大団円
とある日、学校の来客室にお客様がいらっしゃいました。
「嵯峨山様……が?何のお話かしら」
月川さんが御呼ばれしています。
お部屋に入るとそこには、優しいお兄さんがいました。
でも、表情がよくありません。
余裕がないように切り出されました。
「月川さん、正式にお付き合いをお願いできないだろうか?」
かたん、と壁にかけられたアンティークの時計が針を動かします。
「嵯峨山様、どうして急に……この間はそのようなことおっしゃってはなかったではないですか?」
もちろん、戸惑う月川さん。
歯を食いしばるように、喉の奥から声を絞りだす嵯峨山さん。
「……っ!この言い分は卑怯だと思っている。だが、僕も君を」
「月川さん、誰か来てるって……貴方は?」
乱入者……いえ、日向さんです。どうしてここが。
「俊君……この方は嵯峨山様。嵯峨山重工業のご子息ですわ。そして、私の前回のお見合い相手でありますの」
ハプニングには慣れているのか、さらりと事務的に説明を行う月川さん。
「なるほど……で、その方がなぜここに……」
恋敵の登場であるならば、心穏やかではいられません。
「私は嵯峨山健一、嵯峨山重工業社長嵯峨山義一の息子です。失礼ですが、そちらは?」
日向君の乱入に焦っていた心が落ち着いたのか、スマートに名乗られるお兄さん。
「ああ、失礼、私は日向俊といいます。日向&カールソンコーポレーションCEOの一人日向団慶の息子ということになりますか」
肩書すごい……。
「そうでしたか。お初にお目にかかります……ひょっとして、月川様の事情はご存知でしたか?」
「ある程度は」
頷く俊君。
「私は今、月川姫奈さんに交際のお願いに参っている次第です。日向さん、貴方も?」
「似たようなもので」
「俊君は、私の大切な人です!」
日向君の言を遮って綺麗な声で主張する月川さん。そこは譲れないの。
「姫奈っ?」
「だめですわ、そんないけずなこと仰らないでくださいまし」
俊君の顔をはっきり見つめて、物申す姫奈お嬢様。
「……なるほど、私の入る余地はないということですか。もとより……そうでしたね」
何かを諦めたかのように、ふっと肩の力を抜いて、独り言つ健一お兄さん。
「重ねてお尋ねしますが、お付き合いをしていただくわけには?」
確認のように、繰り返すその言葉は……とても軽い。
「もし……嵯峨山様が本当に、私とお付き合いを望まれているのでしたら、きちんと考えて話し合いをしたと思います。でも……」
右手を胸にやり、しかと、嵯峨山健一をみて答える月川姫奈。
「でも……今の嵯峨山様は、別のなにかに追われて、私のところにいらしているように見えるのです」
ビジネスシーンの前哨戦、数多くの交渉事、沢山の大人の人の駆け引き、表情を見てきた月川姫奈にはごまかせない。
「!」
その静かな目と迫力に思わず、息をのむ嵯峨山健一お兄さん。
「……そう、ですか」
「この社会の中には、愛のない政略結婚だって未だにある。だが、姫奈にはそうさせたくない。姫奈を愛する者だけが、姫奈と一緒になれるんだ」
横から、日向君が力強く答える。
「では、君が……」
「いや、今の時点では私にもその資格はない。資格はないが、姫奈と紅葵さんとをきちんと知ったうえで、私はその答えを」
その日向君の言葉を、途中で遮り、感情の制御が外れた嵯峨山さん。
「紅葵さんだと!君、紅葵さんとはどういう関係なんだっ!」
「さ、嵯峨山様……一体どうし」
「教えてくれ!でないと私は、一歩も引くことはできないっ!」
そこには大人の余裕などない、ただ恋と必死に戦う一人の男の人の姿がありました。
「べ、紅葵さんと姫奈をきちんと知り、大切にできるかを結論付けて、共に歩む相手とする予定なんだが」
「き、君は、月川さんだけではなく、紅葵さんまでも天秤にかけているのかっ?」
それは印象が悪い。
「言わないでくれ。情けないとは私自身が思っている。だが、私も必死なのだ」
「……私が、月川さんに交際を申し込んだ本当の理由は、妹のためなんだ……」
ここに至っては、本当のことを話さざるを得ない。話さないと、沢山の大切なものを失ってしまいます。
「妹さん?」
「ああ、詳しいことは勘弁してくれ。だが、紅葵さんは別だ。私は、彼女を愛している」
はっきりと断言した嵯峨山さん。
そこへ。
「それ……ほんとうですか?」
現れるはずのない第四の当事者が現れた。
「紅葵さんっ!どうしてここに!」
「答えてください!健一さん、本当に私を愛してくださいますか?」
紅葵さんも必死です。今、人が人を想うこの場所で。
「ああ……ああ!私は君を愛している!この気持ちは、この心は本物だ!君がいないなんて考えられないっ!くそっ!なんで、こんなに……ままならないんだ……」
もう、外側に飾ってある格好良さはみじんもありません。そこにあるのはその人のありのままの姿。恋をし、社会にもまれ、理不尽な世界を抱えるちっぽけな一人の人間の。
「本当に?でしたら……その、以前私にあった、『今後はもう二度と関わらない』というあなたのお父様からの連絡は……なんだったの……?」
「父の?知らされていないぞ、私は、そんなことは……っ!」
陰謀か?
来客室のお隣の待機部屋には、小悪魔たちがいたのです。
「だいぶ、見えてきたね」
頷くフミ君。
「そっかー、そういうことかー」
腕組みをし、むふん、とユキナさん。
「つまり?」
熊さんが問いかける。
「姫ちゃんは、俊君が大好きで、日向君は昔は姫ちゃんが好きだったけど、いまは、よくわからない」
「ふんふん」
「ただもう一人の婚約者候補である紅葵先輩のこともよくしっているわけではない」
「まぁ、知り合って一週間も経っていないし、無理ないよねー」
フミ君がくるくると輪ゴムを回す。
「嵯峨山さんは、紅葵さんが大好きなんだけど、一身上の都合で姫ちゃんとおつきあいしないと大事な妹さんがなんとかなっちゃう可能性があった、と」
ユキナさんが目を閉じ、何かを考えながら、解説の言葉を紡ぎだす。
「紅葵先輩は日向君のことは何とも思ってないけど、嵯峨山さんが大好きということなのね?」
島澤さんが確認するかのようにユキナさんをみる。
「だが、ある日嵯峨山さんのお父さんから手を引け、みたいなことをいわれた、と」
笠薙君がそうかー、とでもいうように言葉を続ける。
「それって」
「嵯峨山さんと紅葵先輩、姫ちゃんと俊君がくっつけば大団円なんじゃないの?」
それだフミ君。
「そうだねー。だとしたら、邪魔をしているのは誰かというと」
「「ああ」」
あやつですな。
「でもどうするの?大人の世界だし、どうにもならないんじゃないのかな?」
「大人の世界のことは、大人の人になんとかしてもらえばいいじゃん」
そーなんですけどねー。
「もしもし、おじーちゃーん?」
夕日がさす、校門前にとめてある車の陰で、二つの人影が寄り添っていた。
「夢みたいだ……こうして君をこの胸に抱くことができるなんて」
「私も……あなたにこうして抱かれるのを夢見てた」
「彼女たちには、感謝しても感謝しきれないな」
「ええ……本当に」
「愛している、しぐれ」
「私も愛しているわ、健一さん」
世界は優しく二人を祝福していた。
夕日がさす、放課後の教室で、二つの人影が向かい合っていた。
一つは大事に宝物をもっていた少女で、一つは素直になれなかった運命の少年。
「ねぇ、俊くん。私は今でも、いえ、今の貴方も好きよ?大好きよ?だってこんなに胸が苦しく切ないの。次に貴方がいなくなったら、と思うと耐えられないわ」
「姫奈……僕も君のことは嫌いじゃない、そして。ああ……言い訳ばかりしていた自分が悔しいよ。嫌いじゃない……じゃなくて、好きなんだ!この気持ちはきっと……。女の子は本当に、ぼくたち男より先に成長しちゃうんだな。こんなに大事な心を、大切に育てられるんだから」
「俊君……」
「姫奈……大事にするよ!」
「……!」
優しく重なり合う二つの影。やはり世界は優しく二人を祝福していた。
アンニュイな六月ももう終わりかけの教室で。
「よかったねー、本当によかったねー」
「ええ、一時はどうなることかと思ったわ」
「さすがにハイソな方たちの社会事情までは、学生の身ではとても重くて無理だと思っていたのだけれど……一体どうやって解決したのかしら?」
「まぁ、いいじゃないっ!姫ちゃんも、しぐれ先輩も素敵な恋人さんができたんだしっ!」
「そうよ。あの人達が本当に大変で難しいのはこれからなのよ。でもね、いいじゃない。今この時や学生の時代くらい、本当に好きな人と大事な時間を過ごすことが許されたって」
「そうだね。本当に。あ、ぼくは、ユキナとずっと一緒にいるよ?」
「フミくんっ!大好きー」
「当然、俺も優子を離さない、一生だ」
「し、静真さん……」
こうしていつものいちゃらぶが始まるのです!