ベイッシュ討伐法
そんなこんなで太陽は西に沈んでしまった。
正確に言うなら、ここは異世界だから、太陽があるかどうかはモエルの知るところではない。あの赤く白く輝いているものが太陽だったのか、そもそも西以外に沈んだのかもしれないとか突っ込みどころがあるのだが。
馬車は町から見えにくい位置のとある木陰に留まり、夜を明かすことになった。
お泊り。
この世界でも睡眠は必要らしい。
馬車の荷台を慣れた手つきで柱や毛布を組み合わせた彼女らは、あっという間にテントのようなものを荷台に作り出した。
テント、そこで寝るというわけだな。
俺も御多分に漏れず、寝ることにした。
だが、野宿で。
「いい?絶対に覗かないでよ」
ミキは念を押して、馬車のテントから言う。
「ちょっと待ってくれ、追われているのは俺なんだから、俺が馬車の中に入るべきじゃあないのか?」
「え、本当にやめて、堂々とノゾキ宣言?デバガメ?」
「いやそうじゃなくて」
「つべこべ言うな!見張りしてろ!」
「わかってます、わかってますよー」
馬車の中に引っ込むミキ。
その代わりに、違う顔が毛布の隙間から出てくる。
「ごめんねー、まあこんな時でも男子と女子だし、ボクらは室内を、いや馬車内を利用するとするよ」
ミナモが無邪気に笑う。
そういう性別アピールをしたいのならば『ボクら』と言うのはやめた方がいいのでは―――と、つっこみたい。
俺は小さく起こしたたき火が、くすぶる丁度いい具合を見極めたくらいで、毛布をかぶる。
火の管理は俺の仕事、というか俺が火だしね。
かぶっている毛布から女の子のにおいでもするかなあと思ったけれど、そんなこともなかった。
むしろ食料だろうか、甘いにおいが漂っている。
まあ、いいけどさ。
異世界に来た、冒険だという高揚感が、体中に満たされていて、覗きとかそういう気分ではない。
ていのいい見張り番でも、何でもいい―――知らない草木の、知らない国の空気を吸っている。
この感情の正体を、まだ知らない。
「―――楽しい、のかな、もしかして」
いや………既にさんざんな目にあったし。
しばらく、星空を見上げる。
「………」
故郷と星の位置がやはり違う気がしたが、まあとにかく、空は黒くきれいなので、見入ってしまう。
星は動いているのだろうか。
あの月は、地球から見える月と別物なのだろうか。
星はどう動いているのだろうか。
じっと観察する。
そうこうしているうちに、人影が、音を立てないように近づいてきた。
「モーエール―くん」
小さな声だった。
ミナモが、起きてきたようだ―――昼間とは服装が違う。
「ごめんね、お客さんスペースはないのさ、ああ―――あの家ならよかったのになあ、色々と」
「いいよ、俺は新入りだし」
それよりも。
「あの女はいつもああなのか?」
「ああって?」
突っ込まれると困る。
なんとなく、共通の話題として出してみただけで。
別に、本気では思っていない。
ミキも、今ならぐっすり寝ているだろう―――悪口言い放題。
「いや―――ピリピリしているっていうかさ」
「ふふふ………ううん、まあ―――不器用な子だからね、規律正しいところにいられない子だし」
まあ、男の人は苦手なのかもしれないね―――と、付け足す。
そこは言葉を濁した風だった。
「誰に対してもああだよ」
「ずっと、ミナモと二人で旅を?」
「そうだね………うん。旅、と言うような恰好のいいものではないけれど」
ふうむ。
「でもまあ、本当にピリピリしているのは町の方だろうね、ギルドもそうだし」
「そうだな、マジで………なあ、ギルドっていうのはみんなああなのか?」
「極端な例だよ。でも、いろんな魔物がいるからね、ドグリーネは町全体の危機なんだ、災害みたいなものだよ」
「よっぽどなんだな」
「うん、ベイッシュ討伐法が適用されたみたいだし、モエルくんがあんな目にあったのは無理もないよ」
「ベイッシュトウバツ………それも、モンスター?」
新しい用語にうんざり―――は、しない。
異世界の新しい情報に、眼を煌かせる。
「これは法律だよ、町の法律。要するに、町からギルドに依頼が来たのさ。住民全体に被害が及ぶ、大問題だとされたら、個人が依頼するのではなく―――ああ、どちらにしろ個人みたいなものだけれど、町のお偉いさん、領主、稀にだけれど王族からお願いされる。ギルドに与えられる報酬も、ケタが違う………まあ、当然だね」
………重要な任務ってわけだな。
ギルドぐるみ、町ぐるみか。
「大型ギルドは特に影響が強いからね―――。お金だけの問題じゃない、困難なクエストであることは間違いない。上手くやれば町の人からも喜ばれる。『町人全体から信頼される立派なギルド』っていうことになるわけだ―――そのためなら荒っぽいことも辞さないのさ」
「だからって、あんなのひどいぜ」
「悪く思わないでくれ、っていうのも無理かな。最初はああじゃあなかったんだけれどね、どのギルドも、だんだん手段を選ばなくなった。うかうかしているとリグリグとか、そういうのに取られちゃうからね」
「リグリグ………?」
「他のギルドさ。ライバル同士、いい関係だったんだけれど、まあ最近は喧嘩と言うか、抗争に近い状態だね」
両手をだらしなく、投げだすように上げるジェスチャー。
「手柄の奪い合いさ―――、地位と名声と報酬。それがすべて。名誉、名誉だ」
「………なんか、大変だな」
ギルドというものは、モンスターを討伐したり、そういうことばかりするものだと思っていたが。
これではなんだか………。
「ミキなんかは、そういうのを嫌ったようでね、他にも結構いたよー、スインドを抜けた連中」
「………ミキも、抜けたのか?」
「ううん………」
ミナモは否定するではなく、空を見上げて、迷った風だ。
「ミキの実家に帰っていたのさ、畑もあるからそこで過ごした―――まあ、少し離れて―――で、時間が解決するかな、ほとぼりは冷めているかなと思って、戻ってきたのさ。モエルくんと会ったのは、そのタイミングだよ。で、直っていることを期待した―――ボクらだって心の底からギルドを嫌悪しているわけじゃあない。だけど、ボクらの遠征の間にまた、何かあったのかな。ひどくなってる」
俺は黙ってしまう。
参ったな、せっかく冒険の旅が始まるところだったのに、なんだか出だしからうまくいきそうにない。
その重い空気をはねのけようと、話題を変えてみる。
「ミナモは?同じ理由で抜けたのか?」
「ううん、ボクは特に理由なく」
「理由がない?」
「ボクは不器用だからね、規律正しいところにいられなかったのさ」
………。
なんか、なあ。
ばさばさ。
鳥が、近くの木を飛び立ったので、少し驚いて、そちらを見る。
ずぅんん、と、地響きがして、座っていた場所が揺れた。
木からまだ残っていたものが落ちてきて、地面すれすれでばさばさと、飛び上がる―――俺の目と鼻の先を通って行った。
こいつも鳥だったらしい。
まわりを注視する―――どこを注視すればいいのかわからなかったのであちこちを見ながら、問う。
「な、なんだ?」
ミナモは―――少し離れた位置の森を指差す。
森の中で、木と混じって動く、何かがいた。
暗いから、形状はあまり見えなかったが、球体に近い。
それは三階建ての建物ぐらいありそうな重厚さでもって、木を、ゆっくりかき分けて進んでいた。
巨大な影が、身震いする。
あの、日本で巨大なぬいぐるみのモンスターと戦ったときと、同じような事象だ。