黒髪さんと小悪魔さん
昼始まりのチャイムが鳴っている。
校内放送がお洒落な音楽を静かに流し始めた。
いなくなった隣人の席をぼんやり見ていた笠薙君の元に、衣津々ことフミ君がやってきた。
そして親友の大きな肩に手を置いて言う。
「あれは、笠薙が悪いと思うよ?なにを言ったのかは知らないけど、女の子の耳元で囁くのって……近すぎるよ。あ、ユキナも耳をはむはむすると喜ぶよ?」
そういう問題ではないし、はむはむするな。
「その情報は要らない。いや正直、おまえらの空気にあてられたというか……なんというか」
ぽりぽりと、頭をかく仕草をして、困った顔を浮かべる笠薙君。
勢いが大事です。
「笠薙は島澤さんのこと好きだったの?」
「……いいな、と思っていたことは白状しよう。お前らがいなければ多分、仲のいいクラスメイトで終わっていた気がするがね」
ふぅ、と背もたれに背を預ける。椅子が小さく見える。
「やっぱり決め手は、古風な前髪ぱっつんの黒髪ロングだから?……やだ笠薙、悪い女に騙されないでね?」
「なんでそんな恋愛の達人みないなセリフを喋れるんだよ!あと、決め手はそこじゃない……すごくいい、と思ってるのは事実だが!」
「じゃぁ、あのすらっとした脚?黒のストッキングってなんだか艶めかしいよね!それとも、意外とおっきな、あのおっぱい?制服のネクタイが乗っているって感じですごいよね、あれ。重くないのかな?」
本人がいないところで古風美少女の寸評がなされている。いいぞ。
「おまえ、そんなキャラだったか?」
「うーん……ユキナとらぶらぶになれてから、なんていうか、その辺のことあまり気にならなくなってさ。えへへ……ちなみにユキナの脚も白くて綺麗だよ!太股とかとっても色っぽい!おっぱいは、島澤さんほどおっきくないけど、なんだか可愛くて魅力的だね!」
「もういいよ……これが彼女持ちの余裕か……」
フミ君にあけすけに語られて、若干、辟易し始める笠薙君。
「でもどうするの?なんだか体調が悪いって言って、保健室に行ったままだけど……笠薙がついてかなくていいの?」
「いや、行こうとしたんだが……島澤に断られた……ああ、断られたんだ」
さもありなん。でもそれフラグだと思う。
「元気出してよ。ユキナがついていってくれてるから、悪いようにはならないよ!」
「ああ、お前らの勢いが欲しいところだ」
顔を上に向けて、脱力したような声で漏らした。
「好きなの?島澤さんのこと」
「好きだ」
「断言できるなら大丈夫だと思うよ」
そうだよね!
微かにフローラルな香りが漂う白の保健室。
そこには、体調が優れないから、と熊さんから逃げてきた、前髪ぱっつん黒髪ロング美少女が、ツーサイドアップ元気っ娘に付き添われてきていた。
「ゆーこちゃん大丈夫?熱があるのかな、すっごく顔が赤いし……風邪ひいた?」
小悪魔のように尋ねる川瀬皆八木さん。長いなユキナでいいや。
あと小悪魔っぽい。
にやってしてる、にやって。
「い、いえ、そうじゃないの……ありがとう川瀬皆八木さん」
それに気づく余裕もない純情少女は、そっと丸椅子に腰かけた。
姿勢がよく、肩に艶やかな黒髪がかかるのも素敵である。
「ゆーこちゃんって、どう思ってるの?」
古風美少女の前に回り込んで、ユキナは問いかける。
「!わわわ、私はべべ、別に笠薙君のことなんてど、どうも思ってないわ!わ!」
動揺する少女。
追い詰める少女。
「笠薙君のことって、言ってないよー」
古典的なひっかけは、小悪魔の嗜みである。
「!」
「笠薙君ってさ、男らしくて格好いいよね?体は大きいし、骨太?運動も得意だし、勉強も結構できるんでしょ?それでいて、度胸もあるし!さすが、フミ君のお友達なだけあるよね!あ、あたしはフミ君一筋だから、大丈夫だよ?」
友達の恋人はとらないアピールも嗜みだ。
「だ、だから彼のことなんて、なんでもないって」
かわいらしく戸惑って、そっぽを向く島澤さん。ピュアだなぁ。
「ね、何囁かれたの?正直、笠薙くんのあの低くて格好いい声で囁かれたら、ちょっときゅんときちゃうよね!あ、あたしはフミ君のかわいい声が好きだから大丈夫よ?」
そっか。フミ君の声は可愛いのか。
「た、大したことじゃないわ」
「俺の嫁になってくれ」
「!!!」
聞こえていたようだ。さすが小悪魔。小さくても地獄耳である。
「いきなりプロポーズだなんて、あたしたちより進んでたのね、ゆーこちゃんたち。ちょっと悔しいかも」
「な、なにをいいだすのよ!」
「ゆーこちゃん、顔まっかでかわいいー!」
うりうりー、とゆーこちゃんに抱き着いて、その胸を顔でぐりぐりする。
揺れてる。
「……本気なのかどうかわからないわ」
セクシャルな行動には気を遣らず、うつむきがちな声が発せられる。
「ゆーこちゃんは、笠薙くんのこと好きなの?」
小悪魔ユキナは美少女の胸に顔を押し付けるのをやめて、真面目な顔で島澤さんに問いかける。
「……それも、よくわからないわ」
島澤さんは、戸惑っている。
「んー……お隣同士で、いつも何話してるの?」
さりげなく、会話を誘導してあげる小悪魔ユキナ。
「何って、朝の挨拶して、昨日何してたの?とか……どういう本を読んだ、とか、あそこ行ってみたいとか、そういう話よ?」
「二人でおでかけしたことは?」
「あるわけないわ……お付き合いをしているわけでもないのに」
「ゆーこちゃん、古風なんだねー。……ね、嫌いなわけじゃないんでしょ?」
立ち上がって、尋ねるユキナさん。
「そうだったら、会話なんて続かないわ……きっと」
もじもじと手を組んで、白くて綺麗な指を使い指遊びをしだす古風美少女。
「笠薙君は、何が好きなの?」
「出汁が効いたお味噌汁と、麦ごはん。あと塩サバと豚の生姜焼き」
即答する島澤さん。作ってあげるの?
「好きな色は?」
「青と黒」
「好きな動物は?」
「犬。しかも柴犬」
熊じゃないのか。
「朝、何時に起きてるって?」
「五時。なんでもそれから走ったり、稽古をしたりしてるんですって。あ、だからあんなにがっしりしてるのかしら?」
リサーチは、ばっちりである。
「ねぇ。ゆーこちゃん」
「なあに?」
小悪魔少女は、前髪ぱっつん黒髪ロング古風美少女に抱き着いた。
「あなた、かわいいわ!ね、ね……いつ好きになったの、何があったの?」
「な、なにを言ってるのよ!そんなこと、そんな……こと、ないわよ」
ある。きっとある。
「ゆーこちゃん、笠薙君のこと好きになってるよ?」
顔を真っ赤にしてうつむき、か細い声が聞こえた。
「……たの」
「?」
「一緒に本を片付けてくれたの……。私、図書委員だから、その……十月に」
ひそりと、独白するように呟く少女。
「ああ、読書大会の後の大片付けの時……あれ、でも他の図書委員は?」
「みんな、デートがあるからって」
いいなぁ、デート。
「うちの学校って、カップル多いもんねー。十月だと一人でいるのは寂しいし。でも委員会の仕事をゆーこちゃん一人に押し付けるなんてひどい!」
少しぷんぷんする川瀬皆八木さん。
「い、いいえ、違うのよ!その……みんな恋人さんが迎えに来て、一緒に手伝ってくれるって言ってくれたのだけれど、悪い気がして……。私がやるからいい、って言ってしまって」
ええ子や……。
「ゆーこちゃん、お人よし?」
「だって、みんなあんなに幸せそうなのよ?それに……そのときは、あまり返却図書はなかったのよ」
「じゃぁどうして、ってああ……例の三組の?」
「ええ……三組の子たちが、そのあとに大量に返しに来て。そうしたら、たまたま、本を返しに来た笠薙君が手伝ってくれたの」
「ふーん……?」
狙ってたのかな?タイミングを。
「それだけじゃないのよ?先生にプリントを持っていくように言われたときも、一緒に手伝ってくれたの」
「ああ、歴史のみっちー先生かぁ……あのときすごかったね。笠薙君が折り畳みコンテナ四つを両肩に抱えてきたときは、何事かと思ったよ。すごいよね……うちの男子であんなことできる人いないよ?」
というか、プリント多すぎ。
「そうよね。ちょっと私、泣きそうになってたから。道羽田先生、あんなに大量に印刷しなくても……」
「まさか、歴史をなぞるために、教科書を作ってみよう!とかいって、ばらばらになった教科書をパズルみたいにさせられのは悲惨だったね……。あ、私、平安時代頑張ったよ!それにしても笠薙君、力持ちよね?」
「ええ。すごかったわ」
少し微笑みながら答える島澤さん。かわいい。
「ゆーこちゃんは、笠薙君の筋肉が好きなの?」
衝撃的な質問である。
「筋肉ってそんな……。背中が大きくて、広くて、なんかいいな、とは思うけれど」
男の広い背中は憧れ。
「お、お?ようやく正直になってきたねー……ゆーこちゃんかわいい!でも、わかるー。あの背中あったかそうだし、飛びつきたくなるよね!あ、フミくんも、見た目より背中広いんだ。ぎゅーってすると安心する」
フミくんも男の子だ、背中は広い。
「ぎゅー、って?す、すごいわね……あなたたち。もう、そんなこと……でも笠薙君の場合、抱き着いても、きっと手が回しきれないと思うの」
そんなに大きいのか。
「身長が180㎝超えてるんだっけ?それでいて肩幅も背中も広いし、胴回りもありそう。まぁ、ゆーこちゃんの場合、その立派なお胸がさらに手を回すことを難しくしそうね……どれどれ?」
「な、なにするの!ちょ、やめ、あ、ああ……」
幸せである。