思い出と今と
聞いちゃったの、色々と。
「ひ、姫ちゃんが……」
最初にふらふらになって入ってきた月川さんに気付いたのは、受付天使こと園上真理ちゃんです。
入り口に一番近いからですね。
「え?だ、大丈夫?」
仲良く一緒に固まって座っていたマスコット三天使が一人、佐藤莉理花さん。
「な、なにがあったのっ!?」
そして小悪魔天使、三橋由美さん。みゆみゆです。
姫ちゃん大丈夫?ふらふらしてるよ?
女の子たちが心配して集まってきました。
「それがよくわからないんですの……」
深山お嬢様が形のいい眉をひそめて困っています。
「ずっとこんな感じでして」
茜咲さんも形のいい顎に指をあてて困っています。
「いいから、まずは保健室行くよ。体調が悪いだけならいいんだけど……」
妃が丘さんが、音頭をとっています。そうですね保健室です。
「運ぶか?」
ぬっと、様子をみていた熊さんがきました。
「あ、笠薙くん、頼めるかな?」
「任せろ」
頼りになります。
ここ一番頼りになる川瀬皆八木雪那さんが付き添いに来ました。
「ね、何があったの?教えてくれない?」
「……」
「そんなに悲しんでいたら、胸がはりさけちゃうよ?少しでも外に出しておかないと」
「……の」
「ふんふん」
「……で……ら……て」
「ああ……なるほど……それはきつい」
「ね、今はぐっすり休んで?すぐにどうこうなる話じゃないんでしょ?だったらまだわからないじゃない」
そうやって月川さんを寝かしつけます。
「あーもう、いつもの凛としたお嬢様の姫ちゃんはどうしたのさ。いい女が台無しだよ?」
思わず頭を抱えちゃうユキナさん。
女の子会議です!
「というわけなのです」
なのです!
「まさか、そんなことがあったなんて」
「日向君と小さなころに出会っていて」
「幼いころの約束で結婚しようっていってて」
「いきなりいなくなって寂しかったけど、偶然であえてすごくうれしかった」
「相手はこちらには気付いてくれないから、なんとか思い出してもらおうしてた矢先」
「生徒会長の紅葵さんが日向さんの婚約者候補……」
なんていう運命のいたずら。
「小さいころの思い出を大事にしていて、会えない間もずっと守って育てていた恋心には、刺激が強すぎたのね」
切ない。というか姫ちゃんピュアにも程があるよ。
「それで、日向くんはどんな感じなんだろう?」
そうそう。
「とりあえずは、まだ姫ちゃんのことがわかってないみたい。まぁ、女の子は小さいころと全然変わってしまうからね。中々気づけないのかもしれないけど」
女の子ってある日突然変身するものね?
「姫ちゃんのことは、じゃあ、まだ、なんとも思ってないのか」
「同じハイソな方であれば、綺麗な人なんて見慣れてるだろうしね」
そうなのかー。でも姫ちゃんとっても綺麗だよ?かわいいよ?
「日向君は紅葵生徒会長のこと好きなのかな?」
「いやー、さすがにないんじゃないかな」
「とりあえず親に言われてたから挨拶に、という感じだったし」
女の子会議特別パネラー、案内した神楽坂君です。
「生徒会長の方はどうなんだろう?満更でもないのかな」
「うーん、そっちは情報が足りない。なんか伝手ないかな」
「神楽坂君の彼女が生徒会の会計やってるって」
そうそう。
「よし、じゃぁ、ひきこもう」
「姫ちゃんのフォローはどうする?」
「お雪さんたちに任せるか、数日お休みしてもらうか、かなぁ」
「住所が近ければプリント持って行ってもらったりするけど」
「あ、姫ちゃんちは代わりに家令さんがくるからそれは無理」
「うげげ、どこまで姫なのさ」
「どうにかして、日向君に姫ちゃんのこと思い出してもらいたいなあ」
そうだよね。
さわやか転校生君に熊さんが話しかけています。
「よう、少しいいか?」
「ああ、ええと?」
「笠薙という。悪いが今日少し時間をもらいたいんだ」
「構わないが、なにかな?」
うん、なにかな?
「今日このあと、西棟の三階にある準備室で待っていてほしい。まぁ、変な誘いだとは思うが、ちょっと信じて、来てくれないかな」
「確かに、変な話だ。悪いことには?」
そこ大切。
「いや、確かに来なくても悪い話にはならないよ、あんたにとっては……。でもどうしても来てほしい。一人、とても優しいやつが泣くことになる。俺の男としての頼みだ。頼む」
丁寧にその大きな体を曲げ頭を下げる笠薙くん。格好いいです。
「わかった。そこまで言われては断れないよ」
男と男の約束です。
西棟三階にある、とある準備室。
何を準備しているのでしょう。
「こんにちはっ!日向さん」
弾むような声でお出迎えする月川さん。
頑張って残っていたんですね。
「ああ、確か、月川さんでしたね、この間のパーティにも参加させて頂きました。ありがとうございます。今日、ここで待っているというのは貴女のことでしたか……」
なんだか急にハイソな雰囲気が漂い始めます。
「ええ、皆さんにお願いして、この場所をセッティングしていただきました。その……回りくどくて、急なことで申し訳ありません。でも、その……二人きりでないとだめ、なので」
すごく。すごく頑張ってるんです。
「その……私のこと、覚えていらっしゃいませんか?」
「ええと、この間のパーティではお見掛けできず残念でしたので、その今日が初対面か……と」
言いよどむ日向君にたまらず、駆けよる月川さん。
「俊くん……姫奈です……ほんとに、ほんとに、覚えていらっしゃらないです?」
うるうると、切なくて耐えきれなくなったのか幼馴染を見上げる姫奈さん。
「……ひめな?」
「ずっと小さいころに、あの小さな庭園で遊んでいた姫奈です」
「ひめな……!ああっ!」
はっとしたように思い出した日向君。
「一緒にバラの門をくぐったり、緑の迷宮を探索した、あの姫奈ちゃんですか?」
「はい……はい……!やっと思い出して頂けましたっ!」
それはまるで雨上がりの花が咲いたように綺麗な笑顔で。
「懐かしいなぁ。あれは確か、僕が日本にいた最後の時間だった。小さいながらも楽しかった。いや、あの姫奈ちゃんがこんなに綺麗になってて、ちょっとわからなかったよ」
「も、もう……私はずっと、気が気でありませんでしたのに……」
すこしぷんぷんです。女の子をこんなにじらすなんて。
「そうか、それで……今日色々と僕に話しかけてくれていたのか、ありがとうな」
「ええ……ええ、それでその……今日、俊君が紅葵さんのところに行かれたと聞いて、その……」
とても、気になるのです……と。
「ああ、父から、紅葵さんを婚約者候補ということで一度お見合いしてくれないか、と言われていて。それで今日挨拶に行ったんだ」
「……お見合い……されるんです……か?」
「ひ、ひめなちゃん……その、下からうるうるとした目でみられると、僕も平静でいられなくなるんだが……いったいどうし」
「やくそく……覚えていらっしゃいませんか?」
もう、涙声になりかけてます。頑張れ、頑張れ姫奈ちゃん。
「やくそく……」
「ええ、姫奈にとって、人生で一番大切な約束です……。俊君……おぼえて……ないです?」
「……っ!もしかして……『結婚しよう』という……あの約束」
それは幼い子供のなんでもない、口約束なのかもしれないけれど。
「はいっ!……はいっ!……姫奈の一番大切な約束ですっ!」
大人の世界に入ることを早くから義務付けられたお嬢様にとっては、それは大事な宝物なのです。
「正直……今、姫奈に言われるまでは、思い出せなかった、そのごめん……」
「そ、そうですの……、ち、小さい子供のころの約束ですものね……俊君にも俊君の事情がありますし……しかたがな……ひっく…ぐす…くすん」
こみあげてくるものがありますよね。俊君ひどい。
「ひひひ、姫奈ちゃん、まって……まって、泣かないでおくれよ……」
「しゅんくぅん……」
ほら、涙を拭いて。
「すまなかった。いや、言い訳にしかならないが、その。もう二度と会えないかと思っていたんだ……」
「……」
「うちの親は世界中を転々としているし、今回日本に帰ってこれたのは偶然にも等しい。僕も留学で一通り終業したから、ということで日本に戻してもらえたんだ……」
「これから一緒にいられませんの……?ひめなは、今でも俊君が大好きですのよ?」
捨てられた子犬みたいに、でも真っ白な信頼と愛情をもって見つめる姫奈。
「……こんなに綺麗になった姫奈が僕を一途に思ってっくれているのはすごく嬉しい、だが、僕も変わったし、姫奈だって色々と変わっただろう。昔の関係をそのまま今の状況に当てはめるわけにはいかないと思うんだ」
このリアリストめ。
「……そう、ですわね……いつまでも子供ではいられませんものね……ごめんなさい、私……かなり幼かったですわ」
姫奈も大人の世界を知る女。
「いや、わかってくれてありがとう。それに、別に姫奈のことを嫌いじゃないのは確かだ。今の君がどれだけ頑張っているかなんて、見ていればわかる。パーティでの噂や僕の両親からきいた話もある。正直、遠い世界に存在に感じてしまった」
ふと、遠い目で語る俊君。決して悪気があったわけでもないし。彼にも事情があるのです。
「今回、日本に戻ってきたのには、もう一つ条件を付けられたからなんだ。それが、婚約者をみつけることだ。日本で見つけられれば、僕は日本事業部での仕事を将来的に重点をおいて任されることが決まる。日本にいられる時間が長くなる。その流れで、今注目を集めている紅葵さんのところに白羽の矢がたったんだ」
先の人生設計をきちんと考えているんです。
「でも」
「でも……?」
「まだ時間はある。いや、僕に時間をくれないか。姫奈に不誠実な対応をしてしまった僕に……卑怯な言い分だとはわかっている。でも今の姫奈、とそして、紅葵さんと二人のことをきちんと知ったうえで……結論を出したい……」
俊君も誠実な男の子なのです。
「……わかりましたわ。私にも、今の貴方を教えていただけるのですよね?」
「ああ、互いをもっと知らなければ」
「ええ、でしたら大丈夫ですわ。私、諦めたくありませんの」
雨が止むと、大きなヒマワリの花が咲くのです。
一方こちらは、渦中の人がいる中央棟六階生徒会執務室です。
「私はねー、正直、そういうのはちょっと、って思ってるんだ」
紅葵さんがお茶休憩がてら、ここに来ていた日向君とのことを、朱里坂さんにお話ししてます。
「うちは、確かに一定の成功をおさめたーっていってるけど、所詮は庶民であるし、パパとかママがお仕事成功して喜んでにこにこしてるから、ちょっと断り切れなくてさ」
そうなのです。家族思いのいい子なのです。
「別に、日向君が嫌いってわけじゃないんだけどね……」
格好いいしね。
「あ……連絡が……少し待ってね?」
「はい、あ、あたしがしずくです……!え、ええ、ええ……そんな……でも」
急に、声のトーンが変わり、切迫する紅葵しずくさん。
「どうしたの紅葵先輩?」
紅葵しぐれという生き物の体から、大切な何かが抜け出たような、そんな印象を受けた朱里坂さん。
「ちょっと……風にあたってくる……」
その声には、なんの感情もありませんでした。