始まりと、黒髪美少女と
夕日がさす教室の中、向かい合う二つの人影があった。
一つは制服を着た少年で、もう一つは制服を着た少女だ。
二人の間には、見ているものが気恥ずかしくなるような空気が醸し出されていた。髪をツーサイドアップにした元気な少女が、少しぽやんとしたところのある少年に、詰め寄っている。
「だーかーらーっ、好きって言ってるの!あなたが大好きって!」
大胆な告白である。顔は真っ赤で息が少し上がり、はぁはぁとしている。
「あ、ああ……うん、なんだかとても迫力があって、嬉しいよ……戸惑うけど」
少年のほうは、たじたじだ。詰め寄ってくる少女の勢いに、知らず、後ろに下がっている。
「ねぇ……だから付き合って?あたしと!」
涙目になりながら、それでも少女は頑張って少年に対して愛の言葉を告げる。
それを聞いて少年は。
「……す、少し考えるじか」
「いーやっ!今、お返事ください!とっても恥ずかしいし、勇気を出したの!ね……あたしのこと……き、嫌いなの、かな?」
間髪入れず少女は、両手を体の横に思いっきり下げて、より一層少年に近づく、もう顔がくっつきそうだ。
「き、嫌いじゃない!それは確かだけど。その、心の準備が……」
放課後になって、いつもどおりふらーりと帰ろうとしていたところ、少女に呼び止められ、人がいなくなるまで世間話に興じていたのだ。まさか、このような展開になろうとは……ほんの少し思っていたけど、実際になると頭が回らない。うう、いい匂いがする。
「ね、その、あたしもう心臓が爆発しそうなの、お願いよ……」
本当に、苦しそうに少女が告げてくる。
ここまでされては男が廃る!
というか可愛い。今、胸に何か来た。きゅんときた!
「よ、よし!僕も男だ!いいよっ!付き合おう。いや、違う……」
少女はすっかりうつ向いてしまって、少年の言葉を待っている。
「……」
「僕も、あなたのことが好きです!付き合ってください!ユキナさん!」
言い切った。男の子として言い切った。
「……!!」
ユキナと呼ばれた少女は嬉しいのか、こくこくとうなずき、紅潮した顔に笑みを浮かべて、少年に抱き着いた。
「なるほど、それでおまえたちは、朝からイチャイチャらぶらぶ、べたべたしてるわけだな?おめっとさん。おめでたいから、もう少し離れてやっていてくれよ。うらやま……じゃなかった、甘すぎて口からなんかでるわ」
朝の教室。登校してきた生徒たちの、楽しそうな声が空間に満ちている。
そんな中、とても体の大きな男子生徒が、ぽやんとしたところのある少年に話しかけていた。
「え?いちゃいちゃしてるようにみえるの?えへへ」
加えて、その少年にぴっとりくっついて、少年の脇腹をつんつんし、嬉しそうにお返事をしてくる少女にも言ったつもりだ。
「べ、べべべべ別に、そこまでいちゃついてないよ!ちょっとユキナの笑顔がとっても愛おしく見えるようになったっていう心境の変化を、話しただけで」
「やん。フミくんってば。恥ずかしいよぅ」
ユキナという少女は、いやんいやんしている。
「……なんか恥ずかしがるユキナも、とっても可愛い」
フミくんと呼ばれた少年も、思わずユキナという少女をじっと見つめて微笑んでしまっていた。
「フミくん……」
「ユキナ……」
見つめあう二人は、もうお互いのことしか見えない。
近くにいる大きな人は見えない。
「だぁあああらっしゃぁぁっぁあ!!よそでやれぇぃっ!よそでっ!ピンクの空気だしてんじゃねぇ!」
思い切りよく男子生徒が立ち会がる。とても大柄なので、直立した熊みたいだ。
「きゃん」
「うわっと。急に立ち上がって両手を振り上げるなんて危ないじゃないか、笠薙!」
立ち上がった熊さんの風圧にやられたのか、わざとらしくよろめく少女ユキナ。
フミくん少年がすかさず抱き留める。いちゃいちゃだ。絶対に。
そこへ、綺麗な鈴の音のように、凛と透き通った声がかけられる。
「いえ、今のは笠薙君が正しいわ。ねぇ、あなたたち、朝から教室の中でいちゃつかないでくれる?とってもきついわ」
「あ、ゆーこちゃんおはよー」
「おはようございます、島澤さん」
そこには、今、登校してきた様子の女生徒がいた。姿勢がよく、品の良さが感じとれる少女だ。前髪ぱっつん黒髪ロングの古風な美少女である。制服がよく似合っており、胸も大きい。
「おはよ、二人とも。ということで私たち独り者にあななたちみたいな幸せ夫婦のべたあま空間は、毒になりかねないの。お願いだから自重してね?」
手に提げていた鞄の中から教科書や、文房具を取り出して机の中にしまいこみ、机横のクローゼットボックスに鞄を収納する。
「あ、ゆーこちゃん、今日のヘアバンドかわいー」
ユキナは前髪ぱっつん黒髪ロング美少女ことゆーこちゃんに抱き着いて、目ざとく今日の変化を見つける。
「人の話を聞いてね?川瀬皆八木さん」
ユニークな名前である。
「しかし、川瀬皆八木 雪那さんって相変わらずすごい名前だな。なぁ、衣津々、彼氏として、なんか由来とかきいてないの?」
そうだ、きけ。由来をきくんだ。
「うーん。告白をしあったのが、金曜の放課後で、土曜日にデートして、日曜日にユキナの家に遊びに行ったけど、ちゃんと表札に漢字で書いてあったよ?お母さんも優しそうな人だったし。あ、おじいちゃんは、盆栽が趣味だって。おばあさんは、お母さんと一緒にお赤飯作ってくれたなぁ。飼い猫のまーぶるは、とってもふわふわしてたよ!お父さんは、ゴルフに行っていなかったけどね!そういや、妹の椎奈ちゃんにはびっくりされたね」
「付き合ってすぐに、相手の家族へご挨拶とか肝が据わってるな」
「え、そうかなぁ?えへへ……」
えへへではない。告白というかプロポーズの間違いではなかったのだろうか。
「あ、そうだ!今度フミ君のこと紹介してって、お父さんが言ってた。でも今週の土日は、あたしがフミくんのお家に行くんだよね。だから来週でいいわ!」
元気よく少女ユキナが、にこやかにのたまう。
「ねぇ、この二人ってかなりアクティブよね。早すぎて展開についていけないわ」
ふぅ、と古風美少女がため息をつく。
「同感だな、島澤。ところで……」
「何?笠薙君」
大柄な熊さん、もとい笠薙君は、隣の席の綺麗な島澤さんに向かって言う。
「俺と付き合ってくれ!」
「いやよ」
「……」
ばっさりだった。いや、はっきりとは言えないが、そこはかとなく……。
「いえ、違うわね。もうちょっと……きちんと空気をよんでよね。乙女心は繊細な」
ほんの少し目元に紅を浮かせて、伏し目がちになりながら、もじもじとしている島澤さん。
そんな美少女島澤さんの耳元で、大きな笠薙君は小さく囁いた。
「俺の嫁になってくれ」
「!!」
笠薙の熊さんは、よりグレードアップした言葉を解き放った。
嫁である。古風美少女の島澤さんを嫁にしようというのである。羨ましい。
しかも魅惑の低音ボイスで、めろめろにしようというおまけ付きで。
その瞬間、顔を真っ赤にしてあうあうする古風美少女こと島澤さん。
「あー、ゆーこちゃんまっかー……何言われたの?」
「なんだかんだで、笠薙も度胸あるよねぇ」
先ほど、いちゃらぶするな、と言われていた側のフミ君だが、いきなり付き合ってくれ、と唐突に切り出す笠薙君に呆れていた。乙女心を考えて、素敵なシチュエーションで告白しないといけないのに、とか思っているに違いない。
「……なんだ、まだ反応なしか?ならば、もうひと押し行くか」
だが、意外におせおせというか開き直ったのか、笠薙君は、まだ追撃をかけるつもりである。鬼、いや、熊か。
「ちょ!ちょっとまって!そんな低い声で耳元で囁かないでって、ああ……」
「愛してる」
この男、やりおった。