの香ばしさ。大きくかじった肉を噛み締め、ぐっっっと飲み込む。喉と食道を転がり落ちる肉が、胃袋に落ちてすっとする。

 たまらん、生きてるって感じがするね。


【なんかワシも腹減ってきた。ちょっと摘まむもの取ってくる。待っておれ、勝手なことをするでないぞ】


 勝手なことを言って声が消えていく。常に通話が繋がってる気分だ。

 だが、これはそんな穏やかな話ではない。

 手のひらを見て、念じてみた。なんの力も起こらない。

 守護神が離れると同時に加護も消える。

 守護神の加護を失うということは、冒険者として戦う力を失うということ。ゲーム的な意味以上に、この世界では実際の危機なのだ。

 ほんと、この世界でどうやって守護神ガチャを回せばいいんだろう。そろそろログインボーナスの無課金お札が溜まってると思うんだけど? エリア踏破してもドロップ守護神が一向に出ないし……。


【待たせたの。ウィンナーを焼いてきた。これで太ったら主のせいじゃからな】

「キャラグラが太ったら怖っどうおぉっ!?」


 手のひらから狐火が吹き上がって、大慌てで手を振ってかき消した。




 冒険者ギルドで達成した依頼の報酬と魔石を換金する手続きの最中。


「また加護を暴発させたそうですね?」


 受付のお姉さんが笑って聞いてくる。

 愛想笑いがデフォルトな会話苦手マンの俺も、さすがに苦笑が浮かぶ。


「もう噂になってますか」

「ふふ。いくら自慢の守護神だからって、あまり加護をひけらかすものじゃありませんよ」

「そんなつもりは……実際、自慢の守護神だったのも昔の話です」

【おいこら、どういう意味じゃ】

「そのまんまだよ、へっぽこ狐」


 守護神が戦闘で足を引っ張るとは夢にも思わない。

 受付嬢がくすくすと笑う。


「本当、守護神様と仲がいいんですね。私が知っている冒険者の中で、飛び抜けて仲良しですよ」

「ははは……喜んでいいものか」

【仲良しでもないしな。罵倒し合っておるわ】

「それな」


 転移人としての複雑な事情を差し引いたら、貶し合い・罵り合いしか記憶にない。


「はいこちら、依頼報酬はギルド管理でよろしいですか?」

「はい、それでお願いします」


 依頼達成の処理を済ませ、宿へ。

 ここまでの流れはタッチ連打だったことを考えると、あの頃はよかった。

 ……いや、書類手続きは全部ギルドがやってくれるから、俺は「はい」「大丈夫です」「それでお願いします」と答える頷きマシーンだ。ある意味、なにも変わっていない。


 ほぼ自室と化している宿部屋の寝台に寝転がり、狐火を手に転がした。


「そういえば、お前も俺を知っているはずなんだよな。どの加護を与えろーって、装備画面で指示してたの俺なんだから」

【お主が? 記憶にないのう。どれそれの加護が欲しいと乞われたことはあったがの。じゃから、その頼みの根っこが主からの啓示にあったのやもしれぬ】

「俺の指示は、あくまでこの体の持ち主にだけってことか。ん? じゃあ、俺がお前をつついた時の反応は? この体の持ち主が実際にやったこと、ってことになるのか?」

【あのセクハラは主か、合点がいった。いや、今の主がワシに触れられぬように、冒険者自身にはなにもされておらぬ。何かしたのは、どこぞの野良魂魄(こんぱく)じゃ。大きい霊力は感じたが、人とは思えなかったのう】

「野良魂魄、か」


 タッチ場所を示す波紋は確かにちょっと人魂っぽかったが、あれは俺自身だったのかもしれない。魂の一部が入ったとか。

 だとしたら転移した理由は寝落ちとかタッチのしすぎってことになる。ちょっと嫌だなそれ。


「でも実際、ゲームの世界に入ったというよりは、ゲームと思って接してた世界に転移した、って言った方がしっくりくるんだよな」


 雑談する受付嬢だけではない。

 屋台のおっさんも武器屋の息女も、みんな俺のことを知っている。

 誤操作で出たり入ったりしても反応の変わらないキャラグラだけのNPCではない。昼に行けば昼休みでいないときもあるし、夜になれば交代している。休みを取ってる日だってある。それぞれの生活を営んでいるのだ。

 この世界は、ゲームじゃない。

 それを一番教えてくれるのは、この守護神だ。


【ほれ、ダラダラしとらんと、そろそろ夕餉(ゆうげ)の支度をしたらどうじゃ。明日の下調べも必要じゃろ。昔はうぃきだか何だかいう情報サロンで楽しておったようじゃが、今は頼れんのじゃ。自分で解決せねばならん】

「そうだよな、分かったよ。お前も自炊くらいできないとお嫁に行けないぞ」

【俗世の娘と一緒にするでないわ、うつけ】


 けらけらと愉快そうに笑う声。

 いつも聞こえる自由な声は、ゲームなどでは有り得ない。




 しかし、調査を十全に済ませても、どんなに遊び慣れたクエストでも。

 決して分からないことがあった。


「ここ超絶かび臭いのな」

【そりゃあ、洞窟じゃからのう】


 松明の心細い灯りが長く影を伸ばして揺れる。濡れた岩の足元を確かめ、鍾乳洞の奥へと歩みを進めていく。

 現場というものは、行ってみなければ分からない。


【足元に気を付けるんじゃぞ。主はどんくさいんじゃから】

「まあ華奢なゲーマーだったからな。むしろこの体の頑健さにどうにも慣れねえ」


 重たい武器や道具を確かめながらぼやく。

 あまりにも平気で持ち歩けるので、実は軽いんじゃないかと計ってみたが、めちゃくちゃ重かった。こんな装備でエリアを動き回る冒険者は、加護を差し引いても化け物かと思う。

 出会い頭のザコモンスターを長剣で叩き倒しながら、複雑な悪路をちまちまと進む。元の冒険者よりも遥かに時間がかかっていそうだ。


【足音がする。靴かの。装備の音もある。うむ、十中八九冒険者じゃ】

「そうか。逃げよう」

【またか! 魔物は避けんのに、どうして仲間から逃げるのじゃ】

「人間が一番怖いんだよ。俺のいた世界じゃ、人間を殺す危険生物ランキングの第二位だぜ」

【また屁理屈を……】


 呆れ声で言われるが、たしなめられはしなかった。もしかしたら、見透かされているのかもしれない。

 人間が怖い。特に冒険者は恐ろしい。

 もし彼らに町の人と同じような闊達な自我があったら。

 彼らを操作していた俺は、どんな態度でいればいい?

 今の俺は、冒険者になにをしていることになる?

 この体を我が物顔で乗っ取った、俺は。


【他の冒険者もみな同様とは思えぬがなあ。啓示されていたころは、人間か疑わしい勢いじゃったぞ】


 と請け負ってくれているが、なんの証明にもなりはしない。彼女は俺に気づかなかった。

 知りたいが、知りたくない。

 俺は「こいつ」を、殺したのかどうか。


「んっ?」


 足元に違和感を覚えて立ち止まる。覗き込むと、暗い影に光が染みた。

 鍾乳洞は地下水の通り道だ。水がはけて広くなった場所もあれば、浸食がわずかで腕すら通らないところもある。そして、思わぬところに流れが伸びて、枝のように伸びる道もある。

 穴と紙一重の、この脇道のように。


「抜け道なんてあったか?」

【聞いたことないのう。今までも気づいたことはなかったぞ】


 あったかもクソも、探索ゲージで進捗しか見ていないのだから、元の冒険者がどんなルートでこの洞窟をクリアしたのか俺は知らない。

 守護神が見ているようでなにも見てないことには、いい加減気づいている。

 つまり、どんな道なのか分からない。


「行ってみよう。どうせ行き止まりだろう」


 楔と命綱を入口に打ち込んで迷子を防止し、握ったロープを滑らせながら狭い斜面に体をねじ込んでいく。


【足を挟まぬようにな】

「おう」


 歪な足場だ。隙間に足を挟んで痛めた場合、もう一人では抜け出せない。

 窮屈かと思ったが案外すんなり抜けられた。下りていくうちに足が空を掻く。別の空間に出たようだ。

 慎重に足を振り回してみると、壁に当たる。音の響き方からして、それほど広くない。断崖絶壁のど真ん中ではなさそうだ。

 天井から降りてくる形になったが、幸い、地面まで遠くなかった。体を吊ったまま、地面の窪みで足をくじかないようゆっくりと下りる。


「どこだろうな、ここ」


 地面を靴で蹴る。不自然にすり減って平坦になっていた。冒険者の通る道に出たのかもしれない。


【よいショートカットを見つけたのかもしれんぞ】

「お前はのんきでいいな」


 狐火を腕からほとばしらせ、道の先を照らす。

 微かだが、風が吹き込んでいた。この先はどんどん広くなっているようだ。


「……俺、勘が働いたんだけど」

【なんじゃ?】

「この先、ボス部屋じゃないか?」

【ほーん? 面白い推察じゃな。……言われてみれば、見覚えのある道のような気がするのう……】

「帰ろう」


 きびすを返し、広まる道から離れていく。


【ボスを倒さねば踏破報酬が出ぬぞ?】

「分かっとるわ。だから帰るんだろうが」


 物覚えが悪いのか、この世界の住人は自覚的ではないのか。俺にとっての常識を現地民に説く。


「お前の加護とここのボスは、属性相性が悪いんだよ」


 冒険者の地力があれば多少の不利くらい覆せるが、今はその冒険者がアテにならない。

 探索の練習をしに、近場の低レベルダンジョンに来ただけなのだ。戦闘は避けたほうがいい。


【あー。そういえば属性相性なんてあったのう。不利な相手なんぞ、とんと見ておらんから忘れておったわ】

「俺のせいだな! 悪かったな!」


 攻略サイトで敵の陣容を完全に把握して、対策した装備編成で挑んでいた。不利属性での対面など起こり得ない。

 と、言い返しながら歩いていたせいで、足元の注意がおろそかになっていた。

 濡れた岩に足を滑らせ、運悪く段差に足を取られてしまった。


「やっべぇ!」


 盾を掲げ頭を守る。どてんと転んだ場所が斜面だ。鎧と盾を打ちのめされながら転がり落ちてしまった。最後に大きく跳ねて、盾から弾かれるように大の字に倒れる。


【主、おい、大丈夫か!?】

「うっわ……」


 思わずつぶやく。


「めっちゃびっくりした。超大丈夫だわ。装備ってすげえ」


 むき出しの岩肌を転がったわりに、痛むところがほとんどない。打ったところはみんな装甲だった。軽装なのに実によく考えられている。


「加護を防御系に寄せたのもよかったかもな」

【お、おぉ? そうかの? まあワシは守護神じゃからな。ふふん、任せい】


 なんて談笑していると、脇から生臭い吐息が吹きかけられた。


「ん?」


 縦に裂けた瞳孔が炯々と光っている。

 ぬめるような鱗、泥鰌(どじょう)のような髭、ずるりと長い蛇の体。

 水龍だ。

 叫んだ。


「ここボス部屋――!!」

【おお、そうじゃったそうじゃった。さっきの広くなっているほうは、螺旋階段っぽく上の階層に行ける広間じゃったな】

「馬鹿野郎それは早く言え! お前それでもメイン守護神か!?」

【じゃって忘れてたんじゃもん。探索は守護神の仕事じゃないわい】


 言い訳を聞き流しながら盾を掲げて剣を抜く。

 逃げられればいいが、背中を向けたら水流ブレスを撃たれてしまう。その状態で濡れた斜面を駆け上がるのは難しい。


【知らなかったのか? ボス戦闘からは、逃げられない!】

「守護神が言うんじゃねぇ!」


 水龍が牙を剥いて襲ってくる。びびって掲げた盾に隠れた。重い衝撃。さすが冒険者の体、がっちり受け止められるようだ。

 しかし、剣を振って叩き込んでみても、鱗にかすり傷がつくだけだ。火属性である狐火の加護を受けている今、ろくにダメージは入らない。

 再び盾に衝撃。腕がしびれてきた。本来の冒険者であれば、この程度で弱るはずがない。技術に欠けるから、衝撃をきちんと受け流せていないのだ。


「この世界で死んだらどうなるんだろうな……」

【弱気になるのが早いのう】


 狐娘はあっけらかんとしたものだ。危機感がまるでない。


「お前は俺が死んでも困らないって言ってたもんな。もう加護解いてくれてもいいよ、時間の問題だ」

【馬鹿たれ。気にしておったのか? 本気じゃないわ、いつもの憎まれ口に決まっておろう。軽々と見放すくらいなら、初めから加護など与えておらぬ】


 衝撃。盾の距離で轟音が弾け、頭がくらくらする。岩に足を取られて転びかけた。

 そうか、弱点属性だから、防御系の加護がうまく働いていないのか。


【勝つのは簡単じゃ。加護の切り替えをすればよい。サブ守護神にセットしておるのは雷属性じゃろ】


 はは、と笑いが漏れた。

 加護切り替え。ゲームの頃からあったシステムだ。加護をメイン守護神からサブ守護神のどれかに切り替える。有利属性の加護を授かれば、確かに切り抜けられるに違いない。

 だが、ダメだった。


「それができないから、困ってるんだろ」


 未だかつて一度もできたことはなく、そもそも狐娘以外の守護神の存在を感じたことがない。

 かつての冒険者は神に愛されていたようだが、俺は「そいつ」とは違う。そういうことだろう。


【できない理由も、分かっておる】


 狐娘はそう続けた。


「へぇ? 俺のねじ曲がった性根に嫌気がさして神々に見放された以外に、どんな理由があるっていうんだ?」

【分かっておるではないか。そのねじ曲がった性根が原因じゃ】


 グサッと来た。

 自覚していたとはいえ、改めて言われると、心に刺さる。

 狐娘はそんな俺を面白がるように声を和らげた。


【守護神の覚悟を舐めるでない。神の加護を……己の全てを授ける相手じゃ。選び間違えるはずがなかろ】

「それは、前のやつの話だろ」

【前などおらぬ】


 ぴしゃりと告げる。狐娘の声は怒っていた。


【ワシらは識っておる。主が主であることを。魂の在り様が変われど、記憶と能力が変われど。主の意志には些かの変わりもない】


 それは、おかしい。

 俺は「こいつ」が何をしていたのか知らない。「こいつ」が確かにこの世界に生まれ、俺の知らない人生を歩んでいたことは確かだ。

 加護を授かったのは、「こいつ」だ。


【もし仮に「あやつ」と主が別人だったとしても。啓示したのは主じゃ。「やつ」のすること、進む道、選択。それはお主のものであろう。ワシらはその心に応じてきたのじゃ。いまさら、口が悪くなった程度で動じるものか】

「でも……現に俺は、神の声が聞こえない」


 狐娘は仕方なさそうに笑った。


【たわけ。主が心を閉ざしているからじゃ】


 あっさりと。狐娘は言い放つ。


【神の愛した「やつ」を、自分が殺してしまったかもしれない。自分は神に見初められる器ではないかもしれない。自分は、この世界に在るべきではないに違いない……】


 俺の恐怖をずばずば言い当てて、

 守護神は笑う。


【そんなふうに耳を塞いでおっては、神がいくら呼んでも届かぬわ】


 罪と恐怖を見透かしたうえで。俺の行いを見届けたうえで。

 なお、朗らかに。


【少しずつでよい。認めることじゃ。この世界にいる自分を。この世界に存在する羽目になって、逃れることのできない今を。「今ここに在る自分自身」という、ゲンジツを】


 ゲンジツ、というややおかしなイントネーションを、狐娘は敢えて使った。

 俺が「プレイヤー」であった世界をゲンジツと呼ぶのではなく。この世界で冒険者している俺を。

「こいつ」の代打ちでしかないはずの、この日々を。


【神を願って初めて、天祐(てんゆう)が与えられるのじゃ】


 そこで、狐娘は少しいたずらっぽく笑う。


【寂しさに耐えきれなくなって、ワシの助けを願ったようにな】

「んなっ!?」


 かっと顔が熱くなった。

 確かに、なぜゲームの頃からとびきり大事にしていたこの狐娘に限って、守護神となることができたのか。ずっとずっと謎だった。

 最後にメイン守護神として装備したからだと思っていたが、それではサブ守護神とつながらない説明がつかない。

 でも。

 俺が、彼女を……「自慢の守護神」を(こいねが)ったからだとしたら?

 説明ができてしまう。


 彼女の声が聞けて。加護を受けることができて。

 安心した。

 だから、他の神への願いが弱くなってしまった。


 動揺した腕に一撃。痺れた指が盾のグリップを握り損ねて落としてしまった。

 鎌首を高くもたげる水龍が見える。

 もう後がない。


【ほれ、そろそろ他の守護神からも加護を受けてやるとよい。心配するな、ワシはお主を見ておるよ】

「うるせい」


 言い返す声に覇気がないのを自覚する。彼女の言葉に安心している自分がいる。

 そして、思い出す。

 サブ守護神に編成し、様々なダンジョンを一点突破した、雷属性の加護を持つ守護神の姿を。


「……俺を、助けてくれ――雷獣!」


 水龍の牙が、


【電撃登場ぉおおおおお――ッッスぅううううう!】


 閃く雷撃に弾かれた。

 跳ね放題の茶髪から、犬に似た獣の耳を生やす、雷鳴とどろかす空の霊獣。


【待たせすぎッスよ、旦那ぁ! 叫んでも吼えても聞く耳持ってくれないんスから! うるさいって六十八回くらい狐のに怒られちゃったッス!】

「怒られすぎだろ! あとお前の吼え声はマジ轟音だからやめとけ!」


 雷獣の鳴き声は落雷の音という説がある。

 ばちり、びしりと空間から溢れた電流が、鞭のように地面を打つ。水龍が怯んだように後じさりした。


【ビシバシやっちゃうッスよ! 最初からクライマックスボルテージッス!】

「やりすぎるなよ、息切れ早いんだから」

【ウチも、今の旦那も、ッスね。だからこそ、息切れする前に倒せばいいッス!】


 何気ない言葉。

 だが、それは紛れもなく、彼女もまた俺を――かつての冒険者ではなく、今の俺を、見てくれている証左でもあった。


【ウチ、守るのは苦手ッスから――やられる前に薙ぎ払うッス!】


 握る武器に溢れそうなほどの力が、電流が蓄えられていくのが分かる。それは手足にも。

 加護を受けた冒険者、という感覚が容易に分かるほど、圧倒的に違う力感。全身に力がみなぎっている。


【さあ! 加護特盛、売り切れ御免の必殺コンボ! 行くッスよ!】

「おう!」


 ごうごうと唸るような雷鳴が轟く。剣に宿る加護が力の方向を定めていく。

 剣を構え。振りかぶり。姿勢を落として。深く。

 水龍が逆上したように鎌首を躍らせる。


「ぉおおおおおッ!」


 紫電一閃。

 頭が追いつかない速さで、駆けて振りぬいて斬り裂いた。雷光に目も頭もくらんでいる。大音響に頭が震える。耳鳴りなのか、雷鳴なのか、それとも水龍の悲鳴なのか。

 分からないうちに、外に出ていた。


「……ダンジョン、クリアか」

【新しい仲間がお見えになってるッスよ!】


 なんか聞きなれた、主に守護神ドロップで聞き飽きたボイスが脳裏に響く。

 だが、森を見渡しても、洞窟前に設けられた祠を覗き込んでみても、どこにもなにも見えなかった。もちろん声も聞こえない。

 苦笑する。苦笑ができる。


「すまん。今は、俺自身いっぱいいっぱいで、知らない神に祈りを分ける心の余裕がないみたいだ」

【聞こえないッスか?】

「ああ。さっぱり」

【そッスか。どこのどなたか存じませんが、お達者でッス】


 さばっと言い放って済ませてしまった。

 少し驚く。


「結構、あっさりしてるんだな。守護神同士だし、もう少し気を使うかと思った」

【決めたのは旦那ッスよ。ウチ関係ないッスから】


 その通りだ。見えざる神に心を開かなければ、祈りを捧げられない。

 神の声が聞こえないのは、俺のせいだ。


【狐のなら賑やかなほうがいいって言いそうッスけど。ウチはもっと旦那を独り占めしたいッス。増えない分には歓迎ッスよ】


 急にヤンデレみたいなことを言い出した。

 そういえば、しばしば同一視される日本の鵺は妖怪だもんな。


【とりあえず街に戻るといいッス】

「それもそうだな。ところで、どうやって狐娘に戻せるんだ?」

【変えたいんッスか? やっと会えたウチを捨てて? また狐のにべったりッスか?】

「いや、そういうんじゃなくてですね……」


 祈る神が多いのも大変かもしれない。

 ソシャゲあるある〜

 あるある〜言いたい〜


「ガチャの無課金分は挨拶代わり」


 あゝ課金兵、夢の跡〜

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