俺が炎系だから何なんだ
割れた窓が地面を細かく叩く。
知らない鳥の鳴き声のような、不思議な音だった。
少なくともガラスではない―――まあ、ここは現代の日本ではない、違う何かの素材なのだろう。
俺は窓枠付近にしがみつくことはあきらめ、手のひらから炎を生み出して威嚇火炎をしつつ、飛びのく。
煙幕ならぬ、炎幕。
窓の破片とは離れた場所に着地しようと思ってのことだが、その心配はなかった。
ギルドメンバーは手のひらから何か、透明な衝撃を飛ばし、俺の掌炎が消え去る。
そして吹っ飛ばされて、転がるように着地。
路上に、往来に着地する。
「―――ぐっ」
商人が足を止めて、何事かと言う目で見ている。
「こ、怖いところだなぁ、いきなり攻撃かよ!」
俺は悪態をついて駆ける。
いったん引いて、体勢を立て直す。
二対一だろうが、売られた喧嘩なら買うスタイルである俺だが、なんだかおかしい。
様子がおかしい。
優しい人たちに見えたのに、どうして―――という混乱で、戦闘に踏み切れなかった。
背を向けて逃げる。
どうやら彼らは能力者―――俺とは違う、風属性の何かであると推測できたが………。
初めて会う。
戦い方もわからない。
「ビビってるわけじゃねえぞ!これはアレだ!戦略的撤退だ!」
俺が言い訳を述べつつ疾走すると、背後でぱしゃん―――、と液体が弾ける音がした。
町人が驚き、叫び声をあげる。
俺は逃げつつも、小さく振り返って、見る。
さっきで合った少女が、透明な液体を振り回し、ギルドメンバーの前に立ちはだかっていた。
振り回す。
水を振り回す。
それは思ったよりも重量感が感じられる攻撃だった。
サッカーボールよりも大きい水球を、振り回す動き。
振り回すというよりも、彼女が振り回されているくらいだった。
その動作は、オリンピックの映像の、ハンマー投げに似ていた。
「ぐあっ!」
ギルドの男の、一人がハンマー水球を受け、スッ転んだ。
透明な液体は日光を受けて多彩にきらめき、その飛沫が俺の頬にかかった。
唇に触れる―――が、味がない。
これは水か?
水属性の少女、ミナモはちらりとこちらを見た。
目が合う。
成程、俺は炎系だが彼女は水か―――頼りになるぜ。
俺は水は、全然扱えない―――泳ぐのも苦手だった。
できて畳の上の水練だろう。
「こっちよ!」
町人の間から、今度はミキの声が聞こえたので、俺は跳ね起きるように走る。
人ごみに紛れることができた。
待ちやがれ!と言うギルドメンバーの頭部とフードに水がばしゃりと掛かり、吹っ飛んだ。
液体だが、ミナモーーー彼女はそれをハンマーのように振り回し、攻撃している。
俺はミキに手を引かれるままに、逃走する。
悲鳴、液体が弾ける音が遠くなっていく。
「恩に着るぜ………いや、俺一人でもなんとかなったけど」
「いいから早く!姿勢を低くね!」
「声がでかいぞ………」
「頭がおかしい連中め!いきなり態度変えやがって!」
逃げ切った後、三人は合流し、町はずれの畑しかないような場所に、馬車を止めていた。
農具を治めた小屋があるので、街からは見えないはずだ。
「俺が炎系だからって何なんだ?差別主義者が。そういった考えが人々を争いに導いてだな―――」
俺が再び悪態をついて、ついてから二人に視線で説明を求める。
二人は目を合わせて、しかし説明はしない………わからないのだろうか、この世界の人間にも。
何故か脳裏に、あの女が、自分を振った女が浮かぶ。
炎系の不遇があったからだ。
思い出した自分が嫌になる。
「お前たちが言ったとおり、立派な大型ギルドとやらに行ったよ!そしたらなんか知らないが追い出されたんだけど、どういうことだ?」
二人に対して怒鳴る。
怒りは故郷を思い出す俺の弱さを振り切る、振り払うためのものだった。
「―――もしかして、俺が道を間違えたのか?だとすると違うギルド―――?」
「いいえ、あそこはスインドで合っているわ。町のお抱えの大型ギルド」
「間違ったのはたぶん、タイミングだね、ドグリーネが出ているんじゃないかな、ミキ」
「そうね、確かにそんな時期よ」
二人の表情が、明るく、とは言わないが謎が解けたような光が差した。
どぐりーね?
なんだか聞いたことがあるような、さっき………。
「なんなんだよ、説明してくれ。そのドグ・リーネさんなんて俺は会ったことがないぞ、どのギルドの人だ?」
「何を馬鹿なことを………ドグリーネはモンスターよ」
馬鹿ですいませんね、そんなこと言ったって俺はこの異世界に来たばかりだから知らないんだよ。
しかし、モンスターだって?
能力者と言うのは聞いたことはあるが、そうか、怪物もいるのか。
「町で噂になっていたし………毎年この時期に出てくる厄介なモンスターなんだ、ドグリーネはこの地方では有名なんだ。今年は特に被害がひどいらしい。だから炎系能力者を集めていたんだ」
「炎系能力者を?なんでまた………」
「ドグリーネの弱点は炎なのよ。結構な数の能力者がいれば、山に返すことは容易いわ」
そうミキが言ったところで、状況が少しわかってきた。
つまり………。
「つまり俺の、炎が有効だっていうんだな?厄介なモンスターを倒そうと、ギルドが俺の力を欲しがったと」
「そういうことね………」
「なんだよ!そういうことなら、言ってくれれば………!」
あんな襲い方をしなくてもよかったじゃあないか。
そうだよ、攻撃されたんですけど、風属性で。
初期の戦闘イベントだったんですけど。
あれは熱烈な歓迎だったのか?
「多少ケガをしてでも、させてでも、ギルド内に………スインドに閉じ込めようとしたんだろうね、他のギルドに取られる前に」
ミナモが何ともないような顔で言うから、俺は苛立って、尋ねる。
「………それを、なんで教えてくれなかったんだ」
「ボクらはあそこには最近出入りしていなかったから、知らなかったのさ。ああ―――そういえばギルドに行けって言ったのはボクだったね、ごめんねモエルくん。悪いことが重なってしまったと思って、受け入れるしかないね。まあ追手から逃げるのを助けたわけなので、チャラっていうことにならないかな、あっはっはー」
半笑いでごまかそうとするミナモ。
俺は呆れるしかない。
とにもかくにも、モエルのギルド入団は、初回に関していえば、失敗に終わったのだった。