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60.





 近藤達と入れ替わるように先に帰屯した沖田は、

 先程捕らえたばかりの浪士達を収容している仮牢へ、まっすぐに向かった。

 

 

 「やはり死んでいただろう」

 

 入って来た沖田を見るなり、醜い笑みを再びのせて勝ち誇ったその男が、

 その顔を引き攣らせることになるは、間もなくの事だった。

 

 

 沖田が、男に伊東達の屯所を襲撃した下手人の一人残らず、その名と所在を吐かせる間に、

 

 もう殺してくれと懇願する男の悲鳴は、辺り一帯を幾度もつんざき、

 その場に居て光景に耐えきれなかった新入りの隊士などは外へ飛び出して吐いた。

 

 苛烈を極めたその拷問は。

 人体の急所も、つまりその逆の、死には至らぬ方法も、沖田は知り尽くすがゆえに。一分の無駄な時間も費やさず、非情なほど的確に、執り行われ。

 

 もういい充分だと、早く止めを刺して楽にしてやれと、

 戻ってきて駆けつけた土方にさえ、言わしめ。

 

 それでも最後まで吐かせ切った沖田から、

 そうして異例の速さで報告を受けた近藤が、

 

 「近藤さん、今すぐ仇をとりにいくよな・・!?」

 「そうだッ、このままで済むかよ!!」

 

 運び込まれた藤堂のなきがらの前で涙ながらに叫ぶ永倉と原田へ、

 

 「勿論だ」

 

 当然に、頷き。

 

 

 下手人其々の潜伏先を目指して、複数に分かち近藤達は、

 夜更けの寝静まる闇へと再び向かい出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葬儀を終えても、とめどなく溢れてくる涙を払い続けることに冬乃は疲れ、

 腫れた瞼ごと時おり手で押さえるだけに諦めて、傍らに戻ってきた沖田と帰路についた。

 

 膝にうまく力が入らず、横の沖田の支えが無ければまともに歩けるか分からないほど、冬乃の足元は幾度もふらついた。

 

 藤堂の死を知らされた夜から、暗闇にまるで心が取り残されたままで。

 

 

 この時が来ることを、長く覚悟してきたはずだった。

 それなのに、最後に奇跡なんか期待してしまったせい。

 

 そんな奇跡は起こらないのだと。

 

 再び、突きつけられ。

 

 

 藤堂にとっては望むかたちの散り方へと、せめて導けたのかもしれなくとも、

 

 そして伊東にとっては裏切者と誤解されたままの最期だけは避け得たとはいえ。

 それでも彼は、志なかばで、

 いま死を迎える事そのものを未だ望まなかったはずなのに。

 

 伊東が生き抜けば、或いはこの先の流れが変わる可能性を、

 “歴史” は許さなかった。

 

 

 (それが、答えなら・・)

 

 この先に新選組が生き抜くことも、

 沖田の命の刻限を変えることも。全て、叶うはずがないのだろう。

 

 

 (・・・わかっていたはずなのに)

 

 歴史の大流は、今やひとつの時代の“暴力的な” 終焉をめざし、既に力強く突き進んでしまっている。

 

 時代――体制の側として、最も前線でその濁流に対峙してきた新選組が、

 迎いゆくその死は、

 

 謂わば『武士の世の終焉』を象徴する、必然の終止符。

 

 避けられるはずもない事だと。

 

 

 

 それでも、

 

 抗いたかった。

 

 

 

 (・・だけど、もう)

 

 

 

 

 

 

 「冬乃・・大丈夫か」

 

 沖田の心配そうな眼ざしを冬乃は、重い瞼を懸命に擡げて見上げ、小さく頷いてみせた。

 

 (総司さんこそ・・)

 もっと辛いのはきっと、親友を喪った彼のほうなのに。

 

 それなのに、知らせを聞き全身の力が抜け落ちるように泣き崩れてしまった冬乃を、あの時も沖田は只ずっと抱き締めてくれていた。

 

 

 さきほど部屋の前まで送ってくれた沖田が、涙の止まらない冬乃を心配し、せめて部屋が温まるまでと上がってきてくれて。

 火を熾し、あれからとうに部屋なら温まったのに、沖田の腕の包みが緩まることはなく。

 

 

 彼のほうが辛いはず。その想いから辿って冬乃はやがて、

 もしも沖田があの夜に採り得たかもしれないあらゆる回避を考えて自責してしまっていたらと、思い至っていた。

 

 「総司、さん」

 伝えなくては。そう思えば再びこみ上げてきた嗚咽で、冬乃は一瞬咳き込んでしまってから、懸命に顔を上げて。

 どんなに抗って変えようとしても、

 これまでも安藤や山南、千代の、その死期を変えることは叶わなかった事を、そして冬乃は泣きながら打ち明けた。


 これだけ大きな変更を歴史に及ぼしてさえ、今回藤堂達の命日を僅かにずらす事すら叶わなかった以上、

 

 あの僧が示唆したように、

 きっとどんな事をしてみてもこれまでと同様、否これまで以上に、彼らの死は避けようが無かったのだと。

 

 それを伝えようとして。

 

 自身にさえ、言い聞かせながら。

 

 

 『本当に伊東先生は大丈夫なんだよね?』

 

 最後に会ったあの日の、藤堂の声が今も耳に残っている。

 

 このさき討幕派が伊東を襲う事はないのかと、彼が聞いてきた時の、

 

 『私の知るかぎり、これから先の歴史でそのような事はありません』

 

 その自分の答えも。

 冬乃は後悔に心が圧し潰されながらも、

 

 一方で冬乃がどう答えていたとしても、だからきっと変わりはしなかったのだと。

 

 

 

 「唯一叶うかも、しれない事は」

 

 冬乃は幾度も込み上げてくる嗚咽を抑えることも儘ならないまま、懸命に続けた。

 

 「少しでも、その人が望む最期を迎えられるように、元の・・亡くなる原因を、変える事だけで、・・」

 

 安藤や、藤堂の時のように。

 だけどそれすら彼らの望んだ最期へと本当に導けていたかなど、冬乃には分かりようがない。

 所詮は冬乃の内の、勝手な気休めでしか無いのかもしれず。

 

 まして山南や千代のように、自ら迎えるかたちの死では死因すら変わらないまま。

 

 「皆の死期を知っていながら、・・この先もずっと、私には」

 

 歴史の流れを前に、

 

 「その死期を変えることは・・できないんです」

 

 己の無力さを幾度も思い知らされ。

 それは尚も続いてゆく。

 

 最愛の人の、最期まで。

 

 

 「・・もう耐えていけるか・・・わかりません・・・」

 

 

 

 口から零れ出た弱音に一寸のち気づいた冬乃は、はっと息を呑んだ。

 

 

 「冬乃・・」

 

 沖田の辛そうな顔が、再び見上げた瞳に映って。

 

 

 

 

 

 冬乃の苦しみを己がどうすれば和らげてやれるのか、何一つ思い浮かばずに。沖田は掛ける言葉の無いまま、見上げてきた冬乃を唯々強く抱き寄せた。

 

 

 これまで話の端々から想像はしていたが、冬乃の居た時代はやはり泰平の世なのだろう。だからこそこれ程迄に、藤堂のような闘いに身を投じる者達の死であっても懼れ、深く傷ついてしまう。

 

 この戦乱の世で、剣をもつ自他の死がいつ何時訪れても当然の事としてきた沖田ですら、いざ藤堂の死を容易に受け入れるなど出来はしない。

 ならば泰平の世こそが当然である冬乃にとっては、その苦しみは如何ばかりか。

 

 しかも彼女の物言いでは、恐らくこの先も尚、幾度も繰り返すという事なのではないか。親しい者達の死を。

 

 そして。

 

 

 「冬乃は前に、俺の望む死は何かを聞いてきたね」

 

 ―――少しでもその人が望む最期を迎えられるように

 冬乃は今そう言ったのだ。

 

 ならば、

 あの時冬乃が聞いてきた理由も、つまりは。

 

 

 びくりと睫毛を震わせた冬乃を、沖田はそっと見下ろした。

 

 「・・有難う、」

 

 冬乃の双眸が大きく見開かれ。

 

 「あれは、俺のことも“望む死” へと導く為・・だったんだね」

 

 

 答えの代わりに、その瞳には再び涙が溢れた。

 

 「冬乃」

 

 やはり己もまた、そう長い命ではないという事だ。

 

 冬乃にとってそれが受け止められぬほど近い未来で、

 冬乃が今それが為に苦しんでいるのなら、

 

 この先どうすれば冬乃は、一人になっても幸せに生きていけるだろう。

 

 

 「答えてほしい事がある・・」

 

 もし、その手がかりに何かしら成り得る可能性が、

 それを知らぬままよりも、

 あるとすれば。

 

 

 冬乃の泣きはらした紅い瞳を沖田は見据えた。

 

 冬乃にとって残酷な問いであり、聞くべき事ではなくとも。

 

 

 「俺は、いつ死ぬの」

 

 

 己は知っておくべきだと。

 

 

 

 「・・答え・・られませ・・」

 

 声を詰まらせて冬乃が逃れるように俯いた。

 

 「すまない。だが・・教えてほしい、隠さずに」

 

 

 しかもあの頃――冬乃を近藤の養女として迎えた頃からは、状況が大きく変わってしまった。

 

 時の長さにすればほんの幾年前からは。

 

 幕府を批判し反発するだけだったかつての反幕勢力は、今や明白に徳川打倒の旗を掲げ、

 

 未だ数は劣れど、執念とすら呼べるその士気は、

 第二次長州征伐後の興奮冷めやらぬ侭に、薩摩が事実上加わった事で俄かに実現可能性を得てかつてないほど高まっている。

 

 もしも、

 この『気運』の勢いの侭いずれ討幕側の優勢にでもなり、

 敗れた旧幕府側の者達がこの先虐げられるような未来が来てしまうのなら、

 

 そして、それまでに己が死すのならば。

 

 遺される冬乃にとっての最善の道は、あの頃とは違ってくるだろう。

 

 

 

 冬乃が、頑なに答えるを拒むように俯かせた顔を上げず、

 沖田は零してしまった溜息の傍ら、柔く冬乃の頭を撫でた。

 「答えてくれる日が来るまで、・・もう少し待つよ」

 

 「代わりに、今これだけは聞きたい」

 

 戸惑うように身じろいだ冬乃の体をそっと離す。

 

 「先生の死期は、いつなのかを」

 

 

 驚いた双眸が、弾けるように沖田を見上げてきた。







 



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