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そこは誰もいなくなった  作者: 椿 雅香
11/27

尋問(1)

4 尋問


 件の人は、中肉中背のおばさんで、関西弁だった。

 

 小山氏の親族は関西人だったのだろうか。それとも、この人が小山氏からこの家を買ったか借りたかしたのだろうか。

 

 気にはなったが、力関係は向こうの方が上だ。尋ねることもできない。


 俺たちは、言われるまま元小山氏宅へ連行された。


 元小山氏宅の中は、俺たちが秘密基地にしていた頃と全く変わっていた。同じ家とは思えないほど変わっていて、そのよそよそしさに居心地の悪さを感じた。


 おばさんは、俺たちが座敷と呼んでいた部屋をリビングと呼んでいた。

 確かに、リビングと呼ぶにふさわしい。それくらい変貌していた。

 洋風で、居心地がよさそうな部屋だ。でも、リビングにはつきものの、テレビがない。

 まあ、この人の趣味なんだろう。


 ソファに座るよう促され、尋問が始まった。

「ウチ、加藤百合言うん。七年前までこの家の持ち主だった小山聡一の孫や。あんたら、何者なにもんなん?」


 嘘をついても、事態は悪化するだけだろう。ひたすら泣いてすがって許してもらうしか手はない。

 きっと、怒られるだろう。家をいじったことで、弁償しろと言われるかもしれない。

 でも、他の家ならともかく、元小山氏宅には損害を与えていないのだから、弁償するって何か変だ。


 勝手に上がり込んで、好き勝手して使わせてもらったのだから、使用料を請求されるかもしれない。それだって、俺たちは修理や掃除をしたんだから、逆にこっちから賃金を請求したいくらいだ。

 でも、まあ、弁償か使用料かは別として、お金を払うには親に話を付けなければならない。それが痛い。これまで内緒にしてきた秘密基地のことを白状しなければならないからだ。


 きっと、無茶苦茶怒られるだろう。考えるだけで頭が痛い。

 

 身から出た錆だが、居たたまれない。


 でも、逃げようもないのも事実なのだ。

 仕方がない。俺たちは、正直に、それこそ馬鹿正直に白状した。


「俺は杉田 祐樹。高校一年生です」

「俺も同じく高校一年の松村俊哉です」

「そう、祐樹くんと俊哉くん言うん。どこの高校?」

 

 やっぱり、それを訊くか。

 諦めて、学校名を告げると、意外な反応があった。


「そこって、ここらじゃお利口さんの行く学校やな。そんな学校の生徒が、柴山ここで何しとったん?」


 見りゃ、分かるだろう。と、言いたかったが、そんなこと言ってご機嫌を損じたら、損をするのは俺たちの方だ。


 加藤百合は、俺たちの口から白状させようとしていた。

 何というか、いたぶられているような気がした。でも、力関係を考えると……白状するっきゃない、か。


 ええい。どうにでもなれってんだ。


「「すみません!」」


 俺と祐樹は、テーブルに手をついて頭を下げた。勢いがつきすぎて頭がテーブルにぶつかったが、そんなことにかまっている場合じゃなかった。

 

 大きな音がして、百合もびっくりしたようだ。


「痛かったんやない?」


 あんたのせいだろ。とってつけたような優しい振りは、やめてくれ。


「そやけど、あんたら、謝るようなことしてたん?」


 じわじわと追いつめて来る。これって蛇の生殺しだ。


 こういう場合は、何も言わない方が良い。下手にしゃべると、損をする。長年のお袋とのバトルから学んだ知恵だ。


 俺たちが口をつぐむと、敵もさるもの、話題を変えた。


「あんたら、おもろい組み合わせやな。

 祐樹くんは、彫りが深こうて目鼻立ちがはっきりしとるハンサムさんや。でもって、背も高いし、見るからに肉食系や。

 対する俊哉くんは、細面で繊細、いかにも和風の男前って顔の草食系や。

 どういう関係?」

 

 俺たち二人に出会った人が、必ず尋ねるお約束のような質問だ。このぐらいなら答えても良いだろう、といつもの返事をした。

「俺と祐樹は、幼馴染なんです」

「幼稚園から、ズッと一緒で、現在、二人でサイクリング同好会の活動してるんです」

「サイクリング同好会って、自転車で柴山ここまで来て活動するサークルのこと?」


 直球だった。

 

 さあ、いよいよ。懺悔の時間だ。せいぜい情に訴えて、許してもらおう。


「ええ、始めは、いろんなところを走り回っていたんです。でも、あるとき、道を間違えて柴山に着いたら、ここがゴーストタウンみたいだったので、興味がわいて……」


 俺の説明を引き取って、祐樹が説明を続けた。


「どこも空き家みたいだったので、秘密基地作ろうってことになって、勝手で申し訳ないんですが、小山さん家を秘密基地にさせていただいたんです」

 

 俺たちは、もう一度テーブルに手をついて謝った。


「「申し訳ありません!」」


 百合は喉で笑った。

 

 さほど気を悪くしていないようだ。

 俺たちは、少しだけ胸をなでおろした。このまま許してもらえますように。


「修理する材料とか、どうしたん?」


 百合が尋ねた。どうやら、俺たちがどういう方法で秘密基地を作ったか、徹底的に知りたいようだ。

 俺たちは、百合がいつ怒り出すかと、びくびくしながらも正直に話すことにした。


 だって、そうだろ。

 ここで嘘をついてバレた暁には、絶対学校に通報されて、俺たちは四方八方からお叱りを受ける羽目になる。そしたら、最悪、停学処分とか退学処分とかになるかもしれないのだ。


 こんなときは、下手な小細工をしない方が良い。

 

 祐樹も同じ思いだったのだろう。

 アイコンタクトで確認すると、真面目で信頼できる俺の仕事だと言わんばかりに、「お前の担当だ」と小声で言った。


 俺たちがトラブルに巻き込まれたときは、俺が謝ることになっている。

 というのは、祐樹が謝ると、とってつけたような態度になるので、相手を怒らすだけだからだ。


「こんなことだけ押し付けるんだもんな。後で覚えとけ」

 

 小声で抗議するが、そんなことで代わってくれるわけもない。

 いや、代わってもらっても、話がこじれるだけだ。

 腹をくくって、告白した。


「修理に使う建材は、よそのお宅の建材をいただいてきて使いました」

「よくそんなもの、置いたったな」

「いえ、置いてあるというより、家を構成している建材をその家が壊れる前にいただいてきたんです」

「てことは、よその家から引っぺがして来たってこと?」

「そういう言い方もできます」


 穴があったら入りたいとは、このことだ。

 ったく、祐樹のヤツ、あいつがやると逆効果だってことを良いことに、いっつもこういう役押し付けるんだから。

 もしかして、それ狙ってわざとやってるんだろうか。


「あきれた。つまり、よその家壊して、ウチの家修理したってこと?」

「お言葉ですが、その家だって、あのまま放置しておけば、雪や台風なんかで壊れたはずです。

 現に、春に俺たちが来たとき、二軒ほど壊れてたんです。集落中を一回りしたんですが、何とか建っているものの近々壊れそうな家が五軒はありましたし、多分、数年先には、ほとんどの家が壊れてしまうでしょう」


 俺たちが建材を引っぺがしたことの正当性を縷々説明すると、百合は斬って捨てた。


「そや。多分、あんたらの言う通りやろ。そやけど、現に家壊しとるやない」


 それを言われると辛い。俺たちは冷水を掛けられたように、シュンとした。


「あんたらは、無断で他人の家に上がり込んだ。これって、住居侵入罪や。でもって、勝手に他人の家を秘密基地にした。これって、不動産侵奪罪になるんや。そんでもって、秘密基地の補修のための材料を調達するため他の家を壊した。それって、建造物等損壊罪や。ほんま、犯罪のオンパレードや」

 

 ここまで理路整然と非難されると、申し訳なさで体がすくんだ。

 悪いとは思っていたけど、法律に触れるほど悪いことしてるとは思わなかったのだ。知らなかったで、許してくれないだろうか。

 

 だけど、この人、やたら法律に詳しい。一体、何者だろう。

 警戒警報が頭の中で鳴り響いた。


 そうだ。百合の正体を詮索するより、目の前の危機を脱出することが先決なのだ。

 

 自覚がなかったとはいえ、こんなに法律を犯していたのだ。この分だと、バレたら停学かも。いや、退学って可能性だってあるのだ。

 

 真っ青になった俺たちに、百合がおかしそうに笑った。


「学校にバレたら、えらいことになりそうやな」


 テレビのサスペンスで殺される人が言う台詞だ。こんなふうに脅かして金品をせびり、そのせいで進退窮まった犯人に殺されるのだ。

 もちろん、俺も祐樹も百合を殺す気なんかないけど、それにしたって、どこかで聞いたような陳腐なセリフで脅かされると、「やれるもんなら、やってみろ!」って言いたくなる。


 あんた、俺たちを脅しても何も良いことないぜ、って。



俊哉と祐樹は、いよいよ加藤小百合と会いました。小百合は、大坂のおばちゃんです。

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