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そこは誰もいなくなった  作者: 椿 雅香
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出会い(2)

 二学期が始まった。

 始業式の直後に夏休みの宿題テストというのがあって、俺は数学で最悪の点を取ってしまった。

 宿題自体は、祐樹に教えてもらって何とかしたのだが、それがテストとなると、教えてもらうわけにいかないからだ。


 お袋は、「夏休み遊びすぎたせいよ。勉強なさい」と、言うが、俺は、数学を諦めて文系に進むことにした。ここまで来たら、数学をものにするのが不可能なような気がしたからだ。

 寝食を忘れて勉強すれば何とかなるのかもしれないが、そこまでして数学を勉強したいと思わなかったからだが、ぶっちゃけ、数学が嫌いだったからだ。


 だから、例によって例のごとくのお袋の小言を聞き流して、さほど嫌いではない英語や社会の勉強をすることでお茶を濁すことにした。


 祐樹に嫌味を言われたが、数学が得意な人間に数学の嫌いな人間の気持ちが分かるはずがない。


 あいつは理系を目指すだろう。

 ずっと同じルートを歩いてきたが、ここらで袂を分かつのも良いかもしれない。


 そう思って、割り切った。いつまでも、一緒にいられるわけもないし。



 勉強のことはさておいて、高校ってとこは、中学に比べて学校行事が半端じゃない。


 二学期は文化祭や体育祭なんかの学校行事のシーズンで、その準備に忙殺された。


 俺たちがやっているサイクリング同好会は非公式のサークルで、公式のクラブ活動に入っていない。それを良いことに、クラスの出し物の責任者を押し付けられたのだ。


 真面目で信頼できるという俺の唯一にして最大の取り柄は、こういうときには裏目に出る。

 文化祭でクラスでお化け屋敷をしようということになったのは良いが、責任者が決まらなくて紛糾した。よくある話だ。


 仕方なく、クラブに入っていない者で委員会活動の責任者じゃない者、さらには体育祭で何らかの係になっていない者の中から責任者を選ぶことにした。

 言うなら、特段用事のない暇人の中から責任者を選ぼうという話になったのだ。


 結局、いい加減なヤツには任せられないからと、俺に白羽の矢が立ったのだ。


 責任者になると、具体的な作業の計画立案、必要経費の計算や徴収、生徒会との連絡調整等、様々な雑用をしなければならない。

 面倒くさくて辞退したかったが、逃げることはできなかった。

 真面目さが裏目に出たのだ。

 こんな役、誰が好き好んでやりたいもんか。


 ただ、体育委員の祐樹が体育祭の準備に忙殺されていたので、こういう仕事が大嫌いなあいつさえ頑張っているのだから仕方がないか、と諦めたのだ。



 想像通り、文化祭の責任者の仕事は激務だった。

 何しろ、体育祭の準備の合間に文化祭の準備をするのだ。クラスの連中にお化け屋敷で使う大道具や小道具を作ってもらわなきゃならないので、作業の日までに必要な物品を買いに行かなければならない。

 作業の日だって、クラブ活動が入っている連中は当てにはならないし、委員会活動の連中も抜けることになる。そんなこんなで使える人数は知れていて、結局、何から何まで数名で仕上げることになった。

 

 どうにかこうにか文化祭を終えると、体育祭や文化祭の間に忘れてしまった勉強を思い出させてあげようとの先生方の親心で、中間テストがあった。


 テストがあるってことさえ忘れていた俺は、テスト範囲の中身を思い出すのに四苦八苦し、息も絶え絶えにテストを終えると、優に五キロは痩せていた。




 当然ながら、この間、柴山へ行く時間もなく、それ以前に行く気力もなく、夏休み以来、柴山とご無沙汰していた。


 早く掃除に行かないと秘密基地が再び埃に埋もれてしまうんじゃないかと心配になったが、動けないのだから仕方がない。

 

 ときどき、祐樹と愚痴を言い合った。




 中間テストが終わって、ようやく解放された俺たちは、弁当持参で柴山に向かった。意気揚々と、開放感に包まれて、青春万歳って気分だ。


 やっと手に入れたフリータイムだ。

 俺たちは、秘密基地で一泊する予定で、昼用の弁当だけじゃなく、夜用と翌朝用の弁当、合わせて三つの弁当を持ってルンルン気分の土曜日だ。


 一時間以上かかる曲がりくねった山道を走りながら、山が秋の風情に染まり始めたことに気が付いた。

 夏来たときと、全く感じが違って見えたからだ。


 夏には入道雲が浮かんでいた空には鰯雲が広がって、色も照り付けるような青から爽やかな透明感のある青に変わっていた。

 俺は、青にいろんな色があることを初めて知った。

 同じ青でも、春のけぶるような少しくぐもった感じの青、夏のギラギラと輝くような青、そして、秋のどこまでも高い透明感のある青って具合だ。


 そんなこんなで、道中楽しくサイクリングして、ようやく柴山に到着した。

 何というか、ここが俺たちの第二の家って感じで、懐かしさと嬉しさで胸がいっぱいになった。


 


 久しぶりに、元小山聡一氏宅の秘密基地を訪れると、そこは一変していた。


 外形が明らかに変わっていた。それまでの、板を打ち付けて応急補修した壁じゃなく、小奇麗なセラミックの外壁になっていた。

 ガタビシした入口の引き戸は、アルミ製のおしゃれなドアに変わっていた。


 家の前の庭にはピンクの軽四が置いてあり、裏手には洗濯物が干してある。



 人がいるのだ。


 愕然とした。


 二人の努力の結晶だった秘密基地は、あっけなく、他人のものとなっていた。



 俺たちは、落胆した。


 そりゃあ、本来の持ち主が現れたら、謹んで返還するとは言っていたが、それはあくまでも建前であって、正当な持ち主なんか、絶対現れるはずがない(!)と思っていたのだ。


 いや、信じていたのだ。


 俺たちは、顔を見合わせて不運を嘆いた。赤とんぼが俺たちの側を飛んで行ったが、そんなことさえ目に入らない。


 しばらく呆然としていたが、いつまでも他人の家の側に潜んでいるのは、ストーカーみたいで、これまた犯罪になりそうだ。


 のろのろと、元小山聡一氏宅を後にした。いや、小山氏本人が戻って来ているのなら、もう元とは言えないかもしれない。


 いずれにしろ、俺たちの仕事はきれいに取り除かれていて、普通にリフォームした家になっていた。


 別の場所に秘密基地を作るにも、小山聡一氏宅に住人がいる以上、見とがめられるのが目に見えている。

 柴山から手を引かなければならないだろう。




「本来の持ち主が現れたら、謹んで返還するんだったよな?」

「ああ」

「じゃあ、あんなに一生懸命修理する必要なかったんじゃないか?雨風しのげる程度で十分だったんだ」

「苦労して損したってか?」

「そうじゃないか。本来の正当な権利者が現れたら、俺たちの苦労は無に帰すんだ。

 実際、無に帰したじゃないか」

「あの時点で、権利者が現れるかどうか、分からなかっただろ?

 実際、現れるとは思わなかったし」

「現に現れたじゃないか!どうしてくれるんだよ」

「どうしてくれるって、言われても。俺だって、どうもできやしないよ」

「そんな無責任な」

「お前だって、納得してやったことだろ?

 二人で決めたことだ。俺にばっか責任あるみたいな言い方するのは、どうよ?」

「お前の口車に乗せられたんだ」

「あんとき、お前も賛成しただろ?今さら、詐欺呼ばわりはないぜ。

 八つ当たりはよせ。

 とりあえず、春から夏まで遊べたから良かったって思うしかないだろ?」

 

 しばらくにらみ合ったが、祐樹の言う通りだと思った。

 確かに、これは八つ当たりだ。

 肩を落とす俺の耳に祐樹の声が聞こえた。

「まあ、そういうことで、謹んで返還しなけりゃならないんだけど、今さら、お返ししますって言いに行くのも何だし、黙って帰ろうか?」

「だよね。下手したら、俺たちがやってたことがバレて、とんでもないことになる」

「だよな。とんだ、くたびれもうけだ」

 


 ただ、せっかく来たのだから、最後に、もう少しだけ柴山を見て回ろうかということになった。

 なるべく小山聡一氏宅から離れたところが良いだろうということになって、二人して自転車で走り回った。

 



秘密基地の変貌に落胆する二人です。

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