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121.



 それを先に予感したのは、沖田のほうだった。

 

 「・・・・本当に?」

 

 沖田が確認してくるのを聞き終わる頃には。

 そして、

 冬乃は、長い正座後の時のような、あの恐ろしき兆しを太腿につと覚え。

 

 (まさか?)

 自分で思っている以上に、痺れていたりするのではと。

 おもわず不用意に触れてみて。

 

 「ひゃあンッ」

 触れたことを後悔しながら冬乃は悲鳴をあげた。


 「っ・・」

 続く、急速に麻痺感から戻ってくる感覚の襲来に、

 その耐え難さに、もはや微動だにできず。

 再び叫びそうになるのを必死に堪えて冬乃は、しかめた顔をせめて沖田から背けた。

 

 

 

 

 

 「んん…っ…ッ」

 

 沖田の目の前で、冬乃が顔を背けながら、

 

 その横顔で狭めた眉間に力をこめて、目をきつく閉じ、そうして懸命に耐え、

 時おり声に漏れてしまうままに悶えている姿は。

 

 

 「…ぅ…んっ……」

 

 

 辛そうな冬乃には悪いが。

 なまめかし・・過ぎた。

 

 

 (本当に毒だなこれは・・・)


 元々、己の為の膝枕による事態であり。申し訳なさまで付いて、こちらも別の意味で二重に辛い。

 

 冬乃のこんな太腿の痺れには、さすがに沖田は何がしてやれるわけもなく、

 唯々、可哀そうな彼女の体内の嵐が去るのを待ち。

 


 「は…ぅん……っ…!」

 

 (がんばれ)

 

 

 「…ふ……あぅ」

 

 くたり、と冬乃が片肘をついた。

 ついに力尽きたようだ。

 

 今ので山は越したのだろうが、未だ余韻は続いているのか、きつく瞑られた目は開かれない。

 

 

 今や背から倒れそうになっている冬乃を、沖田はその背後へ廻り、

 いつかの時のように己の胸へと凭せ掛け、抱き包めて支えた。

 

 「こんなになるまで我慢させてごめん」

 抱き締めながら沖田は謝る。

 

 考えてみれば冬乃が、沖田の言うことを聞いて、痺れそうだからとすぐ起こしてくるはずも無かったのだ。自然に起きるまで沖田を休ませようとするに決まっていた。

 

 

 「我慢…なん、て…、…してな…」

 

 余韻に息を切らしながら冬乃が、慌てたように首をふる。

 「私が膝枕ずっと…してたか…っただけ…です」

 

 そんなふうに。訂正しようと。

 

 

 (・・冬乃)

 

 

 愛しい

 

 溢れくる想いのまま沖田は、もはや言葉の代わりに冬乃をきつく抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 沖田に背から抱き締められた冬乃は、

 治った脚の痺れへの安堵どころではない、沖田に身を包まれるたびにもう何度も満ち溢れてきた深い安息感で、結局は再びくたりと脱力した。


 「膝枕、気持ちよかった」

 今度は俺が寝てしまうことがない時に頼もうかな

 痺れがやっと治った冬乃の様子を見て沖田が、そう言い添えると、冬乃を抱く腕の力を強め。

 

 同時に永倉達が廊下を帰ってくる音が、再び響いた。

 沖田が、つと冬乃の体を解放し。

 

 「俺たちも夕餉に行こう」

 

 冬乃は小さく息を吐き、沖田に肩を支えられながら身を起こした。



 あともう少しだけ ふたりでいたい

 

 その言葉を呑み込んで、冬乃は。

 立ち上がる沖田に、手を引かれてその腕の中へ雪崩れ込む。

 

 

 沖田が立ったまま今一度冬乃をきつく抱いた。

 

 そして名残惜しそうに、それでいて穏やかに見下ろしてくる沖田に、冬乃は、やはり離れたくない想いに煽られ。

 

 こんなに満たされているのに、満たされていない。そのどうしようもなさに泣きたくなった。

 

 (だってまた)

 夕餉を終えて帰ったら。逢えない時が続くのだとおもうと。

 

 

 今でも痛みごと思い起こす、沖田に出逢う前の、

 魂の欠乏感、寂しさに苛まれたあの頃と、

 

 三年後にむかえる日に、比べたら。

 

 あまりに贅沢なことだと。

 

 (分かってる・・のに)

 

 

 ずっと傍に居たい、片時も離れたくない、

 この想いをつきつめたら、

 どこに辿りつくのだろう。

 

 体があるかぎり、生きているかぎり、いつも傍にいて離れないことなど不可能で、

 だけど体がなければ、あの頃のようにもっと叶わないのだとしたら。

 

 

 (こんなに幸せになってさえ、)

 

 さらに求めて。

 

 どこまでも満たされないでいるのは。

 

 

 (罰が当たりそう・・)

 

 なさけなくなって冬乃は、沖田の澄んだ双眸から逃れるように、彼の胸へ顔をうずめた。

 

 「一緒に住める日が来るのが、楽しみだね」

 耳元で聞こえた言葉に、だが冬乃は驚いて再び沖田を見上げた、

 

 まるで、いつも傍に居たい冬乃の想いを分かち合うかの、その台詞に。

 

 

 「一緒に住みたいと・・思ってもらえるのですか」

 

 「あたりまえだろ」

 何を聞くのかと云わんばかりの、少し呆れたような声が返り。

 

 (あ・・)

 彼にとってはきっと、近藤の護衛が一番の目的であっても、冬乃と一緒に住むことも目的の内に入れてくれているのだと。

 冬乃は、胸内に溢れる歓喜と安堵に息をついて。おもわず再び、目の前の硬く温かな胸へと頬を寄せた。


 応えるように冬乃の背がきつく抱き寄せられる。と同時に、頬に直に沖田の溜息まじりの声が届いた。

 「夕餉が下げられる前に、そろそろ行くしかないか」

 

 

 

 

 

 

 沖田が切り出さなければ、想い返せばいつだって冬乃は、もっとこのままでいたいとばかり心内にねだって、夕餉を幾たび逃していたかわからない。

 

 それでも沖田はいつも名残惜しそうにしてくれていたではないか。ずっと離れたくない冬乃と、沖田も少しでも同じ想いでいてくれるのだと、

 

 そうおもえば冬乃は、この後のまた暫くまともに逢えない日々への覚悟が、やっと持てそうな気がしてきた。

 

 

 (だけど)

 あと少しの時間だけでも共有していたい。貪欲なまでに。

 椀を置いて冬乃は、そしてつい今も、隣の沖田を見上げてしまう。

 

 沖田のほうもまた、いちいち冬乃の視線に応えてくれて、そうして二人は何度も何度も見つめ合っていて。

 

 

 「くわー!!」

 

 その光景に。ついに向かいに坐す原田が叫んだ。

 

 「おまえらっ見せつけるのも大概にしろ、おまさーー!!」

 

 なんだか出し抜けに原田の愛妻の名が聞こえたが、

 永倉も藤堂もすでに幹部棟へ帰っているので、つっこむ人は居ない。

 

 「くそー、俺だって早くおまさに逢いてーよーー!!」

 「うるせえ原田ッ」

 

 いや、まだ土方が居た。

 

 「てめえらも、食事はメシを見て食え!」

 土方の矛先はそして当然、冬乃達へ向いて。

 

 「カリカリしてるなあ」

 沖田が揶揄うのへ、土方の隣でやりとりを愉しんでいる近藤が、ずずっと茶を啜って、

 「若い二人なんだ、熱々なくらいで良いじゃないか」

 などと老熟したことを言ってみせる。

 

 「良かねえよ」

 やはり風紀の鬼、土方が吐き捨てた。

 

 「こいつら見てると隊士達が“食傷”おこすんだよ、」

 見ろ、奴らのあの具合悪そうな顔を。

 と土方の投げた視線の先には、確かに体調不良の隊士達。

 

 「いや、あれはべつに、二人のせいでは・・」

 「いいや、こいつらもぜってえ一役かってら」

 (そんなばかな)

 

 ついに冬乃まで内心つっこんだ時、横で沖田がにやりと哂った。

 

 「食傷おこしてるのは土方さんでしょう。何ならまた御供いたしましょうか、」

 

 上七軒あたりにでも。とは声には出さず土方を見やったのへ、当然に伝わった土方は、もはや返事のかわりに沖田へ椀の蓋を投げつけた。


 蓋が向かってきてびっくりする冬乃の前で、ぱしりと沖田の片手が受け止める。

 

 「危ないなあ。冬乃に当たったらどうすんです」

 「ぬかせ。おめえが受け止められないわけねえだろ、どうせならおめえらに一つぐらい当たるまで投げてやろうか?!」

 「ははは。あいかわらず仲が良いなぁお前らは」

 近藤が笑い出した。

 いったい近藤にはどんな二人に見えているのかと周囲がおもわず首を傾げるなかで、

 「・・・これのどこが仲良いんだよ」

 土方が毒気を抜かれたらしく溜息をつく。

 

 どうやら土方と沖田の戯れ(と冬乃にもみえる)に近藤のさりげない仲裁の流れは、恒例なのだろう。

 

 「おまさーー!!」

 まだ叫んでいる原田のほうはもう無視した土方は、忌々しそうに立ち上がった。

 

 「で、休息所は決めたのか?」

 

 冬乃からすれば突然のその問いにどきりと瞬く隣で、沖田が「決めましたよ」とにこにこ答える。

 

 

 「いいか、乳繰り合う時は、休息所いけよ」

 

 

 一瞬にして、当然。広間が凍りつき。

 

 

 土方がそれを知らしめる事など予測していたかの沖田だけが、

 「はい」とやはり飄々と。答えた。

 

 

 





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