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そこは誰もいなくなった  作者: 椿 雅香
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プロローグ――秘密基地(2)


 言われてみれば……。


 これは、チャンスかもしれない。


 いつもはB判定だ。まあ、たまにA判定が出るけどほとんどがB判定で、BとAの間をチョロチョロしているって感じだ。だから、当然、普通に受験すればかなりの確率で合格すると思っていた。

 今回、初のC判定。ショックじゃないと言えば、嘘になる。

 合格可能性五十パーセントって、丁半で勝負が決まるサイコロ博打並みだ。ウチの町には、通学圏に私学がないので圧倒的多数の受験生が滑り止めも受けない。

 それなのに、確率五十パーセントの博打みたいな、そんな危ないことできるかって思ったり、合格可能性十パーセントのE判定じゃなかっただけでも良しとしようと思ったり、判定結果をもらってから、心の整理に忙しかった。


 でも、この機会にお袋と交渉して、必死に勉強するから自転車買ってとねだれば、買ってもらえるかもしれない。


 いや、絶対買ってもらえるだろう。

 

 財布の紐が固いお袋だって、俺が気持ちよく勉強する環境を整えるという意味で頭ごなしに拒否できないはずだ。


 しかも、自転車という人参が目の前にあれば、俺だって勉強が嫌じゃなくなる。というか、進んで勉強するだろう。


 

 何て頭の良い男だ。


 つくづく祐樹という男が偉く見えた。この男が俺の親友だということに感謝した。


「でもな、お袋さんと話付いたら、必死で勉強しろよな。万一落ちたら、高校も自転車も手に入らないって惨めなことになるぜ」

 

 シレっと言われて、頭を抱えた。 


 そんなこと、言わなくても良いじゃないか。

 なんて冷酷なヤツなんだ。




 無事、高校に合格した俺は、祐樹もお袋さんに自転車を買ってもらう約束をしていたことを知った。

 どうやら、俺が買ってもらうことになったから、自分も欲しいとかなんとか屁理屈をこねたらしい。

 毎度のことだが、俺は良いように利用されたってわけだ。


 ったく、腹が立つ。


 でも、ロードバイクが手に入ったら、二人で一緒にサイクリングしたいわけで、俺だけ手に入っても面白くないことも確かだ。


 本当ほんと、悪知恵の働く男だ。



 合格発表の翌日、二人して、自転車屋へ目当てのロードバイクを買いに行くと、おっさんに「そんなもん置いてねえ」と言われて、焦った。

 

 田舎の自転車屋じゃ、ロードバイクなんて洒落たものは扱ってなかったのだ。


 だいたい、ママチャリだって、店に置いてあるのは二、三台で、後はカタログ見てお取り寄せするのだ。

 結局、おっさんが、奥からカタログを持ってきて、お取り寄せすることになった。


 ホッ。


 でも、お取り寄せなら、アマゾンで十分じゃないか。

 

 ところが、相手は、通販大手のアマゾンさんじゃなく田舎の自転車屋のおっさんだった。


 カタログを見て、言い出したんだ。

「お前ら、ロードも良いけど、クロスバイクって手もあるぞ。うちの町みたいな田舎じゃ、 ちょっと郊外に出たら、未舗装の道だってあるだろ。そんな道走るには、クロスバイクの方が適してるんだ」

「クロスバイクって、どんなもん?」

「簡単に言うなら、ロードバイクとマウンテンバイクの両方の良いところをとった自転車だな。 その分、ロードバイクほど効率的にスピードはでねえが、ロードバイクほど使用が制限されねえ。通学とかの日常の使用にも使えるし便利だ」


 おっさんの提案に、心が揺れた。


 町を一歩出れば、オフロードもある。しかも、俺たちは、今回買ってもらう自転車を通学に使うことになっていた。


 親たちから、いくら何でも通学用と趣味用の二台を買うなんてとんでもないと言われていたからだ。


 ネットで価格を調べ、親たちが文句をいうのももっともだ、と納得してしまう小市民な自分に一抹の寂しさを感じたが、まあ、ここらが落としどころだと思ったのも確かだ。 



 というわけで、自転車屋のおっさんの提案は痛いところを突いていた。


 二人で散々悩んだあげく、といっても、その場で悩んだのだから知れているんだが、おっさんの言うとおり、クロスバイクに決めた。


 さて、無事、クロスバイクを手に入れたら、今度は、乗らなければならない。


 もちろん、買ってもらった自転車に乗るのは義務ではない。義務ではないが、せっかく手に入れた自転車を観賞用にするという選択肢は、俺たちにはなかった。

 俺たちにとって、そんなことをするのは、犯罪と同じだった。


 自転車は、乗らなければ自転車じゃない。乗るから自転車なのだ。ちなみに、自転車で登下校するのは、「乗る」とは言わない。

 

 ということで、高校に入学してから、俺たち二人は、忙しい学校生活の合間をぬって、連れだって走り回ったのだ。




 あの日、俺たちは町の中心部からはなれた山道を走っていた。


 俺の住む市は小さな町だ。平成の大合併によって、近隣の町村を併合してかろうじて人口を保っているが、あれがなきゃ今頃……。まあ、消えてなくなることはないにしても、先は見えていた。


 お袋が子供の時、人口は五万だったらしい。で、今現在の人口も同じく五万だ。併合した町村の人口を加えてもその程度ってことは、確実に人口が減ってるってことになる。

 第一、限界集落がいくつもあるという噂も聞く。


 いったん市になった町は、いくら人口が減っても市のままだ。このままいけば、村より小さな市になるかもしれない。

 

 まあ、そんなことはどうでも良いわけで、周りに点在する小さな町をかき集めて、ようやく成立するのが、我らの『市』なのだ。

 

 高校入学とともに手に入れたクロスバイクは、極めて使い勝手が良く、俺も祐樹も満足した。

 親たちからは「高すぎる」とブーイングがあったが、俺も祐樹もスルーした。無事に名門高校へ合格したご褒美というか、お祝いというか、そういう条件で手を打ったのだ。


 だいたい、値段それが分かっていて条件を出したのだから、納得ずくで(?)条件に乗ったのは向こうなのだ。今更、文句を言われてもって感じだ。


 だから、高校ではクラブに入らず、帰宅部を決め込んだ。

 

 帰宅後、二人で作ったサイクリング同好会の活動には励んだのだ。


 これは学校が認める正規のクラブじゃないが、高校生活をエンジョイするため自前で作ったサークルのようなものだ。

 勝手に名乗るなと言われたらそれまでだが、知り合いに話したら、権利能力なき社団みたいなものだな、と妙に納得された。


 それってどういう意味って訊いたら、法学部に入ったら分かるって。


 そりゃないだろ。 




 この日、俺たちはダム湖のある山の中の集落を目指したのだが、道を間違えしまった。


 スマホのナビを使えば良かったのだろうが、車じゃあるまいし、自転車を走らせながら画面を見ることなんかできない。

 だから、ときどき休憩してスマホで確認しなければならない。


 ただ、スマホで調べるだけじゃ面白くない。

 せっかくだから、非日常を思い切り満喫しようということになって、よせばいいのに、レトロに五万分の一の地図を使うことにしたのだ。


 この無駄な好奇心が仇になった。

 五万分の一の地図なんて、小学二年以来だ。それ以上の学年では、日本地図とか世界地図とか、とにかく行ったことのない遠い土地を地図上で調べただけで、自分たちが住んでる地域のことは、完全にスルーされていたような気がする。


 地図を用意したところまでは良かったのだ。だが、五万分の一の地図なんて、本当に久しぶりで、小学校低学年の記憶なんか、俺たち高校生にとっては太古の歴史だった。


 結果、地図を読むのに慣れないせいで、自分たちが今いる場所が地図上のどこになるのか、分からなくなってしまったのだ。

 そもそも、GPS機能というのは、現在地を教えてくれるものだ。いくら、地図があっても、自分たちが今どこにいるか分からなかったら、どうしようもない。


 どうやら曲がるべき交差点だと思って右折したのは、一筋手前の枝道だったようだ。途中から未舗装の細い道になり、くねくねしたつづら折りの道がいつまでも続いた。


 アップダウンが多くてママチャリじゃかなり厳しいアシスト自転車が推奨される道だ。

 自転車屋のおっさんの忠告を受け入れて、ロードバイクじゃなくクロスバイクにしておいて良かったとつくづく思った。


 ありがとう。おっさんに感謝だ。





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