開戦演説
「泣いていたな」トァザが言う。
「え?」
「いや、相手の闘技士のことだよ。これから開戦なのに、戦い辛い」
私には何の表情も読み取れなかったが、トァザはあの場で少女ティカの僅かな感情の機微を感じ取ったという。
アンダーは死体を好き勝手にするのが技巧整備士の愉しみだと言う様な口ぶりだった。おそらく一方的な性愛であり、闘技士ティカはアンダーを愛してなんかいないのだろう。
それもそうだ、あんな少女が中年に好き勝手されているなんて、考えたくもない。たとえそれが死体に注がれた霊素――人工の魂だとしても。
「私はあの技巧整備士が嫌いだ。勝って、あの闘技士を救い出そう」
「あぁ」
私とトァザはロータッチで手を打ち合い、開戦に備える。
❖
午後3時。
開戦直前。
気がつくと空にはドローンが飛び交い、闘技場の流れ弾に備える。『円卓』は闘技が行われる為、観戦席、来賓席、技巧整備士席に透明な防護壁が形成される。そして『円卓』の領空にまでそれは伸びる。
疎らだった観戦席は今や人が押し寄せ、ラザンノーチスとラバニスの戦争を見届ける。
首から下げた懐中時計を確認する。あと1分後に両国の国王が演説を行う。
闘技場に目をやるとトァザが準備運動をしている。太陽が照らす闘技場で黒い人工皮膚の中から寸分の狂いなく配置された筋肉と、それに絡み合う人工筋肉が鋭くしなやかに動いている。
視線に気付いたのかトァザは振り返り手を振る。私も微笑んで手を振りかえす。
そしてふと、ラバニスの闘技士ティカを見る。
先ほど見た大きな胸は小さく収納され、曲線美を描いていた全身は技巧の鎧で覆い隠されている。白い肌、白い鎧、オレンジの長い髪。全ては微動だにせず沈黙している。そこでスピーカーからノイズが漏れた。司会の短めな挨拶の後に、両国の開戦演説が始まった。
きぃん。と、僅かにハウリングした後、会場の騒めきは静まり収斂した。会場の観戦席は緊張とともに静かに傾聴している。
先ずは戦争をけしかけた挑戦者側、ラバニスの国王が演説を行った。
「第八国家、我が国ラバニスに生きる民と、第六国家ラザンノーチスに生きる民よ。今日は記念すべき日となるだろう。
第七国家ユグドに勝利してから1年。皆に良い知らせを伝えようと思う。
『ユグドは完全に手中に収めた』
これは『円卓』に集まってもらった皆に初めて公にする事実だ。以後、地図は七大国家として描き変えられ、ラバニスの文字は一層大きく刻まれるだろう。
しかし今日、我が国ラバニスはラザンノーチスに勝利を収め、後には全てを統治する。
技巧闘技士による単機最大戦力での戦争。国が軍を廃止して久しいが、最高技巧整備士団IDEAの開祖マルドゥック・ジャンヌダルクが提唱してきた国家統治思想は、我が国ラバニスが実現するであろう……」
会場はざわめいた。
ラザンノーチスの国民は不安を募らせ、『円卓』の観戦席の向こう側半分、ラバニスの国民は歓声を上げていた。色めき立つ愚か者共が、もう勝利に酔っている。
私は舌打ちをして目を閉じる。そして静かにラザンノーチス国王の演説を待つ。
「第六国家ラザンノーチスの民達と、第八国家ラバニスの民よ、混乱しているだろうが臆することはない。怯えることはないのだ。我が国は連合国であり、加盟している国には今回、来賓席に来てもらっている。
我が国ラザンノーチスは広大な大地に豊かな自然と健やかな発展を続けてきた。我が国が管理している発展途上国も少しずつ萌芽を出して、第九国家になろうとしている……
今日が天下の分け目だ。国民が一つとなり、団結し、ラバニスに臆することなく、どうかトァザを応援していて欲しい。
ラバニスの蛮行を許さない。第七国家ユグドを取り戻し復興させるつもりだ。
私は屈しない。
私達は屈しない。
ラザンノーチスは決して沈まない。この開戦によって勝利を収め、ラバニスの陽は落ちるだろう」
スピーチが終わる。私は拍手を鳴らして讃えた。蛮行を許さない……全くもって同感である。
ラザンノーチス側のざわめきは一旦は収まるが、不安は消えない。
通常、戦争によって決められる事は外交と発展途上国の奪い合い。しかし、ラバニスははっきりと告げた。『ユグドを侵略した』と。発展途上国ではなく、第七国家そのものを。
問題なのは『侵略』という言葉だ。『連合国になる』でも『統合した』でもなく、『支配した』と言う。これは『円卓』の歴史上初めての事であり、前例のない反逆だ。
「……」私は憤りを隠すこともせず、隣の空席を叩いた。「クソッ……!」
ラバニスはジャンヌダルクの名を振りかざし、八闘士国家を脅かそうとする。最高技巧整備士団IDEAの思想は侵略支配ではない。統治だ。曲解されて歪んだ正義を振りかざそうとするラバニスに対して、歯痒く思う。
アンダー・アーロンも技巧整備士であるならば、先程のラバニス国王の思想を否定するべきではないのか。……いや、きっとアンダー・アーロンもまた、腐っているのだろう。
混迷渦巻く『円卓』の中、絶対に負けられない戦いが始まる。




