29.
「何を黙っている」
考える時間を稼ぐつもりで茶を啜った冬乃に、土方が苛立った声をかけてきた。
「・・・」
冬乃は、なお答えることができずに、目を逸らした。
八・一八政変
この時期の、朝廷内の政権を牛耳っていた長州を追い払うべく、会津と薩摩が密かに進めた計画の実行日。
密かに、だ。
今も密かに進められ、明日の実行にむけて最終段階に入っているであろうその計画を、会津と薩摩に関係の無い冬乃が知っていて良いはずがないのでは・・。
(待った)
つと、冬乃は思考を返した。
(べつに、知っていて良いんだっけ)
未来から来たのだから、そういえば知っていて当たり前である。
(そうじゃなくて・・、問題は・・・)
歴史の流れを壊すかもしれない危険性。
・・冬乃が。
今、ここで明日成る政変を告げたが為に、起こりうることは何か。
(例えば・・もしも、)
この夕餉の場に、長州の手の者が居るとしたら。
そしてその者が、冬乃の告げた事を半信半疑であれ、親元の長州に報告に行ったとして。
その報告を受けた長州が、念を入れて確認に動き。
結果、長州が、会津薩摩の計画を暴きだすことがあったならば。
(歴史が、変わってしまう、)
それだけの危険性を。
冬乃は抱えているのではないか。




