42.
「・・・あの、」
漸う紡ぎだした冬乃の声は、困惑に掠れ。
「十日って、・・」
「十日前。貴女の言った通りに、隊は会津公より名を頂戴することとなりました」
冬乃の枕もとに座したまま、沖田は淡々と返してきた。
「だが、貴女がその日ゆくえを眩ませた所為で嫌疑のほうが強く、未だこちらは貴女を信じられずにいる」
「・・・」
廊下に人の話し声が、起こり。
「・・貴女には、悪いがいろいろと聞かなくてはなりませんよ」
「沖田様、」
この部屋のほうへ、人の声は向かっていた。
「十日も経っていたなんて知りませんでした、だって」
冬乃は布団から身を起しながら、おもわず縋るように沖田を見つめた。
(この世界の進みは、向こうに比べて速すぎる)
「私にとっては、さっき行って、いま帰ってきたばかりで」
「目が覚めたようだな」
からりと、障子が開かれた。
現れた土方の、白皙の面が冬乃へ向けられ歪み。
「どこへ行っていた」
「あんた、またしても土方さんの部屋で倒れてちゃあ、そりゃあ土方さんも怒るぜ」
場違いに暢気な原田の笑い声が、土方の背後から続いて響いた。
勿論そんなことで怒っているわけではない土方は、原田の茶化しに忌々しげに眉を顰めながら、
「この十日、どこに、行っていた」
一語一語を強く繰り返し。
「・・・望まぬうちに未来へ、戻っておりました」
戸惑ったまま答えた冬乃へ、
「ばかげた嘘もいい加減にしろ!」
ぴしゃりと返された土方の一喝が、部屋に轟いた。
「う、嘘なんて言ってません!」
必死で言い返した冬乃に、だが土方はさらに色を成しただけだった。
「・・責問の準備をしろ、総司」
(せめどいって何??)
目を瞠り土方を見つめた冬乃の横、沖田が黙って立ち上がり。
(・・・まさか・・“拷問” のことじゃあないよね・・・??)
「あの・・沖田様、」
「立ちなさい、冬乃さん」
「・・・・」
冬乃は声を失い、呆然と沖田を見上げた。
「おいおい、ふたりとも本気じゃ、ねえだろな。・・・女子だぜ?」
原田がとりなすように言うのへ土方は答えずに、うろたえたまま立ち上がらない冬乃を睨みつけ。
「早く立て」
(うそでしょぉ・・・?)
「総司、蔵を使え。俺もあとから行く」
「おい、土方さん、沖田。あんたら・・」
「原田。この女を助けに入ってきたら、承知しねえからな」
(マジな・・・わけ??)
冬乃は泣きたい想いで今一度沖田を見上げた。
瞬間、
(え・・)
沖田の手が冬乃へと伸ばされて。
身を固くした一瞬、
冬乃の腕は掴まれ、軽々と引き上げられ。
「っ・・」
勢いに抗えずに。
引き上げられたと同時に、沖田の腕の中へ倒れこんだ冬乃の耳元に、だが刹那、
言葉が囁かれて。
「・・・、」
冬乃は、顔をあげた。
「ついていらっしゃい」
ごく自然に冬乃を離し、沖田は廊下へ向かい。
(沖田様)
────心配しなくていい。
確かに、
冬乃の耳にはそう囁いた彼の声が、残っていた。




