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そこは誰もいなくなった  作者: 椿 雅香
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プロローグ――秘密基地(3)

 深い山の中の道をどのくらい走ったのだろう。ようやく視界が開けたとき、俺たちは、ダム湖のある集落ではなく、全く違う集落ところに着いてしまったことに気付いた。


 二人とも息が上がってかなり消耗していた。

 でも、どこだか分からない土地に着いたことで、好奇心でワクワクした。



 緑の濃い集落だった。


 里山に囲まれた棚田やだんだん畑のところどころに木々や竹藪に囲まれた古い家屋が点在する小さな集落だ。


 春爛漫。木も竹も草も命を輝かせている。草のにおいにむせ返るようだ。

 小川には、メダカやフナやオタマジャクシが泳いでいた。


 こんなに生命力あふれる集落なのに、肝心の田んぼや畑に存在感がない。

 

 春先なのに、どの田んぼも田植えの準備をしている気配がないからだ。

 雑草に覆われて、放置されて久しいことがうかがえた。畑も草ぼうぼうで、近年耕したことがないんじゃないかと思われた。


 休耕田なんか珍しくもないが、山間の棚田が一面に休耕田というのは異常だった。


 祐樹と俺は、顔を見合わせた。


「祐樹、道、間違えて、異世界に来たんだろうか?」

「馬鹿、異世界って、そりゃねえだろう。お前、ネット小説の読みすぎだ。

 でも、普通じゃねえよな」

「あっちもこっちも家があるけど、もしかして、人が住んでないのかも」

「おうよ。調べてみようぜ」

「うん」

 

 人が住んでいれば、家の前の庭に車や自転車が置いてあるものだ。それに、洗濯物が干してあったり、使った道具が片づけないまま放置されていたりする。


 それが、なかった。

 どの家も、古びて色あせた扉をきっちり閉じていた。

 念のため、電気のメーターを確認したが、全く動いていない。


 少なくとも人が住んでいれば、留守にしているだけならば、冷蔵庫は動いている。だから電気のメーターが動く。テレビで見た推理ものの二時間ドラマで得た知識だ。


 それが、全く動いていないということは、そこに人が住んでいないって証拠だ。

 一軒だけじゃなく、見る家、見る家、どの家の電気メーターも動いていない。


 ってことは……。


 春の爽やかな心地良い日差しの中、集落は静かにたたずんでいた。


 人がいない。

 かつては人がいたのに、人がいない。

 誰もいない。


 そこここの木立の合間に散見する家々は、廃屋のみだ。


 もはやゴーストタウンだった。

 ここまで人がいないと、映画のセットのようだ。


 森閑とした集落で、生きている人間は俺たち二人だけという異常なシチュエーションに興奮した。


 だって、考えても見ろよ。


 ウチの向かいの島田さんは、一人暮らしのおばあちゃんの認知症が進んだので、離れたところに住んでいる息子さんが施設へ入れた。つまり、住む人がいなくなった。

 以前は、夜になると灯りがともり、朝になるとおばあちゃんが玄関先を掃いていたものだが、それが全くなくなって物音一つしない。

 朝も昼もなくなって、家が死んだのだ。

 一軒でさえ、人の住まない家は死んだも同然になる。


 それが五十軒以上あるこの集落の全戸がそうなのだ。


 俺たちが住む世界じゃ、ありえない話だ。普通じゃない。

 別の世界、つまりは異世界だと言われた方が、まだマシだった。


 その日は、ここが本当に廃村なのかどうか、集落全体を調査した。


 もしかして、どこかの家にまだ住んでる人がいるかもしれない。

 どこかに住んでる人がいるなら、俺たちは立派な不審者だ。


 淡い期待と恐れを抱きつつ、片っ端から調べて回った。



 どの家も表札の脇に住所と住人の名前を記したプレートがかかっている。


「こういうのって、古い家でよくあるよな」

 俺が言うと、祐樹も面白そうに笑った。

「誰々が住んでますって、他人にまる分かりじゃん。個人情報の保護って考え方がなかった時代の代物だな」

「おかげで、表札だけかかっている家より住所が分かって便利じゃないか」


 そこには、『〇〇市柴山町大字東小字山中二八四番地 山本賢一 万里江 壮太 遥』と書いてあった。

 大字、小字って、いかにも田舎じみた住所に優越感を持った。

 少なくとも、俺たちの家は、大字小字がない分ここより都会だ。って、本物の都会人から見たら五十歩百歩って言われるんだろな、きっと。


 個人情報の保護を尊重して各人の名前はスルーし、ここがどこかを教えてくれる住所だけチェックした。


 結果分かったことは、ここが我が町の秘境といわれる柴山町だったことだ。


「柴山って、聞いたことある」


 俺は髪をかき乱して、思い出そうとした。

 どこで聞いたんだっけ。いつ聞いたんだっけ。

 お袋に聞いたような気がするんだけど……。

 散々ガシガシやって、ようやく思い出した。


「そうだ。祭りの日に聞いたんだ。おばあちゃんの思い出話だ」

 祐樹に目だけで促され、とつとつと説明した。

「おばあちゃんが小さいとき、柴山のばあばが、祭りの日、一日がかりで歩いて買い出しに来たもんだって、言ってたんだって」

「お前のおばあちゃんの実家って魚屋だったな」

「そうだ。もうやめちゃったけどな。んなことは、どうでも良いんだ。

 柴山のばあばの話だけどな、おばあちゃんによりゃあ、毎年ばあばがご馳走買いに来たらしい。朝6時に家を出て、店に着くのが10時頃。買い物して昼ご飯食べて、帰って行ったんだって」

「とんでもない話だな。っていうか、車使わなかったんだろうか」

「昔だから、車なんか持ってなかったんじゃないかな」

「じゃあ、自転車は……。無理か」

「無理って?」

「俺たちが今来た道を思い出してみろ。ママチャリじゃ無理っぽくねえか」

「確かに」

「それに、昔の自転車ってやたら頑丈だったから、車体の重さが今よりかなり重かったはずだ。アシスト自転車なんかなかったし」

「それで歩いたってわけか?おばあちゃんにこの話聞いたときスルーしたけど、こっから町まで結構あるぞ。とんでもない話だ」

「でも、お前のおばあちゃんの話によりゃ、柴山のばあばは、その、とんでもないことをやってたんだ」


 確かに、祐樹が言う通りだ。


 柴山のばあばは、ここから町の中心部にあるおばあちゃんの実家まで歩いてきて、買い物して、子供だったおばあちゃんに小遣いをくれたりして、歩いて帰ったのだ。

 どれだけの時間と労力がかかったことだろう。


 つくづく、昔の人はすごかった、と感心した。

 

 その拍子に別のことも思い出した。

「あと、おばあちゃん、柴山の知り合いに頼んで、炭焼いてもらってたって話もあった」

 ここらは、山深いから炭焼きとかしたんだろう。

「炭なんか何に使ったんだ?」

「魚屋って、夏、焼き魚とか売るだろ?そんとき使ったんだって」

「あれって、今は炭じゃねえだろ?」

「ああ、ガスか電気だ」

「お前のばあちゃん、風流だったんだな……」

 皮肉っぽく言われて、腹が立った。

 ばあちゃんの実家が炭を好んだのは、昔だったからだ。

 昔は、炭の方がおいしく焼けるってこだわりがあったって話だ。別に、ばあちゃん家に電気もガスもなかったからじゃない。

「バカにすんな!」



 腹を立てる俺を無視して、祐樹が辺りを見渡した。


 誰もいない集落。


 畑の向こうにあるのは墓のようだ。それも草に覆われて、草の間からチラリと見える石の形で、ようやく墓だと判別できる程度に自然に溶け込んでいる。


 祐樹が見ているものに気が付いて、俺が何気なく言った。


「墓が自然に溶け込むって、仏教的には良いことなんだろうな、きっと」


 俺の感想を祐樹は、思いっきり馬鹿にした。


「お前な、この局面で墓がどうしたとか、仏教的にはどうのこうのって、ねえんじゃねえか?

 もっと、現実を見ろ」

「現実って?」

「墓があるってことは、例えここが廃村だとしても、お彼岸とかお盆とかに誰かがお参りに来る可能性があるってことだ」

 確かに。祐樹の言うことには一理ある。


 いつもは人が住んでいなくても、お墓参りのシーズンには人の出入りがあるってことだ。


「んなことより、もっと切実な問題があるだろ?」

「切実な問題って?」

「ここには、誰もいねえんだぞ。コンビニもないし自販機もない。どうやって、ドリンクを調達すりゃあいいんだ?」

「あ、そうだった。ダム湖なら自販機ぐらい置いてあるだろうって、まともに持って来なかったんだ」

「そういうことだ。頭痛えよ」

 そう言うと、しばらく唸っていたがポンと手を叩いた。

「そうだ!その辺の家の水道借りたら良いんだ」

「勝手にか?」

「そうさ。考えても見ろ。承諾得るにも相手がいねえんだ」

「確かに」


 つくづく頭の良い男だった。


 だが、いくら祐樹が頭が良くても、敵は想定外の対応に出た。

 つまり、どの家の水道も水が出なかったのだ。

 とりあえず、家の外に蛇口があって、第一関門は突破するのだが、ひねっても水が出ない蛇口は蛇口とは言えない。

 まるで、嫌がらせみたいだ。

 もしかして、元栓を閉めているのだろうか。でも、一軒二軒ならともかく、どの家もどの家も水が出ないというのは、何かありそうだった。


 そうこうしている間に喉が渇いて、我慢できなくなってきた。


 「俊哉、非常手段に出るぞ」

 祐樹が、悲壮な声で宣言した。

「非常手段って?」

「自販機がある場所まで帰るんだ!」

 あんまり、当たり前の提案だったので、がっかりした。もっと奇想天外な案を期待した俺が馬鹿だった。



 二人は、しょんぼりと、だが、必死にペダルをこいで自販機を目指した。

 

 自販機なんて、来る途中、あっちにもこっちにもあったような気がしたが、探すとなるとないもので、どこまで戻ってもない。

 ようやく、町にほど近いバス停の脇に自販機を見つけて人心地着いたときは、再び柴山へ行こうという気力はなくなっていた。

 






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