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45.




 (あ、そうだ!)

 

 唐突に。以前沖田へ聞こうと思っていた事を冬乃は思い出して、がばっと顔を上げた。

 

 急激な冬乃の動きに、沖田が笑って「どうしたの」と聞いてくれるのへ冬乃は恥ずかしくなりつつ、

 「総司さんも引っ越しの時、動物たちを捕獲して回られたのですか?」

 と尋ねてみる。

 

 「なに突然」

 更に笑いだす沖田の横から「それなら私も大いに走ったよ」となんと近藤が愉しげに会話に参加してきた。

 

 (って)

 「え?!・・近藤様まで、なさったのですか・・?」

 

 近藤は。最早、押しも押されもせぬ直参旗本である。

 そして、将軍御目見えの身分となったのは近藤だけとはいえ、新選組全員が幕臣の身分に取り立てられたのであり。

 

 (・・・。)

 

 それが正式に通達されたのは引っ越しの後だったはずとはいえ、すでに内示は出ていたわけで、

 そんな彼ら『最早まごうことなき武士』が屯所じゅうを走り回って大騒ぎしていただけでも色々あれなのに、

 仮にも直参旗本となる局長までが、ニワトリや豚たちを追っかけまわしていたとは、これ如何に。

 

 呆然と見つめてしまった冬乃の前では、そうと知らぬ近藤がその四角い顔でにこにこ微笑み、

 「しかし総司と捕獲数を競っていたのだが、段々わけがわからなくなった」

 などとぼやいている。

 

 「そりゃあ先生、」

 沖田が肩を竦めた。

 「数えるのはそっちのけで捕獲に熱中なさってたら、わけもわからなくなって当然です」

 

 「まったくだな」

 近藤が照れ笑いで返した。

 

 (・・近藤様ったら)

 見ていた冬乃までつられて破顔しながら。

 

 近藤の、公の場ではさすがに賜った身分に相応しい言動を敢えて行うようにも心掛けているだろうが、その心根ならば何も変わっておらず、

 高い身分を得たからといって急に周囲に偉ぶったりするわけでもない、

 そんな人となりに、改めて思い至って。

 

 (あ・・)

 以前、冬乃が近藤の養女となったことを知らされた時、手をついた冬乃たちへ、

 自分は殿様じゃないんだ、平伏されるのは慣れてないと、あのとき彼は不器用そうに「頭を上げてくれ」と言ってくれた。そんな光景までも、想い出し。

 

 その『殿様』に、今や本当に成った近藤だけども、

 きっと同じ場面でなら変わらず「慣れてないからやめてくれ」などと同じ事を言うのだろうことも、容易に想像できてしまい。

 

 

 「さて、そろそろ行くかな」

 

 近藤がにこやかに継いで、手にさげていた大刀を腰へ差した。

 すでに支度の出来ている沖田が、歩み出す近藤に続く。

 

 「お気をつけて、いってらっしゃいませ」

 二人の背へ冬乃は慌てて声を追わせた。

 

 今日もこれから近藤は要人たちを訪問して回り、沖田はそんな近藤の護衛としてついてゆく。

 

 「有難う、いってきます」

 振り返って近藤たちが手を上げてくれた。

 

 二人の向かう先では、近藤の乗ってゆく立派な馬が、引いてきた隊士の横で嘶いている。

 『殿様』として、

 町へ出るとき近藤は敢えて馬に乗り、沖田と数人の隊士たちが傍を付き従う容をとるのである。

 

 

 尤も大政奉還によって、その幕臣の身分も在って無いようなものへと移ろってしまった。

 

 それでも、

 否、元々身分など賜っていてもいなくとも、

 この先も近藤が『元』将軍と亡き先帝に忠誠を尽くしてゆくこともまた、変わりのない事。

 

 そして傍をゆく沖田も、また。

 昔も今もこの先も、近藤を護りゆくことに何の変わりもない。

 

 

 時代の流れは目に見えて濁流と化していても、

 未来を知っている冬乃に、沖田は藤堂の分離の、あの時きりで、今回の大政奉還を受けてももう何も聞いてはこなかった。

 

 それは俯瞰しているようでもあり、また、近藤と同じく時代がどう動こうと元々の己の成すことは一徹して変わらないが故なのだろうと。

 

 

 (総司さん・・)

 

 冬乃は遠ざかる沖田たちの背を見つめながら、

 胸奥を締めつけた切なさに。小さく震える息を吐いた。

 

 

 







 今、冬乃は屋根の上に居る。

 

 この広大な屋敷のどこかでブヒブヒ活動しているはずの豚たちを探すため。なわけではさすがに無く、

 

 この時期の強風で飛ばされた洗濯物が、見事に瓦に引っかかったせいである。

 

 

 もしかしてあるのではないかと物置用の簡易蔵に探しに行ったら案の定、普通の家より半階ほど高い此処の屋根までも十分に届く梯子を見つけた冬乃は、

 自慢の力で担いで運び出してきて、難なく屋根まで上がり、無事に洗濯物を回収した。

 

 

 そんなわけで。

 ニワカくのいち冬乃が、そのまま暫し屋根からの景色を堪能すべく、洗濯物を手にしたままその場で座って見下ろしてみれば、

 想像通りの広大な屯所風景が眼下に広がっていた。

 

 

 (・・・あ)

 

 ついに豚発見。

 

 

 (あんなとこに居たんじゃ、会えないわけだよね)

 

 冬乃が行くことはまず無い、隊士部屋側の裏庭の向こう、幹部部屋側と同様に屯所を囲う塀まで延々と続く低木の区域が、彼らの活動場所だったようだ。

 

 低木の緑や茶色に交じって、ピンク色が見え隠れしている。


 

 その手前で裏庭に出ていた隊士達が数名、ちょうど井戸で体を洗おうと服を脱ぎ始めるのが次には目に映って冬乃は、慌てて背を向けて座り直した。途端、

 

 (わぁ・・!)

 

 冬支度に入った錦色の京の市中が、冬乃の瞳を見開かせた。

 

 中でも真っ先に錦を披露したのは、こうして見ると改めて驚くほど雄大な西本願寺の境内で。

 

 少し奥を横方向へと続く町並みは、島原の一帯だろう。

 さらにその向こうには色とりどりの山々を背に、壬生の畑や野原が果てしなくひろがり、各所に点在する家や寺が見える。

 

 八木邸や前川邸はあの辺りだろうかと、

 そして、千代の家があった辺りも。冬乃は目頭が熱くなりながら見つめて。

 

 

 つと視線を右へと流せば、

 先日の大政奉還の為された舞台、二条城の一帯が、遠く幽かに存在を醸していた。

 

 さらなる遠く、北野の一帯も、此処からではもはや見えないけれどきっと奥の山の裾野に広がっていることだろう。

 

 

 もうあと少しで離れてしまうこの京の地を、

 見納めるように。冬乃はそれから膝を抱えて、暫く眺め続けた。

 

 

 (また上ろう・・)

 

 これ以上はさぼってもいられまい。体がだいぶ冷えた頃、冬乃は顔を上げた。

 結局見納めたりない想いは次回があるを期待して持ち越す。

 

 そろそろ近藤たちが外出から帰ってくる頃だ。

 冬乃は洗濯物を首にかけると梯子を下りて、再び蔵へ戻すべく担ぎ上げた。







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