コスプレ?
とある晴れた日のことです。
「あら、静真さん、あれは何かしら……?」
白い袖なしワンピースを着た、前髪ぱっつん黒髪ロングお嬢さんの島澤優子ちゃんが、隣を歩いている大きな男の子に話しかけています。
もう暑いですからね、袖なしだと涼しいです。
その帽子もよく似合っています。
「ああ……結構な人だかりだな」
隣を歩くのは、背の高い大柄な男の子、半そでシャツから伸びた腕は太くて逞しい、ゆーこちゃんの恋人、笠薙静真君です。
今日は、二人でシティエリアにデートに来ています、いいですね。
そんな一角で、何やら人が沢山集まり楽しそうな声がしている場所があります。
なんでしょう?
「アニメのキャラクターのような格好をした人がたくさんいるな」
「お祭りかしら?」
シティエリアの大きな円筒形ビルの近くの広場と、そのビルの中の大きなフロア(ガラス張りで透けて見えます)やスケルトンアンダーフロア(地面が方向性ガラスでできてて上からは透けて見えます)で、沢山のステージや出店のようなものがでています。
そして、可愛い格好から変わった格好まで、実にたくさんの人たちが、いわゆるコスプレをしています。 あ、グッズも売ってますよ。
一種、独特の空気が漂う中、賑やかな音楽と雰囲気に惹かれて歩いていく二人。
「……きわどい格好の方もいるのね」
「ふむ、俺は優子の方がいい」
「も、もう……静真さんたら」
そっと腰を抱き寄せて、腕に掴まって、いちゃいちゃです。
物は試しとお店らしきところへやってきます。
沢山のキャラクターが描かれた文房具からうちわ、服や、登場キャラクターが持っていると思われる道具まであります。
よく作れますね。
「おりょ?そこにいるのは、黒のお嬢と、熊の旦那ではないか?」
そこへ可愛らしい女の子の声がかかりました。
しかも珍妙な呼び名を添えて。
「ええと、どなたかしら?」
「熊?」
人ですらないなぁ。
「へ?あ、ああそうか、こんな格好してるからわかんないか。あたし、屶網だよ!同じクラスの、屶網愛花!」
といって、元気に魔法のステッキを振り回すピンク少女。
クラスメイトさんだったのですね。
「あら、屶網さん?こんにちは。そうね、そんな恰好をしているからわからなかったわ。可愛いお洋服ね」
「ああ、ちょっとピンクがきつい気もするが……その格好はなんだ?」
なになに、なんのアニメ?
ひらひらふりふり。
「これ?アルティメット魔法聖女ホーリーエンジェルの仲間の、キューピッドナイツの格好だよ!えへへ、似てるでしょ~。これ作るの結構大変だったんだよー?キャラクター的にも元気で小柄なあたしにぴったりだと思うしね。髪はさすがに自前じゃ無理だから、薄ピンクのセミロングウィッグとここのエクステで何とかしたの!一番難しいのがブーツでさ、外装だけスリーディーモデラーで作ってもらって、装着したの。なのであんまり激しい動きできないんだよね!チャーミングポイントは白のフリルをつけた薄ピンクのスカートに、この腰の後ろの大きなピンクのリボン!型崩れしないように芯紙をかませているんだけど、柔らかさをだすよう」
「え、ええ、あの……すごいのね」
「……お、おう」
怒涛の如く語られて、思わずひいてしまう、ゆーこちゃんと笠薙君。
うん、オタクの人って語らせたらすごいよね!
「ああ、ごめんごめん、自分の力作と作品について話すのが楽しくってさ、てへへ、でお二人はデートかなっ?……みたいだね。相変わらずモデル泣かせだよねー君たちって」
「アイ、こちらの方たちは?」
屶網さんのお隣にいたエルフっぽい格好をした女性の方です。
耳はどうやって長くみせてるんでしょう?
「ああ、ごめんトノリちゃん。紹介するね?こちらあたしと同じ学園で同じクラスの島澤優子さんと笠薙静真君。とっても綺麗な女の子とワイルドな男の子でしょー!もちろん二人はお付き合いしてるよ!」
「初めまして、トノリと申します。こちらのアイさんの……仲間とでも申しましょうか?よろしくお願いしますね?」
お辞儀をする、エルフのトノリさん。
エルフっぽい役に入っているのか、しゃらん、としています。
緑系で統一された上衣とスカートがさわやかで可愛いです。
「あ、ああ笠薙静真だ」
「島澤優子です、初めまして」
「その、アイ……というのは?屶網のあだ名なのか?」
あいちゃん?
「んー?ああ、アイってのはコスプレネームだよ!普段の私とは違う、別の私なのだ!そう、日常から脱出し、非日常の世界へと入り」
「ええ、私たちは普段の本名とは違って、コスチュームを着るときに使う名前があるんですの」
さくっときるエルフさん。
「とーのーりーちゃぁーん、ごしょーだよー」
エルフ娘にしがみつく魔法少女もどき。
すごい絵面だね。
「でもあれね、この二人、とても素敵ね……ねぇ、アイさん」
あれ?トノリさん。
なんだか視線が……口調が。
「え?……そいや普段の教室だとみんな可愛いから、さほど気にしていなかったけど……ごくり」
ごくり?
「ええ。こちらの島澤さんは、一体どこの世界からおいでになったのかと思われるほどの大和撫子、美しい黒髪、艶やかな白い肌、切れ長の目には強さと気高さが宿り……」
「笠薙君も、いい体してるよね。上背が大きいだけでなく、それとなく体中についた逞しい筋肉。厚い胸板、太い首に太い腕。男らしさはあっても男臭くはない、絶妙なバランス……あの鎖骨とかいい!」
さこつ?
「わかってるわね……アイさん」
「ええ……トノリ、これを逃す手はないわ!」
え?え?なになにこの人たち!
「な、なにやら良からぬことが話されているようなのだけれど……」
「ああ、優子。ここは別のところに」
思わずゆーこちゃんの手を引いて、その場を後にしようとする笠薙君。
だがそうはさせじと二人にしがみつくエルフと魔法少女もどき。
「まってー、二人とも!」
「ええ!是非とも、是非ともお願いがあるの!」
「ちょっと、ちょっとだけでいいからさっ!」
「ええ、少しだけ、ほんの、少しだけよ?」
「是非、着てほしい衣装があるのっ!」
「絶対、二人には似合うわっ!お願いよ!」
怒涛の勢いで何か物申し始めた。
「そうはいって」
笠薙君が断ろうとしても。
「大丈夫よ、二人なら絶対に似合うわ!ていうか運命、運命なのよ!」
SA・DA・ME!なのよ、と。
「アレは、この二人のための物語だったんだっ!きっとそうだ!」
「あの、でも私たち」
ゆーこちゃんが断ろうとしても。
「そうよアイさん!この二人のために用意された物語に、衣装なの!それを着ないなんて罰当たりもいいところだわ!ああ、頑張って作った甲斐があったわ!」
「よかったねトノリちゃん!まさかアニメ作った人たちも、現実に彼らが存在するなんて思いもよらないはず!現実にっ!……違うのよ!そう、これは作られた物語じゃなくて現実にあった話の……ノンフィクションねっ!彼らはノンフィクションなのよっ!」
洪水のように止まることを知らない二人。
あと、二人は現実なので元々ノンフィクションですよ?
「……いや。わるいが」
「着るわよね!」
「え、ええ……」
押し切られました。
なんかね、すごい迫力だったの。
「…………」
「…………」
ゆーこちゃんが、着替えて出てきたのをみて絶句するエルフと魔女っ子さん。
「御霊姫様だぁ……御霊姫様がいるぅ……えーんえーん」
「す、すごいよぅ……あたしもなんか涙がでてきた……コスプレで涙がでるなんて」
前髪ぱっつん黒髪ロング古風美少女が、巫女風衣装を少しきらびやかにしたような服装で現れました。
あの、とても綺麗です。
「ね、ねぇ、あれ誰かなぁ、すっごく綺麗……」
「ほ、本物の巫女さん?え、あの髪って自前なのかな……いいなぁ」
ざわざわと周囲からそんな声が聞こえます。
つやつやしっとりの黒髪ロングっていいですよね?
「ぐす……思った以上よ、素晴らしいわ御霊姫様」
「え、ええと、あの、私のことを指しているのかしら……」
不思議な名前で呼ばれて戸惑う黒髪巫女少女。
「そうですよー!御霊姫様。貴方様は、恋人である荒神様を鎮めるために気高く戦い続ける御霊姫様ですよ!っていうか、黒のお嬢、すごいよ!何これ何これ!ねぇねぇ、本当に前世とかない!前世って御霊姫様じゃないの?本物だよ!」
ゆーこちゃん本物なの?
「し、知らないわ、そんな人」
ですよね。
「なんでだろう、すごく気品があって……イイ」
「そうね……ちょっと、あの第六話のきわどくやられちゃうとことか、見てみたいわ!じゅる」
「姫巫女服を破られ、頬を真っ赤に上気させながらも、決して折れることのない心で立ち向かっていく、気高く、だからこそ汚したい!」
なんだかイケナイ気配のするお話が展開されています。
「……すごく、寒気がするわ」
そうやって思わず両肩を手で覆ったとき。
「大丈夫か、優子」
「……し、静真さん!」
熊さんとうじょ!……熊さん?
「ああ、優子、その服も案外いいもんだな、すごく似合ってて綺麗だ」
「静真さん、あの、その……その服……」
え、ええ、下半身はいいんです、なんだか古代大和王朝風の青色と金糸で染めた派手なズボン風衣装……でも。
「ああ、これ、シャツとかはないのか?上半身裸の上にこの鬼羽織を着ろ、と書いてあったんだが、間違いはないのか?」
そう、上半身は同じような色合いの鬼羽織だけ、短いので当然色んなところが見えちゃいます。
筋肉的な。
「ナイワ、しゃつなんて……はぁはぁ、さこつ、ふっきん……」
「ええ……ここまで完璧だなんて、すごいわ、すごい男の体、何この色気……」
エルフ娘と魔女っ子がおかしくなってる。
「静真さん、寒くはないのかしら?」
「ああ、今日は暑いくらいだからな、このくらいはかまわないんだが……ってどうした優子?」
「え、いえ、あの素敵なお体で、その少し触れてみたいのだけれど、いいかしら?」
「ああ、構わない」
「……ああ」
ゆーこちゃんも、その肉体美には逆らえなかったようでそうっとその白くて細い指を、男らしくて格好いい筋肉に這わせます。
はわわ、なんかなんか、淫靡!
「どきどき」
「ごくり」
「……という物語なのよ!」
だむん、と飲み物をおいたテーブルを叩く魔女っ子アイちゃん。
「なるほど、この衣装はそのお姫様が戦うときの衣装なのね?戦巫女?というのかしら」
「それで、こっちが、姫に懸想するやつらに陥れられ封じられた荒神で、その荒神の魂の一部が恋しい姫の元へとやってくる、と」
ほんほん。
そういうお話なのね。
「そうよー!大切な恋人の荒神、本名というか神堕ちするまえの名前は公式設定がないのだけれど、を諦めず、信じ続けて戦う巫女姫様。けれど、やはり女の子、寂しくて泣いているところに、無理やり魂の一部を削り出し、愛しい姫の元へやってくる荒神。彼がそばにいることで勇気づけられ、姫が気高く戦い続けるの、愛しい彼を開放し一緒になれる日まで」
御霊姫様健気です。
「ちなみにこれが設定資料集ね!そこの売店でも買えるわ!」
あ、ほしいほしい。
「……確かに」
「似ているわね、静真さんに。少し化粧をして小道具を揃えたら本物そっくりね」
「優子にも似ているな、綺麗だ。おれは、こちらの巫女服もいいな」
そっくりですね。
「せっかくだし、ステージ見に行く?今なら間に合うと思うんだ」
「ステージ?なんの?」
「このお話を作った人が来てて、声優さんとかとトークしてくれるの」
「ああ、まぁ、構わんが……この格好で行くのか?」
「もちろんよ!」
楽しみです。
「本物きたあああああああああああああああ」
いきなり叫びだす、ステージ上の偉い人。
「え、うそ!えええええええええええっ!?」
そのお隣にいた女性の方もびっくりです。
「ど、どうなってんだあれ!」
「完成度高すぎだろう、ていうか、ええええ?」
「き、きっと俳優さんにお願いしてもらってきて、きて、きて……あんな子いたっけっ!?」
「なんか、涙でてきた」
「わかる……御霊姫様……ありがたや」
「はあはぁ、なにあのさこつとふっきん、すごい、すごいよぉぉ」
「ふぇろもんでてるわ、ええ、ふぇろもんよ」
「え、うそ、なんで本物いいいいいるの?」
「ちょっと頬をつねっていてててててて」
騒然となる会場。
エルフ娘トノリさんと魔女っ子アイちゃんが、ステージの袖から二人を引き連れて上がってきたのです。
え?上がるの?なんで?
ていうか、どうして普通に通されるの?
関係者以外立ち入り禁止って。
「あの、ほんとに荒神様と御霊姫様じゃないよね?降臨したとかじゃないよね?」
ステージの上の偉い人が本気でそんなこと言ってくる。
「いや、そんなわけがないだろう」
「ええ、私たちはあなた方と変わらないわ」
ちゃんと否定する荒神さんと御霊姫様。
「で、ですよねー。いやー、それにしてもびっくりした……びっくりした……。君たちはこのアニメみたことある?あるよね?」
気を取り直して、マイクパフォーマーを始める偉い人。
「いや、失礼だ」
「あ、ごめんなさいね、彼らはあたしの友達で今日、急に来てもらったんだ!だから何も詳しいこと話してないの!そこらへん、許してね?」
荒神さんが失言しそうなところを、魔女っ子アイちゃんが執成しました。
ぐっどです。
盛り上げに水差しちゃいけないのです。
「ああ、すまない、君も可愛いね。それはアルまほのキューピッドナイツのコスだよね、よく似合ってるよ!そうかぁ、これから、ここで君たちが着ている衣装の元となったアニメ「神薙姫の子守歌」のトークショーをやるからよければみてってね?あ、是非とも撮影はさせて欲しいな!」
撮影、人だかりがすごかったです。
「さすがに少し疲れたわ」
「ああ、よく頑張ったな優子」
荒神様が御霊姫様をさりげなく抱き寄せます。
「あれを自然とできるあたり、まったく違和感がないんだけど」
「本当にアニメの中から抜け出てきたみたいだなぁ……実にいい」
スタッフさんたちが二人のいちゃラブをみて、思わずニヤリとしています。
わかります。
「いやあ、すまなかったね、思わずテンションが上がってしまって、ここまで再現度の高いコスプレは初めて見たから」
「衣装自体はあたしが作りました」
「おお、君は、確か前回コスプレをテーマにした大会の衣装作成の部で優勝していたトノリさん。なるほど、それであのでき前。しかしよくサイズがあの二人にあったね」
「いえ、公式設定のまま作って、今日よければ許可をもらってグッズ販売しようとしたの。そしたら、あの二人にぴったりだったのよ。背格好から、胸の大きさまで……」
本当は、今日のステージの一つで、エルフ娘トノリちゃんが作った衣装を誰かに来てもらおうーってプログラムだったらしいのです。だから入れたのね。
しかし、胸の大きさまで同じとは、御霊姫様さすがぼいん。
「すごい、偶然にしても何という奇跡か」
「しかし、自分たちのような何もわかってない者が舞台に上がってしまってよかったのだろうか?正直申し訳ないのだが」
さすがに、どういう場かは察している荒神様。
「んー?いや、いいよ。予想外のネタが来てくれたってことで大盛況だったよ。今頃ネットの世界ではすごいことになっているだろうねー。はっはっは。ま、君たちもよければ是非このアニメを見てくれると嬉しいな。スタッフみんなで頑張って作ったんだ。楽しんでくれると嬉しいな」
いい笑顔でいう偉い人。
そうだよね。頑張って作ったんだから、楽しんで欲しいよね。
「そうね、ここまでしていただいたのだから、そうさせてもらうわ」
「なんだろう、御霊姫様にお言葉を頂いている気がする。胸になにかくる」
ええ、ごく自然に気品あふれるものいいと雰囲気が、おひめさまー。
「スタッフ、冥利に尽きるであります……」
夕方、イベントも一段落している中で、二つの影が仲良く手をつないで歩いていました。
「なにやら、とても賑やかだったわね」
「ああ、二人きりの静かな時間も好きだが、こうやってみんなで同じ好きなものを楽しめるというのも悪くはない。いや、とてもよかった」
「ええ、きちんとあの方々が作った作品をみて、あの服を着るべきよね」
着るのです?
「ああ、何も知らないままあの服を着てイベントに混ぜてもらったのは、本当は失礼だったのだろう。屶網に聞いたところ、作品に対する愛があふれ出て衣装を作ったり本を作ったりするということだったからな」
「もし、機会があればきちんと見て、感想を言って、お礼を言わないとね」
「ああ、しかし、優子、本当に綺麗だった」
「静真さん、あなたもよ、とても格好良かった」
「愛してる」
「私もよ」