姫ちゃんの事情
「ねぇ〇〇君」
「どうしたの姫奈ちゃん?」
「えとね……あのね」
「うん!」
「大きくなったら、お嫁さんにしてくれる?」
「うん、いいよ!ボクも姫奈ちゃん大好き!」
「ほんとっ!?嬉しい。あのねっ!約束なのっ!」
「うんっ!約束っ!」
六月の、灰色の空から延々と降り続ける雨が校庭に降っている。
それをみて、一層アンニュイな気持ちになっている綺麗なお嬢様が一人。
「はぁ……」
綺麗な長い黒髪には柔らかくウェーブがあてられ、何かのクリームでケアされているのか、ほんのりといい香りがする。長いまつ毛は伏し目がちに落とされ、笑ったらどんなに可愛いかと思わせる可愛らしい唇も、今はただモーブな吐息を押し出すのみ。
「おはようございます、月川様……お疲れのご様子、ひょっとして……昨日もですか?」
同じくウェーブのかかった髪をもつお嬢様がやってきました。
「おはよう、深山さん……ええ、そうね……昨日「も」でしたわ」
くにゃりと、少しお行儀悪く机に崩れていく月川さん。
疲れてる。かわいそう。
「ご両親も中々、ご理解いただけないとか……お見合いは続けないといけないのでしょうか?」
もう一人のお嬢様、茜咲さんがやってきました。
二本編み込まれている髪がチャーミングです。
「……両親は結婚も、私が生まれたのも遅かったから、自分たちのようにはさせまい、という親心はわかるのですわ……」
「月川様は、あまりお見合いには乗り気ではないのですね。どなたか意中の方でもいらっしゃいますの?」
さらなるお嬢様、肌がとっても白くて綺麗な雪宮さんです。
「……特に、いませんけれど。こう立て続けに毎晩パーティとお見合いが続きますと、体に響きますの」
上流階級は大変ですね、お肌に気を付けないと。
「パーティーといえば、明後日の夜のパーティーは月川様のご両親が主催されるものではありませんでしたかしら?我が家にも招待状が届いておりましたの」
深山さんがそっと、招待状をスカートのポケットから取り出す。優雅に。
「わたくしも頂いていますわ」
茜咲も近くの席に戻り、鞄の中から綺麗な意匠が施された招待状を持ってきた。
おしゃれですね。
「雪宮さんにも渡したと思ったのだけれど……?」
むくりと、復活する月川さん。
「え、ええ、頂いていますわ。その……なぜか二つ」
雪宮さんが少し困ったような表情で袖口から、それぞれ金糸と銀糸が施された招待状を取り出す。袖口?
「あら、本当ね……。まぁ、いいわ。よければ、どなたか連れていらっしゃいな?貴女なら変な人は連れてこないと思うから」
「月川様がよろしければ……そうさせて頂きますわ」
招待状かぁ。どうやったらもらえるんですかね?
教室の後ろでは、いつもの恋人たちがいつもと同じようにいちゃらぶしていた。
ユキナさんはいつものようにフミくんに抱き着きながらはしゃいでいた。
「フミくん、フミくん、これみて?招待状もらったのよ!」
え?それってまさか。まさかね?
「ユキナ……それ何?どうしたの?」
「うーんとね、おじいちゃんからもらったの……パーティーの入場券だって!ね?ね?フミ君、一緒に行こう?私ドレス着るよ、見たくない?」
見たいです。
「もちろん見たい、ってあれ?それ僕も行っていいの?」
そうそう。
「パーティーにはエスコートする人がいるから、入れるよ?」
そうなんですね。
「でも僕フォーマルスーツ持ってないしなぁ……」
「だいじょーぶ!お父さんの貸してもらうから。お父さんもいいよー、って言ってたし」
「あ、そーなんだ。じゃ、お言葉に甘えようかな」
フミ君は結構度胸あります。
「それで、いつあるの?それ」
「んーとね、明後日の夜だって!」
おや?もしかしてやっぱり。
お雪さんこと雪宮さんが前髪ぱっつん島澤さんとお話ししてます。
この二人って結構タイプ的に似てるんですよね。
「それでね?もしよろしければ、来ていただけると有難いのですけれど……」
「そうね……月川さんのところにお邪魔するのも久しぶりかしら。いいわよ……パートナーも連れて行っていいのでしょう?」
やはり、お嬢様な島澤さん。
「ええ、もちろんですわ。それではよろしくお願いいたしますわね」
お雪さんが去っていった後姿を見ながら、笠薙君が興味を示します。
「優子、どうしたんだそれは?」
「あ、静真さん……ええ、パーティーの招待状をもらったのよ。月川さんのところが主催するのだけれど、一つ多めに招待状がでてしまったようなの。せっかくだから、ということで頂いたわ……一緒に、いってくれる?」
招待状で口元を隠しながらの上目遣い!
いつのまにそんな小悪魔テクニックを!
「もちろんだ、俺でよければ。そうなると、フォーマルスーツが必要か……」
熊用ですね!
「そうねぇ。あな……静真さんは大きいからどうしようかしら?日にちは明後日らしいからうちの道場で取り扱ってくれているお店を通じて仕立てが急げないか、聞いてみるわ」
「すまんが頼む。しかし、優子のドレス姿か。結婚式より前に見れるとは幸せだ」
「も、もう、ウェディングではなくイブニングドレスなのよ?」
テレテレな前髪ぱっつん。
「それでもいい。優子は何を着ても似合うにきまっている」
きっと綺麗ですよ!
「静真さんったら……」
らぶらぶです。
どこかにある素敵なホテルの会場です。
夜は高層階の屋外庭園にもでられますよ?
最初は主催関係者への挨拶回りがあるのです。
これをするとしないのとでは、印象が違いますからね。
「月川様、このたびはお招き頂きありがとうございます」
「ええ、いつものことだから気にしないでくださいね?貴女たちも堅苦しい挨拶など必要ないわ。パートナーさんと楽しんでいってくださいね?」
「はい、ありがとうございます」
姫ちゃんのところにきてたのは、深山さん、茜咲さん、雪宮さん。
一緒にグループでいってまとめて挨拶をすませると好印象ですよ!
主催者さんも大変だから。
「こんばんは月川さん」
「あら?島澤さん、こんばんは。雪宮から聞いているわ招待状を受け取っていただいたそうで……ありがとうございます、えと……そちらの方がボディガード……ではないのですわね」
熊がーど!
「こんばんは月川さん。同じクラスメートの笠薙です。今日は島澤のパートナーとして来させてもらっています。こんなお洒落で綺麗なパーティに入れて頂きありがとうございます」
思うんだけど、笠薙君って、結構そつなくこなすよね。なんでも。
「まぁ、笠薙君だったのね!見違えたわ。島澤さんの手際かしら、大きいのに優雅で、なのにワイルドさを感じさせつつもしなやかで。素敵ね。是非、島澤さんと楽しんでいってね?」
結構高評価です!ハイソなところでは、ワイルドな人少ないのかしら?
挨拶対応が終わってくるりんと会場を回る月川お嬢様。
おや、何か気になる姿をおみかけしたようで……。
「あら……あの方は……!もしかして、いえ、そんなまさか……」
なんて思わせぶり。でも。
「おお、ここにいたか姫奈、探したぞ」
「お父様……」
パパン登場。おひげがダンディーです。
成功した経営者によくあるタイプで、非常にエネルギッシュかつバイタリティにあふれております。
「お父様、こちらにいらしていいの?」
いいの?って愛娘にきかれてとろけるお父さん。
「うむ。一通りの挨拶はすませてね。主催ではあるが、今日のパーティーは比較的カジュアルなものだ。挨拶さえ終われば、あとは会場を回るだけだしな……おおっと、そうではない」
どうしたどうした?
「姫奈を探していたのだよ。是非、会わせておきたい者がいてね」
こ、これはもしや。
「あの……お父様、私、その……お見合いはもう……」
ほらー、姫ちゃんがアンニュイ入り始めてるよ?パパン。
「なに、縁というものはどこにあるかわらかん。気に入る気に入らないはもちろんあるし、私も本当に姫奈が嫌がるのであれば無理強いはせんさ。だがまぁ、私の顔をたてると思って会ってくれんか?そこで、どうしても気が進まんようだったら、まだ私が断りと詫びを入れればよいだけだ、気にするな」
そのセリフ、今まで沢山つかったでしょ。
「あの……はい……わかりましたわ。とりあえず会うだけでしたら」
姫ちゃんも人がいいなぁ。
「そうかそうか、助かる。今日合わせたい者はな……」
そして、ホテルの一室の、落ち着いた絨毯が敷かれた夜景がきれいに見えるお部屋です。
「初めまして、月川姫奈さん。嵯峨山重工業の社長をしています、嵯峨山義一と申します。こちらは私の息子で健一と申します。この春、大学を卒業したばかりでまだ入社して日も浅く、社会人としては未熟者ですが、ゆくゆくは業界を背負って立つに相応しい人間になると確信しております。月川さんともお年が近いかと思いますし、よろしければ、是非お話お付き合いのほどをよろしくお願いいたします。それでは、月川会長あとは……」
一気にパワフルにしゃべるおじさん。
なんか小物っぽい?
「そうですな、こちらも……姫奈、失礼のないように頼むな……それでは健一君、うちの姫奈を頼むよ」
この辺の流れはもう慣れたものです。ぱぱん。
「はい、承知いたしました月川会長」
格好いいお兄さんですね。