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弐、四神的新娘

 気を失ったわけではなかった。

 なのに一瞬で景色が変わったことに、妹喜(メイシー)は目を瞬かせた。

 先ほどは確かに外にいたはずなのに、今いる場所は建物の中である。夏の王宮の部屋とは違い落ち着いた色合いでまとめられた部屋のようだった。彼女は居心地悪そうに美丈夫の腕の中で縮こまった。頭上からククッと喉を鳴らす音がしてむっとする。本当にわけがわからない。

「見つけたようだな」

「ああ、うまく見つかってよかった。いくら神殿とはいえここのところ物騒だからな」

「違いない」

 涼やかな声に答える美丈夫の低い声。そして男性ということはわかる高い声が聞こえた。

「白虎様、花嫁様が怯えていらっしゃいます。説明はまだされていませんね?」

「説明? ああそうか。界を渡ってきているのだったな」

 はーっと大仰なため息が聞こえてくる。彼女はおそるおそる顔を上げた。

 すぐ側に、いろいろな髪や目の色をした美丈夫が集っている。その数は、今彼女を抱き上げている者を含めて五人、全て男性である。比較的広く見える部屋が狭く感じられた。

 みずみずしさを思わせる緑の髪に、黒い瞳をした者。燃えるような赤い髪に黒い瞳をした者は二人いた。そして艶やかな黒髪に緑の瞳を持つ者。どの男性も美しく、人ではないもののように見えた。

 彼女はどうしたらいいのかわからず困惑し、小首を傾げた。

「おお、なんと愛らしい」

 緑の髪の男性が涼やかな声で呟く。その手は彼女に触れたさそうだった。

「青龍様、まずは状況を説明させてください。花嫁様が困っておいでです」

「それもそうだな」

 緑の髪の者は青龍、というらしかった。

 そして赤い髪をした男性が話しはじめた内容は、彼女にとって到底理解できるものではなかった。

 この大陸には四神がおり、それぞれ北を玄武(黒髪に緑の瞳を持つ者)、西を白虎(彼女を抱き上げている美丈夫)、南を朱雀(赤い髪の者)、東を青龍(緑の髪の者)が治めている。

 大陸には他に人間の国がいくつもあり、この度人心の離れた夏という国を(タン)という者が倒した。湯は新たに国を建てるにあたって四神に国の守護神となってほしいという。

 夏の国を倒した後、湯は国を商と号し、四神には都である(はく)の王宮内にある四神宮に滞在してほしいと願った。

 四神は基本領地で過ごすが、天より花嫁の降臨を伝えられた為、期間を区切って王宮内の四神宮に入ることにした。

「花嫁って……」

 先ほどからどうも自分が”花嫁”と言われている気がして、彼女は思わず呟いた。

「そなたのことだ。名はなんという?」

「あ……妹……いえ、子華(ズーホア)と申します」

 彼女は有施氏の娘ではなく、湯の遠い親戚であった。”妹喜”というのは通称であり、本名は”子華”といった。もう取り繕う必要もなくなった彼女は本名を名乗ることにした。

「あの……ところで花嫁ってなんのことですか?」

 おそるおそる尋ねると、また赤い髪の者が答えてくれた。

 曰く、こことは異なる世界から天によって選ばれた女性がこの地に降り立つ。それが四神の花嫁であるという。花嫁は四神をそれぞれ夫とし、次の四神を産む存在であり、四神は花嫁を盲目的に愛する。四神の花嫁は至高の存在であり、人の枠に収まらない。

 彼女は耳を疑った。

「……え? 花嫁って、他に三人いらっしゃるのですよね?」

「いや、花嫁はそなた一人だ」

「っえーーーーーーっっ!?」

(う、嘘でしょ? いくらなんでも一人で四人を相手とかありえない!!)

 彼女は顔色を変えた。

 赤い髪の者が再びふーっと深いため息をついた。

「……落ち着いて聞いてください。一度に四人の妻になる、ということではございません。四神は長命ですので、次代が必要な神から花嫁様の夫となります。次代が産まれてしばらくすると世代交代がおこります。そこでまた他の神に嫁いでいただくという流れになります」

 それを聞いて、彼女は身体の力を抜いた。

「あ、でも……私そんなに長生きできないと思うけど……」

「ご安心ください。花嫁様は四神と共に生きられます。もちろん容姿も変わりません」

(なにそれ?)

 一気にいろいろなことを聞かされて頭がおかしくなりそうだった。とはいえ一度は捨てた命。四神に拾われたというなら捧げてもかまわないだろうと彼女は思う。

(でも……)

 彼女はまた首を傾げた。

「ここは……亳の王宮なのですよね? 王は、子履(ズーリー)で間違いないですか?」

「はい。花嫁様は異なる世界からいらっしゃいましたが、どうやら同じように変遷している国が存在するようです。ですのでもしかしたら花嫁様の知人もこちらの世界にいらっしゃるかもしれません」

「そう……」

(こちらの世界の私はどうなったのかしら?)

 きっと殺されたのだろう、とぼんやり思う。

 夏という国が倒され、湯が国を建てた。ということは間違いなく自分も存在していたのだろう。

 彼女は面白くなってきた。

「ねぇ、この国の王に目通りすることはあるのかしら?」

「はい、花嫁様が落ち着かれましたらご案内します」

 赤い髪の者は紅浜(ホンビン)と名乗った。朱雀の眷属だという。またわからない言葉が出てきた。

「我は先代の花嫁様から産まれました。花嫁様は次代の四神の他に、四神に仕える眷属もお産みになります。ただ我ら眷属は眷属同士でも子が成せますが、四神は花嫁様としか子を成すことができません。その為四神は人に対して非常に嫉妬深いです。あまり人間の男性に近づかれませぬようお願いします」

 この国の王に会いたい、と暗に言ったことで釘を刺されたようである。別に王とどうこうなりたいなどもう彼女は考えていない。

 ただ確認したかった。この世界での王が、彼女を見てどんな反応をするのかを。

注:

新娘 花嫁のこと。

亳 商(殷)の初期の都。洛陽の東、偃師(えんし)県二里頭にあったと言われている。


設定が一気に出てきました。主人公の設定は作者独自のものです(子華、という名も含む)

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