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それでも、その直観があったからこそ一方で、
ふたりが最も近づく関係にまで冬乃は“踏み切る” 変化を起こせた、
そうは言えて。
所詮、その直観など冬乃の勝手な想像でしかないかもしれないのに、
自身に踏み切らせるための都合の良い勝手な材料にしてしまった。
そうも、言えてしまうのだろうけども。
“此処の世に受け入れてはもらえないのなら”
此処の世で子を生すことも、許されないのではないか、
もしその禁忌を破って子が誕生したのならば、どうなってしまうのか。
かつてそんな不安に苛まれていた冬乃に、
あの時沖田が、人智を超えた奇跡の中で起こる事は、成るべくして成る事であり、恐れる必要は無いと。そう説いてくれたことで、
裏返せば、冬乃の力ではどうにもならないものを心配してもしなくても、成らないものは成らないのみなのだと、
冬乃に与えられた奇跡の中で許されていない事は、只許されないままなだけ、
此処の世で子を生す事など許されていないだろう冬乃が、だから万一にも授かることは、ないと。
冬乃はそうして、
直観に後押しされた、直観と同じほど強く真実味を帯びた、その解釈に、
賭けて。冬乃の内に蔓延ってきた現実への不安から、己を解放してしまったのだから。
本当のところなんて、わからないというのに。
(だけど後悔したくなかった・・・どうしても)
まだ、傍に居られるうちに、
最も傍まで、
ふたりの此の世での限界まで、近づきたかった。
一方の、一縷の望みに縋る本心では、
いっそ授かりたいと、
此処の世に留まれて、彼との子に孫に、囲まれる最期を迎えたいと、
そう祈ってしまうのを止められないままに。
冬乃は、はっと顔を上げていた。
向かう先の沖田は、まだ冬乃をどこか心配そうに見ていて、目が合って。
(・・・もしか・・して・・)
冬乃が、いつだって最も求めているものは、
沖田の生きている間だけの、『今』に在る。
けれど、
二人の関係のはじまりよりも前から、そして今もこの先も、沖田が冬乃を想い、気にかけてくれているものは、
自身の亡き後、冬乃の生きてゆく先の『未来』に在るのではないか。
それなら。
この世情となって、冬乃に元の世へ帰るよう望む沖田が、
伴いだす現実的な問題の垣根を、超えようとするはずがない。もう彼は自身へ、
冬乃と此処の世に子を生す可能性のある一切を禁じる、という事に。
気づいてしまえば、
あまりにも当然に彼ならば導き出すその選択に、
むしろどうして今まで思い至らなかったのかと。冬乃は、
次には、己に呆れ果てて。
沖田の目の前で冬乃はそのまま泣き出しそうになって、
今度こそ慌てて顔ごと背けた。
(・・ごめんなさい・・総司さん)
貴方を苦しませたくないのに
なのにどうしていつも、冬乃の存在こそが原因で、彼に辛い思いをさせてしまうのか。
二人が近づけない苦しさは、決して、冬乃だけのものではないはず。
(ごめん・・なさい・・・)
ただ、きっとそれでも。
もし今を求めてやまないのは、より冬乃のほうなら、
これが、冬乃への罰なのだろうか。
此処の世に居続けると、
偽りを誓ったからこそ沖田との関係が始まった。
そうしてずっと、
嘘を、つき通してきた事への。
「憚りへ行ってきます」
遂に頬を伝い落ちた涙に、冬乃は焦って襖側へ向かった。
「・・場所はわかるの」
「はい」
沖田からの確認に、冬乃は顔を殆ど向けられないまま会釈を返しながら、急いで襖を開けて出る。
涙を見られてしまったかもしれないけれど、何か察したのか沖田は追ってはこなかった。
冬乃は腕に抱えたままの沖田の褞袍を再び羽織り、引きずらないように裾を支えると、各々寝静まった様子で人の往来が消えた廊下をもつれる足でそっと歩み出した。




