午後の『円卓』 3
『円卓』はラザンノーチス技巧整備士の申請した3時間のメディカルタイムを了承した。
戦争時、一、二戦で勝敗が互角であり、かつ、闘技士が著しく消耗し、第三戦を迎えられない状況の場合受理される、施術に与えられる時間である。スピーカーから流れるメディカルタイムのアナウンスにラバニスの嘲笑が響き渡る。
辛酸を浴びせられる思いだが、そんなことを考えている暇はない。霊素安定剤をトァザに投与すると、補助整備士が腹部二箇所の止血と応急処置を行う。直ぐにラザンノーチス宮内にある私の家に車を走らせて、目的の物を取りに向かう。
ここから車を飛ばして45分。家に着くと門が自動で開く時間すら惜しくて、無理やり車で突進して蝶番を破壊し、こじ開ける。国民の税金で建てた家はここぞとばかりに広さを発揮して、私の工場である部屋にたどり着くまでがもどかしい。
埃を被って眠っていたトランク四つの中を確認して持ち出す。ズシリとした技巧が詰まっているため、女1人には辛い荷物だ。
――《ザルバニトー》。
私の生み出した問題児。
今の状況では、ただスペアに取り替えた所でラザンノーチスに勝利はない。かといって、これが上手く扱えるかは未知数だ。
私はトランク四つを引きずりながら、必死で車に積んで、来た道を戻る。震える指でハンドルを握りながら、頭の中では施術のイメージを掴む。
どうしたって賭け勝負。
スペアの技巧の方が安定しているだろう。トァザとの親和性も調節しなければならない。ハンドルを握る手が汗で滑る。アクセルを踏む足が竦んでいる。
「クソッ……っ! クソッ!クソッ!クソッ! ……しっかりしろフィリア・ジャンヌダルク!!!」
車内で叫ぶ。不安は消えないが、気休めでもいい。奮い立たせないと泣きたくなる。
闘う意志を無くしたら、技巧整備士は勤まらない。
国家の戦争を引き受ける二人。こんなんじゃ無敗どころではない。
❖
2時間経過、『円卓』に戻り、直ちに補助整備士がトランクを持ち出して、トァザの所まで運びこむ。――あと1時間。
「補助整備士は各トランクにある《ザルバニトー》の補助脳に動物磁器ケーブルを装着して。4つ全てが装着できたら私に伝えて頂戴」
私は補助整備士に指示を出すとトァザの第7頸椎にある補助脳を取り外して、霊素複製装置に取り付けた。次に、トランク四つに眠る技巧四肢、両腕と両脚を分解し始める。補助整備士が驚いて、『これから分解……! 間に合うんですか?』と訊ねる。
「間に合うわけないでしょう……! それでも勝たなきゃいけないの。…最後の、…最後の不戦勝のカウントギリギリまでには間に合うように力を貸して……!」
もとより間に合うなんて思っていない。私はただの人間だ。技巧整備士なんていう役職について、神に近い人間なのだと思い上がった事もある。
おかしな話だ。その時の失敗作、当時の私そのもののような問題児が、今になって必要になるなんて。《ザルバニトー》ねぇお願い。力を貸して――!
私は祈りながら《ザルバニトー》を分解する。そしてワイヤーの神経束を途中から切り取り、スペアのワイヤー神経束に接続する。次に人工筋肉を取り替える。右腕終了。大丈夫だ。残り時間36分。
「手が空いてる補助整備士はこの右腕をトァザに接続して。仮接続でいいわ、最終接続は私自ら行います」
次。同じように左腕、親和性の低かった《ザルバニトー》のワイヤー神経とそれに対応する人工筋肉を、親和性の高いスペアと取り替えるだけ。直ぐに左腕も施術を終えて補助整備士に引き継ぐ。右脚に掛かる。太腿の付け根の技巧を分解して行く。
『フィリアさん。動物磁器ゲーブルに補助脳を接続しました!』
「四つ? 全て完了したのね? 1番腕の良い補助整備士はその4つ全てを確認して」
私は1度手を止めて霊素複製装置を確認する。複製は完了していた。トァザの霊素も私に協力してくれているのだと信じて、気を引き締める。
「確認して問題がなければ随時複製して下さい」
再び右脚の分解を始める。残り時間24分。間に合え…!
右脚の技巧も同じようにワイヤーの神経束の取り替えと、人工筋肉の交換をして組み立て直す。
「右脚! 仮接続お願い」
ラスト。左脚が終わり、仮接続に回す間にトァザの右腕の最終接続を行う。次に左腕、右脚、左脚……残り時間3分。やはり間に合いそうにはない!
「複製完了した補助脳4つを、それに対応する技巧。各 《ザルバニトー》に挿入してください。」私はその間にトァザの第7頸椎に補助脳を再接続する。
《メディカルタイムが終了しました。両国闘技士は闘技場に集合してください》
「……っ」
全ての施術は完了した。しかし、ここからが正念場だ。今行った施術では、補助脳の『摘出』・『複製』・『追加』・『接続』を行った。
ここからが正念場。
やることは全てやった。後は適合することを祈るだけ。
私は『円卓』に対して祈り続けた。
現状を伝えることは出来ない。もし、トァザの施術は終了していること。トァザの霊素が安定するまで、もう少し時間がかかることを伝えてしまえば、『円卓』はその時点でラザンノーチスの闘技士が戦闘不可能であると判断し、敗戦を決定するだろう。
闘技場に目を向ける。禍々しい最終兵装を展開したまま、ユグドの王女は制止している。
私はトァザの右手を握り、祈る。
――お願い……目を覚まして、トァザ……!
❖
《第六国家ラザンノーチス闘技士トァザがメディカルタイム後も現れません。》
《このまま『円卓』に現れない場合、第3戦は無条件で敗戦と判断します。》
《その場合、1対2の戦績となり、第八国家ラバニスの2勝となります。》
《それでは30カウントを開始します。…28、…27、…26、…25、……》
カウントダウンが響き渡る『円卓』のラザンノーチス技巧整備士席で、私は震えていた。
負けてしまうの……?
お願い、起きて……!
《…10、…9、…8、…7、…6、…5、……》




