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65.




 


 流れる景色は純白の一色。

 

 沖田の温かな胸板へと、冬乃はふかふかの褞袍に包まれる横頬を寄せながら、朝の光に煌めく一面の光景に先程から感嘆の溜息を零していた。

 

 目の前を水平に横切ってゆく粉雪の数が、徐々に増えている。

 山の中腹へ近づいているのだろう。

 

 そしてそれなら、あと少しで廃寺に着くのかもしれないが、冬乃には今どこを走っているのか皆目判らなかった。

 

 唯、馬は獣道の斜面を勢いよく駆け上り続けている事は確かで。

 

 そういえばそんな馬上なのにちっとも悪酔いしないのは、沖田の腿の上だからなのか、沖田の腕の支えが強靭だからなのか、または両方なのか。

 ひたすら心地良い揺りかごにすら感じる一定の大きな波に委ね、冬乃はうっとりと飽くことなく、雪帽子で着飾る木々たちを眺め続けている。

 

 

 そんな夢見心地な時間を経て、まもなく馬は廃寺の前で止まった。

 

 此処もまた、一面に果てしなく純白がひろがり、深く降り積もった雪には小動物の足跡以外、枯れ葉すら見当たらない。

 

 目的の桜の木も今はとうに葉を落として、静かな佇まいで廃寺を見下ろしていた。

 

 

 冬乃は襟内から、埋める物たちを包んである小さな風呂敷包みを取り出した。

 

 「坊さんはさすがに来てないか・・」

 

 まあ、この雪だしな、と残念そうに沖田が横で呟き、冬乃はそういえばと顔を上げる。

 聞きたい事があると言っていたけれど、何だろう。

 

 「もしかしたら」

 冬乃の問いたげな気配へ、沖田が答えてくれる様子で視線を向けてきた。

 

 「冬乃が元の世に帰れる方法をあの坊さんなら何か思いついたりしないかと、ね・・」

 

 (・・え?)

 

 どうして

 

 余計に問いたげな表情へと化したであろう冬乃に、

 沖田が背から降ろしたすきを持ち替えながら、「念の為だ」とだけ微笑んで。

 

 「可能な限りの選択肢を残しておきたい。冬乃には」

 

 

 不意にびゅうと雪を巻き込んだ風が吹き抜けても、

 

 ふたりは風の存在すら気づかなかったかのように、只々互いの目を見つめた。

 

 冬乃は沖田の今の言葉の意味を探ろうとして、

 沖田は冬乃の明かさぬ未来を探ろうとして。

 

 

 「・・掘るのは、この辺でいい」

 

 ついと桜木の根元へ視線を向かわせ、すきを添えた沖田に、

 冬乃は、緩慢に頷き返した。

 

 

 (総司さん・・?)

 

 雪をあっという間に退かして下の土を掘り返し始める沖田を見つめながら冬乃は、

 戸惑ったままの心を抑えつけ、白く震えた息を圧し出す。

 

 『冬乃が元の世に帰れる方法を』

 

 沖田がどうしてそれを知りたいのかが分からず。

 以前に藤堂を呼んだ置屋での会話なら、冬乃は思い出して。元の世と行き来できるすべがあれば、それが一番良いと言ってくれた、あの時の。

 

 (その事・・なの・・?)

 

 けど何か今の沖田の言葉からは、もう少し違う意味を感じ取った感覚が残っている。それが何なのか冬乃には分からないままながら。

 

 

 

 「大きさはこのぐらいでどう」

 

 冬乃を振り返った沖田に、冬乃ははっとして手元の風呂敷包みを見遣った。

 

 「はいっ・・有難うございます」

 「じゃあこっちへ」

 

 冬乃が風呂敷包みを手渡すと、沖田はそれを今しがた堀った穴の中へ丁寧に仕舞い入れてくれた。

 

 「埋めるよ」

 改めて確認してくれる沖田に、冬乃が「お願いします」と返せば、沖田が頷いて桜木へ再び向き直り、退かしていた周囲の土を穴へ戻し始めた。

 

 (・・あ)

 風呂敷包みが、みるみるうちに土を被って見えなくなる。

 

 冬乃は咄嗟に、この根本がいつまでも掘り返されることのないようにと願いを籠めていた。

 

 

 この廃寺のある山は、

 冬乃の記憶のなかの地図感覚が間違えていなければ、平成になっても麓以外は都市開発などが一切されていない、昔のままの地帯。

 

 そうしてこの木が伐採などされないで残る可能性が高いなら、この根本もまた、そうそう掘り返される心配は無いはず。

 

 なによりそうして、いつの世までも、こんな山奥の天然の桜木ならばきっと世の移り変わりなどどこ吹く風、無事に平穏にひっそりと生き続けてくれるはずと。

 

 

 (・・って、改めてそう考えてみると・・すごい)

 

 この桜木はタイムスリップさえ要さずに。

 これから江戸の世の終焉も、明治の世も、そしていつかは平成を経て更にその先へ、

 その長い命が尽きるまでずっと時を超えてゆくのかもしれないのだ。

 

 

 (・・そして、それなら)

 

 冬乃が、元の歴史のままの未来に帰るのではなかったのなら、

 此処の世と、帰ったのちの平成の世と。両方の世で、この“同じ” 桜木と、逢えていたかもしれなかった。

 

 

 でも。

 (実際はそうじゃない・・から)

 

 流れ去った時の喪失感を冬乃がきっと分かち合える存在は、帰ったのちの世には無い。

 なにひとつ。

 

 

 

 

 「帰ろう」

 

 沖田の声に、冬乃は顔を擡げた。

 

 

 行きと同じように、まもなく馬に乗った沖田に引き上げられ。

 手綱を引く沖田の腕の中、冬乃は温かな胸へ再び片頬を凭せ掛けた。

 

 

 (さようなら)

 

 背後に遠ざかる桜の木へ心の内で別れを告げる。

 

 (埋めさせてもらった物を、よろしくお願いします)

 

 きっと冬乃が此処へ戻ってくることは無いだろう。

 沖田もまた。

 雪解けの頃にはもう、江戸で。





 

 

 

 


 


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