45.
「信じてみろだって?!」
蔵じゅうに土方の怒声が響いた。
「そんなん信じるわけがねえだろう!」
「幽霊は信じるのに?」
沖田の揶揄節が続き。
冬乃は。
土方の説得にかかってくれた沖田の斜め後ろに立って、始まった二人のやりとりをハラハラと見守っていた。
「・・ああ、そうだったな、おめえはそういうの信じねえ奴だったな。しかしなんだ、てえと幽霊信じてねえやつが未来から来たやつは信じられるってか」
「幽霊信じてるやつが未来から来たやつは信じねえってのも妙な話ですぜ、土方さん」
土方の物言いを真似しながら、沖田が言葉をもじって返す。
「どうせ両方この世のものじゃないでしょうに」
(・・・なるほど)
おもわず納得してしまった冬乃の前。
「てめえ・・いいかげんにしやがれッ」
土方が、切れた。
「その女の戯言、本気で信じてんじゃねえだろな?大体信じてやるに足る証拠なんかねえだろうが!」
「信じてやらないに足る証拠も無いですよ」
土方さん、
と沖田は困ったように呼びかけ。
「現に十日前、まさか当てられるはずのない出来事を見事に言い当てた。これをどう説明するのです」
「だから責問してそれをこれから聞き出すんだろうが!」
(うわ)
冬乃はおもわず後退さる。
「そんなもん、すぐに失神するのがオチですよ・・・」
「総司、言っとくが」
土方が不意に声の調子を変えて、沖田の背後の冬乃をちらりと見やり。
「俺が女に鞭打つような趣味してると思うかよ」
(え?)
「・・・ああ。それを聞いて安心しました。てっきり土方さんにはそういう趣味がおありかと」
肩をすくめた沖田の後ろ。
冬乃は首を傾げていた。
(じゃあ・・何をもって責問って言ってるわけ?)
「女相手なら、鞭なんかで体力使うよりかもっと楽なほうを選ぶさ」
「どちらにしろ趣味が宜しくないな」
何?
(なんの話をしてるの?)
「協力、してくれるな?総司」
土方の白い手がすっと動いて。懐から何かを取り出し、沖田に向かって手渡した。
「・・もう少し様子をみましょうよ」
渡された手の中のものを見やり。沖田が溜息をついた。
「これは、あまりに可哀想だ」
(何?マジに何?!)
冬乃は沖田の手の中の物を見ようと首を伸ばしたが、沖田はそれをさっさと懐へしまってしまった。
「なにもいきなり信じろと言ってるんじゃありませんよ。騙されたと思ってとりあえず信じてみる方向を採ってみては・・と言ってんです」
「って、騙されたら終わりじゃねえか!」
「・・敏い人と会話すると、どうもいちいちめんどくさい」
「ぐだぐだ言ってねえで早く始めっぞ!」
「まあまあ」
冬乃のほうへ近づこうとした土方の前に、沖田はさりげなく立ち塞がった。
「土方さん、」
間近に己の鼻下まで迫った土方の頭に、沖田は土方の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「そもそもこの女人を俺たちが密偵かなにかと疑う理由は何でした」
「あん?・・俺の部屋に侵入してそのまま倒れてたからだろうが」
沖田を見上げながら土方は、何を当たり前なことを今さら聞くんだと云わんばかりに、眉間にしわを寄せた。
「そう。二度も、ね」
「・・・ああ。?」
「ずいぶん馬鹿な密偵がいたもんですねえ」
「馬鹿なんだろ実際」
(なにいい!?)
返答に目を怒らせた冬乃に、土方が嘲笑うかのようにフンと鼻を鳴らしてきた。
(ちょっと・・カンジワルすぎなんですけど?!)
義父の他に、今迄でこれほど相性の悪い人間に会うことも、そうそう無かったような気が・・?
冬乃は心内ぐったりと土方から目を逸らした、
その時。
「冬乃さん」
あいかわらず耳に心地よい、
低く穏やかな響きの声音が、冬乃を呼んで。
「はい」
その背を見やりとっさに返事をした冬乃へ、振り返り沖田が続けた。
「貴女が密偵でない証拠さえあれば。・・なんでも、なにか思い当たることはありませんか」
(え・・)
密偵じゃない、
証拠?




