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伍、相愛

 思いっきり贅沢をしてやろうとか、頻繁に四神宮の外に出てみようかしらとか、ちら、と子華(ズーホア)の脳裏をよぎったが、そんなことをしてもむなしいだけだとわかっていた。

(可哀そうな(わたし)……)

 この世界の自分も湯を愛したに違いない。裏切られ、愛する男の手にかかり、命を燃やし尽くした。

 どうすればよかったのか。

 どうしたらこんな哀しい想いを抱えずに済んだのか。

 やりきれない思いを抱えたまま、彼女は四神宮に留まり続けた。

 王の姿を見るのは新年の祭祀ぐらいのもので、それ以外の祭祀については四神を呼ばずに行ったようだった。だからといって人のように四神が気を悪くするでもなく、彼女をただひたすらに愛した。

 やがて彼女は四神の中で一番年長だという白虎に嫁いだ。

 相手は人ではないから彼女が困ったり驚いたりすることは多々あったが、それでも四神の瞳は真摯に彼女だけを見つめていた。

 四神と彼女の時は止まったままだったが、王宮の人々はだんだん年老いていった。そして湯王が亡くなった時、彼女は静かに一筋の涙を流した。

 湯のいない王宮にいる必要はないと、彼女はそれからすぐに白虎の領地である西の地へ移り住んだ。



 湯王が崩御した後、太子は王になることなく早世した為、次子が立ったが在位二年ほどで崩御し、その弟が立ったがこれまた四年で崩じた。そこで太子の子が即位したが暗愚であった。宰相は彼を湯王の墓所に行かせた。喪に服すること三年、彼は自分の過ちを深く反省した。宰相は彼を連れて都に帰り、よき政治を行ったので諸侯はことごとく帰服したという。



 そんな世の中の流れと子華は無縁だった。

 西の地へ移っても頻繁に三神も訪れた。常に彼女は白虎の腕に包まれ、やがて子が産まれた。それもまた驚きに満ちたものだったが、同時に優しい気持ちが芽生えた。このままずっとこうして白虎と暮らしていくと思っていた中、次代の白虎が産まれた。

「子華、ありがとう。そなたにいくら感謝しても足りない。愛している」

 四神は次代が産まれると、その後五十年から百年程で身罷るのだという。事前に聞かされていたとはいえ、それはひどく彼女の心を揺さぶった。

「……ずうっと共にはいられないんですの?」

「我もできることならそなたを連れて逝きたいが、青龍たちもおるゆえな」

「そうですね……」

 せめて残りの時を大事に過ごそうと、彼女は白虎の腕の中に納まった。

 白虎は変わらず彼女を愛し、三神も西の地へ訪れる頻度は変わらなかった。

 白虎が世界に溶け込んでしまった日、彼女の時はようやく進みだした。ぽっかりと胸に大きな穴が空いたような喪失感と共に、今まで過ごしてきた白虎のいろんな表情が思い出された。白虎はあまり表情が動く方ではなかったが、常に彼女を愛しくてならないという瞳で見つめていた。

 視界が歪み、熱いものが次々と頬を伝った。


「白虎さま……白虎さま、白虎さま、白虎さまあああぁっっっ!!」


 いつのまにか彼女の心は誰かを想う気持ちを取り戻していた。

 泣き叫ぶ彼女を青龍が抱きしめた。

 誰も愛せないなんて嘘。ただ自分が、この世界にもいたはずの彼女が可哀そうでしかたなくて気付かなかっただけ。

(わたし)、妾……白虎さまにひどいことを……」

 どうしてもっと早く自覚しなかったのか。こんなにもまた、彼女も白虎を想っていたのに。

「……子華、大丈夫だ。花嫁が我らを愛してくれなければ子は決して産まれぬのだ……」

(ああ……)

 白虎は彼女の想いを知っていて。けれど自覚がないことも理解してくれていて。

 まるで海ができてしまうのではないかと思うぐらい彼女は泣いた。泣いて、泣いて、泣き疲れて青龍の腕の中に囚われた。青龍は足しげく西の地に通い、静かに彼女を支えた。何年か経ち、やっと次代の白虎の姿を見られるようになってから彼女は青龍と一緒になった。



 その頃には商は何度も遷都をくり返し、四神との繋がりは薄くなっていた。年始の祭祀に参加する必要もなくなり、彼女が青龍に嫁いでからしばらく経った、商の十九代盤庚の時代に都は殷に移った。それから最後となる紂王まで商の都はそこにあった。

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