出会い(1)
3 出会い
秘境柴山に秘密基地を作ると決めてから、俺たちは、精力的に柴山へ出かけた。
ここらでは、冬は雪で閉ざされる。だから、活動できるのは、春から秋までだ。
俺たちは、秘密基地を春から秋までの間なら泊まれるレベルにしたいと計画した。
少なくともシュラフを持ち込めば、普通にキャンプ――寝るのは家の中だけど、キャンプとしか言いようがない――できる程度にしたかった。
ただ、ここに難問があった。
最初に柴山へ行ったとき、春の終わりだったこともあって、雪が少し残っていた。雪国育ちの俺たちにしてみれば大した量じゃないが、それでもほんの少し、木の根元や土手の陰や日当たりの悪い家の陰なんかに残っていたのだ。
柴山が本当に廃村かどうか確認するため、集落中を走り回ったとき、雪の重みで壊れた家を見かけた。
秘密基地を作るなら、雪の心配をしなければならない。俺は、真面目にそう思った。
冬、雪下ろしのために、柴山まで通うなんて論外だ。そもそも雪の中じゃ自転車が使えない。 井戸水を屋根まで持ち上げて、一日中流しっぱなしにするとか、そういう方法をとらなければならないだろう。
でも、その場合の動力源はどうすれば良いのだろう。
グルグルと悩みだす俺にシビアな声が降ってきた。
「俊哉、お前、もしかして、雪の心配してないか?」
うっ。祐樹には何でもお見通しだ。
いつものように、俺の悩んでいることなんか、簡単に斬って捨てた。
「雪の心配なんか、今、するな。冬が来る前までに考えれば良い」
「だって……」
「お前の言いたいことは分かる。それでも」
「それでもって?」
「今一番しなけりゃならないのは……」
「今一番しなけりゃならないのは?」
「ここを寝起きできる場所にすることだ。
それから先のことは、そんとき考えたら良いんだ」
理路整然とした説得は、いつものパターンだ。いつもは、なすすべもなく引き下がるのだが、このときは必死に食い下がった。
「せっかく作った秘密基地を雪のせいで諦めなくちゃならないなんて、面白くないじゃないか。
そんなくらいなら、最初から作らなきゃ良いんだ」
俺の言い分を聞いた祐樹は鼻で笑った。
「万々一、雪のせいでせっかく作った基地が潰れたとしても」
「潰れたとしても?」
「少なくとも、春から秋まで遊べたら、それで良いんだ。潰れたら、家はたくさんあるんだ、別の家に作り直せば良いだけだ」
「その程度のものなのか?」
「その程度のものなんだ」
なんだか、必死になった自分が馬鹿に思えた。
確かに、家はたくさんある。万一、秘密基地が潰れたとしても、別の家を秘密基地にすれば良いのだ。
毎年秘密基地を作るのは大変かもしれないが、大工でもない俺たちが、絶対壊れない家なんか作れるはずがないのだから。
なるほど。
壊れるかもしれない、と、あるかないか分からない将来を憂えて何もしないより、壊れたらまた作れば良いって程度で楽しくやるのが、正しい楽しみ方だ。
柱や梁がしっかりしていて、住み心地の良さそうな家を選んで、他の家から持ち込んだ建材で補修した。
建材といっても、他の家の壁や天井から引っぺがしてきたわけで、立派な犯罪になるのかもしれない。いや、多分、なるだろう。
でも、俺たちが壊さなくても、早晩雪が壊してしまうのだ。滅茶苦茶になる前に、リサイクルするのだから、神様だって許してくれるさ。
これが犯罪なら、俺のお袋にも祐樹のお袋さんにも、申し訳なくて合わせる顔がないじゃないか。
家の修理は、大変だったけど面白かった。頑張れば頑張っただけ、目に見えて住みやすくなるからだ。
問題は掃除だった。
自慢じゃないが、自分の部屋だってまともに掃除したことがない。
部屋の状態が目に余るほどひどくなると、我慢できなくなったお袋が勝手にしてくれるからだ。
まあ、言うなら我慢比べだ。
大抵、お袋が負けることになる。後で、ひとしきり小言を言われることになるが、自分で掃除をしなくて済むだけ儲けものだと、割り切ることにしている。
だから、いくら秘密基地が欲しいからって、嫌いな掃除なんかしたくなかった。
しかも、この場合、柴山に着くまでに、自転車で散々走ってるわけで、嫌いなことをする体力なんか残ってない。
祐樹も同様のようで、どちらが掃除をするかで、喧嘩になった。
たわいもない子供の喧嘩だ。
結局、修理も掃除も二人ですることになって、一件落着。
まあ、いろいろあったわけだ。
そんなこんなで、俺たちの秘密基地は、夏休み前には完成した。
元々の持ち主は、小山聡一さんらしいが、小山さんは施設に行ったか天国に行ったか、とっくにどこかへ行ってしまっている。
探偵事務所でも使って本気で調べれば分かるだろうが、そんなことをする気は毛頭ない。
第一、そんな金もない。
とにかく、この家を俺たちが利用しても罰はあたるまい、ということで勝手に納得した。
万一、親族の人から返還を求められたら、速やかに返すつもりだが、そういうことは、まずないだろうと、高をくくっていた。
だから、毎週土曜になると、お袋にはキャンプだと言って柴山に出かけ、俺たちは秘密基地で一晩過ごした。
電気のない家で過ごすのは、正直怖かった。真っ暗で、鼻をつままれても分からないからだ。
もしかして、小山聡一氏の一族の亡霊が、家に勝手に上がり込んだことに激怒して化けて出るんじゃないかと本気で心配した。
でも、祐樹の前で怖いとは言えない。
暗い家なんか怖くもなんともないって顔で虚勢を張って頑張った。
後で聞いたら、祐樹も怖かったらしい。
チェッ。見栄張って、損した。
柴山で過ごすようになって分かったことだが、田舎が静かだなんて嘘だった。
春にはあちこちで鳥が鳴いていた。そのくらいなら許せた。いかにも長閑な田園風景ってBGMだからだ。
問題は夏だった。
昼は、蝉の大合唱だ。あちこちに点在する林の中で一斉に鳴くから、無茶苦茶うるさかった。
特に、秘密基地と定めた元小山さん家の庭の木に集まった蝉の合唱は、文字通り頭の上で鳴かれるわけで、頭が割れそうなくらいだった。
夜になって、ようやく静かになると、今度はカエルが鳴き出すのだ。中にはウシガエルまでいて、高い鳴き声の合間に地面の底から響くような声で鳴いた。
あんまりうるさいので、おちおち寝てられない。
寝かせてくれ!という気分だった。
夏休みは長期滞在だってできる。せっかくだから、と一週間過ごした。
蝉やカエルの鳴き声を一週間も我慢した俺たちを褒めてほしい。
一週間もいると弁当だけじゃ足りない。食材を持って行ってカレーなんか作った。
テントで寝たらキャンプだが、俺たちのキャンプ場は、古い見捨てられた家をリサイクルした秘密基地だ。
さすがに、お盆の時期になると、墓参りに訪れる人がいるんじゃないかと気が気じゃなかった。
だってそうだろ。万一、顔を合わせたら、俺たちは立派な不審者だ。
下手すると警察に通報されて、親や学校にチクられることになる。あらゆる方向からのお叱りが予想され、面倒なことになるのが目に見えていたからだ。
だが、結局、誰にも会わなかったし、田んぼの側に点在するお墓に誰かがお参りに来た形跡もなかった。
俺たちの心配は、杞憂に終わったのだ。
ラッキー。
柴山は、完全にうち棄てられていて、誰も墓参りにさえ来ないのだ。