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20.



 ついに旅行最後の日となった昼下がり。

 

 

 「こんなに長いんだぁ・・・」

 

 おもわず呟いた冬乃の手には、いま、

 沖田の下帯がある。

 

 念願の。

 

 

 「やっぱり洗わなくていいよ」

 

 縁側に立ち、庭先にしゃがむ冬乃を見守る沖田が、そう声をかけてくるも、

 冬乃は、ふるふると首を振ってみせた。

 「洗わせてください」

 

 「だが、明日には帰るんだし」

 「私の肌着を洗うついでですから」

 無理やりな理由で取り繕い、冬乃は再び手の内の洗濯物を見つめる。

 

 (総司さんの・・)

 

 下帯を。手にして喜ぶとは、もう自分は変態なんじゃないかと冬乃は胸中、認めそうになり、

 いや、あっさり認めて、いざ洗濯を開始する。

 

 

 沖田が諦めたのかそれ以上は言わず、自分も庭へ降りてくると、

 冬乃から離れた所で真剣を抜くなり素振りを始め。

 

 冬乃は、すっかり武家の旦那様と奥様つまり御新造様、の昼下がりのワンシーン状態に、頬肉をゆるゆると緩めた。

 

 ちなみに沖田の“稼ぎ” からいえば、結構に裕福な武家である。

 そんな武家の御夫人が庭先にしゃがんで下帯の洗濯をしている構図が変であることを、もちろん冬乃は失念しているが。

 

 

 (・・でもこんな幸せなのに、明日には帰るなんて)

 

 それを思うと早くも憂鬱にまで陥る冬乃は、いまも慌てて目の前の下帯に意識を戻した。

 

 のも束の間、冬乃は今の瞬間の幸せを噛みしめるほど、明日には帰らなくてはならない現実に引き戻され。

 遂には手を止めて、ぼんやりと沖田の背を見つめた。

 

 帰ればまた、沖田には忙しい日々が待っている。冬乃にとって、この旅行中のように四六時中片時も離れず傍に居られることなど叶わない日々が。

 

 

 (・・・だから、この贅沢者。)

 

 冬乃は、かつての自分の立場になって今の自分を叱った。尤もこんな自責はとうに何万回と繰り返していて。

 

 

 

 憂鬱を振り払うべく、ひとつ冬乃は大きく息を吐き出した。次に大きく吸って、

 気持ちの良い山間の風がはこんできた空気を胸いっぱいに呑み込んだ。

 

 煌めく陽光を見上げれば、空高くに弧をえがく鳥の王者たちが目に映り。気高い鳴き声を落とし悠然と舞う姿を冬乃は目で追う。

 

 (総司さん)

 

 地上の鷲を。

 

 そしてまもなく、目で追っていた。

 

 

 その鍛え抜かれた肉体と精神を、

 

 この世でそれらを纏う、

 清い魂を。

 

 

 尤も彼に操られるその刀ならば、冬乃の目にはとても追えない速さで、幾度も陽光を反射させ、神々しい光の残像だけを冬乃に見せる。

 

 冬乃は、そのうち夢でもみているような心地になって、幾重もの光に包まれる沖田の背をぼうっと眺めていた。

 

 

 


 

 


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