尋問(4)
返してもらったら、どっか別の場所でのキャンプに使えるじゃないか。
俺の申し出は、意表を突くものだったようだ。
百合と祐樹の目が点になった。
「あんたねえ…」
「お前なあ…」
俺、何かおかしいこと言ったか?
その晩、百合は家に泊めてくれた。リビングの隣の部屋が客間になっていて、出版社の担当さんなんかが泊まれるようになっていた。
布団もあったけど、百合の好意(?)により、俺たちは自分たちのシュラフを使って寝ることになった。
何のことはない。百合は、部屋の中でシュラフを使う俺たちの様子を自分の目で見たかったのだ。いうなら、ネタの収集だ。
でも、まあ、柴山で泊まることもなくなると覚悟した後だったので、俺たちの方も百合の思惑なんかどうでもよかった。
新装開店でリニューアルされた畳の上でシュラフを使うという他では体験できないことができたのだから、お互いの利害が一致したってことだ。
百合の趣味で、宿泊に関しては冷たい扱いだったが、食事の方はまあまあだった。
弁当だけじゃ足りないだろうからと、手料理をご馳走してくれたのだ。
俺たちは、リビングのテーブルに弁当だけじゃなく、百合の作ってくれた一口カツやポテトサラダを並べて食べた。
実は、ポテトサラダはあんま好きじゃない。求めて食べたくないというか、ぶっちゃけ嫌いの部類に入る。でも、柴山の元小山さん家で、初めて出会った有名人の手作りだと思うと、美味しく感じた。
思わず、そう言うと、
「味っていうのは雰囲気で変わるんだ」
と祐樹に呆れられ、百合に、
「ウチ、料理得意やさかい」
と、胸を張られた。
食事の後も、俺たちの冒険話に花が咲いた。
「夏の前にね、そこの川に生物部が飼育しているタニシを放したんです。夏、蛍が飛び交って、とってもきれいでした」
「いやあ、見たかったわ」
「でも、蝉とカエルがうるさくて、眠れなかったんですよ。百合さん、うるさいの大丈夫ですか?」
「大丈夫。ウチ、寝てしもたら、朝までガッツリ寝る方やから」
「だったら、来年の夏に乞うご期待」
「そやけど、あんたら、いろんなことしとったんやな」
「おかげさまで、楽しかったです」
「右に同じ」
祐樹は、面倒くさくなると、右に同じとしか言わない。
百合との会話は楽しいもので、俺たちは、自分たちが断罪される立場だったことを忘れていた。
だから、百合がその事実を指摘したとき、愕然とした。
俺たちは、この人に許しを請う立場だったのだ。
「あんたらが楽しかったんは、おじいちゃんの家のおかげや。そやから、孫のウチのためにして欲しいことがあるんやけど……」
「何をしろと?」
まさか、犯罪行為を強いられることにはならないだろう。何てたって、超がつく有名人だ。マスコミにバレて、ワイドショーのネタにされるようなことはしないはずだ。そう信じたい。
冷静になれ。冷静になれ。違法なことや非常識なことは要求しないはずだ。
だって、この人、有名人である前に、普通のおばさんなんだから。
自分にそう言い聞かせて、次の言葉を待った。ドキドキと心臓の音がうるさい。
「今の話、ネタに使わせて欲しいってことと、できれば、ちょこちょこ遊びに来て欲しいってことや。
食事とか、お菓子とか、飲み物ぐらい出すし」
要求内容があまりにも簡単だったので、拍子抜けした。
「食事?」
「お菓子と飲み物?」
祐樹と俺の声が二重唱のように重なった。
でも、俺たちって、どうして食いつく箇所が違うのだろう。いつだって、祐樹は食事に、俺はお菓子に食いつく。
「そや。できれば、毎週土曜にここに来て泊まってって欲しい。そんでもって、柴山であったいろんなことを話して欲しい。ついでに、買い物とか、いろんなこと手伝ってもらえたら、なおうれしい」
お安い御用だ。
そもそも、柴山の秘密基地を諦めなくちゃならないと、絶望しかけていたのだ。
それが、ちゃんとした業者に頼んでリフォームした家らしい家に泊まって――ただし、寝るときはシュラフを使うことになるだろう。それほど、シュラフで寝る俺たちに百合は感動していた――超有名な多野椎奈と楽しい時間を過ごせることになったのだ。
ラッキー以外の何物でもない。
帰り際、祐樹と多野椎奈と会ったことを家族や友人に吹聴しようと相談していたら、百合に釘を刺された。
百合が柴山に来たのは、有名になりすぎたせいで、元々住んでいた家がファンやなんかの知るところとなったからだという。
プロフィールなんかをあんなに秘密にしたのに、どこから漏れたのだろう、多野椎奈の正体を知る人が出てきて、どっかの馬鹿がネット上に公開してしまったのだ。
ウチのプライバシーはどうしてくれるんや!
百合は激怒して、引っ越しすることにしたらしい。
多野椎奈は有名人だから、どうしたって注目される。逃げ回るより、もっと華々しく活躍したら良いのに。
俺だったら、有名人ということでテレビや雑誌に出て、他の有名人と対談したり、役得でいろんな地方の美味しいものを食べたり、きれいな景色を見たりしたいと思うが、百合は違った。
あくまでも、普通のおばさんとして暮らしたいのだという。普通に家事をして、普通に遊んで、決まった時間にパソコンの前に座って小説を書いて、生活費を稼ぐのだという。
つまり、百合にとって、執筆業はお袋のパートと同じレベルなのだ。
引っ越し先の候補地の中から柴山を選んだのは、次回作で廃村寸前の集落を舞台にした作品を書きたいという思いもあったからだという。




