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165.




 仕立て上がったら、江戸から特急の飛脚で送ってもらえるそうで。

 なんだかんだ、届くのが楽しみになった冬乃は、応接間の外まで呼びつけた駕籠に乗り込んで旅籠へ帰ってゆく二人を沖田と共に見送りながら、

 それでも一方で未だ燻り続けている胸内に、小さく溜息をついた。

 

 忙しい沖田なのに、冬乃が採寸を受けている間そばにずっと居てくれたことも、思い返せば彼の愛情ゆえで。

 

 「冬乃、」

 今だって。こんなに優しい声で、呼んでくれるのに。

 

 「どうしたの」

 覗き込まれて冬乃は、おもわず顔を背けていた。

 

 

 「・・・」

 こんな態度をしていてはだめだと。

 

 一呼吸のち、冬乃は意を決して顔を上げた。

 

 

 「総司さんの・・に居れるのは、私だけじゃないんですか」

 

 「え?」

 だが声が途中で小さくなってしまった冬乃に、沖田が聞き返し。

 

 「何て言った」

 冬乃は、

 

 今一度、意を決し。

 

 「・・総司さんの」

 

 ぽす、

 

 と。

 彼の広い胸へと、身を預けて。

 

 「冬乃」

 落ちてきた驚いた声を、寄せた頬にも感じながら、

 

 「・・ここ、は」

 

 沖田の襟元を握り締めた。

 

 

 「私だけの場所に、・・したいんです」

 

 

 この場所を

 誰か、

 他の人にとられたくない

 

 

 顔を上げた冬乃の頬は、剥れていたに違いなく。

 

 間近に見下ろしてきた沖田の目が一瞬、見開かれた。

 

 

 「・・もしかして、怒ったの」

 

 愛しげに微笑うような、その声の次に、落ちてきたのは。額への口づけで。

 

 冬乃はなんだか、懐柔されているような気分になって。

 「・・べつに怒ってません」

 

 「嘘。怒ってたよね・・」

 「怒ってません」

 「本当に」

 「怒ってません」

 

 むきになっていた。


 「そんな拗ねた顔して?」

 「拗ねてません」


 あげく何故か嬉しそうな沖田に、冬乃はよけいに剥れる。

 おかげでもう、見るからに、

 「・・拗ねてる」

 が。

 「拗ねてません」

 

 

 「抱き合ったままで、なんの言い合いしてんだよ」

 

 「・・。」

 

 背後からの、呆れかえった土方の声に。冬乃は黙った。

 いつのまに来たのか。

 

 「例の女は帰ったのか?・・・て、おまえら早く離れろよ」

 

 沖田の腕のなかに留まっている冬乃は、今ばかりはどうしても離れたくなかった。たとえ土方がいても、こんな青空の下でも。

 

 ぎゅっと目のまえの襟をいっそう握りしめて、再び顔をうずめた冬乃に、

 沖田が心得たとばかりに、冬乃の背に回した腕を強めてくれる。

 

 「・・・オイ」

 

 完全に無視された土方が、不穏な声を発した。

 

 「いま取り込み中です。御用は後でお伺いしますので」

 沖田の恒例の飄々とした返しを聞きながら、

 

 「冬乃、」

 「オイコラ」

 土方の恒例の怒り声を背後に聞きながら。

 

 冬乃を抱きしめる腕を少し緩めて覗き込んできた沖田へと、ふたたび顔を上げた冬乃へ。

 

 「ごめんね、悪かった。俺の“ここ” には貴女だけだ」

 

 ――総司さんのここに居れるのは、私だけじゃないんですか

 先の問いかけへの答えが、返ってきて。

 

 

 「私は・・総司さんをひとりじめしてもいいのですか」

 「あたりまえ」

 「じゃあ、ひとりじめできなかったときは、怒ってもいいのですか」

 「当然」

 

 「・・これからは、」

 

 冬乃は、感涙で滲んだ瞳に。己を只々愛しそうに見つめてくれる沖田を映した。

 

 「ここ、に居ていいのは。私だけにしてくださいますか」

 

 「約束する」

 

 今度は唇へ落ちてきた、その誓いのことばに。冬乃は深い安堵に包まれ。この、自分だけに許された居場所で、そっと目を瞑った。

 

 

 冬乃が、

 沖田の女であるように。

 

 彼は。

 

 

 (私の・・・・)

 

 

 

 幸福感のなか、冬乃はやがて離された唇を追うように、うっとりと瞼を擡げた。

 

 

 

 

 「・・・てめえら、いいかげんにしやがれ」

 

 土方の呻き声がした。

   





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