ギルドに到着
その頃、ひと通り、しょうもない言い合いをし終わって、すべてをぶちまけあったふたりは、モエルを探して街を走っていた。
「モエルくん!あれ?どこに行ったのあいつ?」
「すっこんでなさいとか言ったのはミキじゃないのかい」
「見せもんじゃないわよと言ったのよ、私は」
同じことでは………と呟くミナモ。
「あっ、ちょっとそこのおじさん!あのー、男の子知らない?炎系で、でも湿っぽい、女々しい性格をした男の子なんだけど!私たちとそう齢は変わらないわ」
「んん?ああ、性格は分からないけれど―――なんだか釈然としない風な表情の男の子だったら中心部のほうに歩いていくのを見たよ」
「っ!本当に?ああもう、追いかけないと。なんで勝手にふらふらするのよ!」
壮年の男は呆れ顔をする。
若い炎系能力者の心中も、なんとなく察する。
自分だって喧嘩をしている二人がいたら近づきたくない。
ましてや女の子同士の喧嘩など、なんだか聞いていて、苦痛とは言わないまでもしんどい。
いけないものを見ているような気になる。
「ミキ、この道を行ったっていうことは、集会所の方だよ。ギルドもある」
「この道沿いならスインドね!ちゃんとそこにいなさいよ、モエルの奴!」
馬車を急いで進ませる女の子二人を見て、少し表情がほころぶ。
待てよ、炎系能力者と言ったか?
男が怪訝な顔をした。
巨大戦闘ギルド『スインド』の建物の中で、モエルはきょろきょろしていた。
挙動不審だった。
ライブ会場のように人が多い。
光る棒のようなアレを持っている奴はいない。
アレって正式名称は何なのだろう。
サイリウム、だったか。
代わりに、武器を腰に下げているものは、何人かいた。
体育館のような空間に、橙に、暖かな色の照明。
「初めてだったら『メッセンジャー』に会いに行きな!」
と見知らぬ親切なおじさんに言われ、受付のお姉さんが二人、並んでいるところにたどり着く。
大木を切り抜いたものらしい、半円のテーブルがあった。
しかし書類や、人同士の手続きを見るに、やっていることは市役所の受付のようなところだ。
お姉さんたちと目が合った。
その目の色が―――黒目ではあるのだが、淡さが日本人ではないことを告げる。
まわりの連中もそうだ。
人種がばらばら、いや世界がばらばら。
それでも同じテーブルで酒を飲んだりしている連中がいて、混とんとした、しかし団結がある。
自分はまだ、その中にはいない。
「あのう―――オレ、ここ初めてなんですけれど―――」
モエルが言いかけると、受付お姉さんは姿勢を整えた。
「はい、勇者でしょうか?能力者でしょうか?」
当然のようにそんな風にこたえられるものだから、ああ、本当にここは日本ではないのだなという、妙な安堵を覚えるモエルであった。
いや、驚くべきことなのだが。
「………能力者です」
「この用紙にご記入ください」
一枚の羊皮紙―――と言うのだろうか。
ややごつごつした手触りの紙を渡される。
記入事項はNAME・名前、性別、年齢(旧世界)、属性―――などなど。
「旧世界っていうのは、二ホンでの年ってことですか」
「はい。世界移動の儀式を受けたときの、年齢です」
儀式………。
「異世界のモンスターとの戦闘です。自分よりはるかに巨大なモンスターと戦うことができなければ、この世界ではやっていけません」
「ああ、そういう―――アレのことか。クマかゾウみたいな………」
「魔王を倒すため、そのために能力者を異世界からスカウトするのです。その役目を担う者たちが、日本にわたっています。近くに審査人がいたはずです」
登録申請の紙をにらんでいると、そんな説明をされる。
あのホームレス風のじいさんのことか………。
するとあの人は、この世界の人で、日本人じゃあなかったのか。
「はい、書き終わりましたよ―――趣味と特技も書きましょうか?」
言いながら、お姉さんに紙を差し出す。
もしかしてハンコとかいるのかな、まずいな、だとしたら家においてあるんだが―――などと言う心配の種が生まれたが、市役所じゃあるまいし、大丈夫だろう。
「お預かりします―――」
お姉さんの眼が、くわっ―――と見開かれた。
毒薬でも飲んでしまったかと疑うようなくらいに、眉が吊り上がる。
そのまま硬直。
「ど、どうしました?やっぱハンコとかいるんスか?」
「あの―――『モエル』さま、この属性が『炎』というのは---?」
そんな質問されたから、俺は何気なく、人差し指を立てる。
指先に、こぶしほどの大きさの炎をおどらせる。
「いや、炎で合ってますよ―――ホラ、こんな感じで―――」
ボボボ、と火が空気を舐める音が響く。
部屋に響き渡る。
おっと、音がうるさすぎたかなと思い、周りを見回す。
そして俺は気づく。
ギルドのメンバーたちが、俺を見ている。
注視して、黙っている。
だから炎の音が大きく感じられたのだ。
室内に響く、ぼぼぼぼ、と言う音と、百を超える俺への視線。
それだけが響く。
「え、えっと―――あれ、みなさん………?」
モエルは言いようのない不安に戸惑う。
空気がおかしい。
言い終わるかどうかの時に、男が三人、四人、俺の周りを囲んだ。
受付のテーブル側からも、屈強な男が身を乗り出し、俺を両手でつかもうとした。
服に触れられるところまで迫ったが、それを何とか躱す。
次いで、囲んだ方の男も、俺に手を伸ばした。
モノをひったくるような、それは乱暴な手つきだった。
「―――『爆宙』!」
俺は両足に炎による爆発を起こし、ロケットのように飛び上がる。
男たちは眼下で衝突を起こした。
二階のおおきな窓の桟に捕まることに成功した俺。
だが、しかし、なんなんだ。
『下』がざわつき始めた。
「『炎』だ」
誰かが呟くと、それは波紋のように広がる。
「なんだ、あんたら!俺に何のうらみがあって、捕まえようとする!俺は異世界から来たが、悪いことはしてねえぞ!まだ!」
「騒がしいぞ!お前たち!」
ひときわ大きな声が、あたりに響く。
階段を上がった、二階にいた暗褐色のマントを羽織っている男だ。
彼は窓にしがみついている俺と目が合った。
気まずい。
偉い人だったらどうしよう。
「なんだその男は!初めて見る顔だ、彼が何かしたのか!」
「い、いや―――俺はこのギルドに入ろうと思って、申請を―――」
「ロヴローさん!」
受付の女性が彼に呼びかける。
「彼は、今日初めてここに来ました、ギルドに入りたいそうです」
「ふむ、客人じゃあないか、何をやっているのだ、お前たち!」
ロヴローと言う男は周りを制する。
姿勢を正し、俺に向き直る。
やや老けてはいるが歴戦の兵士、と言う雰囲気で、渋い。
不覚にも、ちょっとカッコイイなと思ってしまった。
「スインドのギルドの若い者が失礼した。気を悪くしないでくれ、どうも初めての者がいるとはしゃいでしまう馬鹿者がいるようだが―――」
「ロヴローさん!その男、炎系能力者です!」
「なんだと?それを早く言え!ガキを捕まえろ、奴らに渡すな!」
ロヴローが俺を指さして怒鳴り散らすと、眼下にいたギルドの者たちも目を血走らせた。
叫び、怒号、何人かは武器を構えだした。
俺は窓の桟にしがみついたまま、何が起こったのか理解が追い付かなかった。
下から、二人のギルドメンバーが飛び上がってきて、俺の眼の前にばさり、と浮遊した。
風の音が聞こえ、俺の肌を叩く。
風圧に思わず細めた視界から、つり下がっていた照明が、揺れるのが見えた。
「なんだ―――いったいどうやって………?」
うろたえる俺に向かって、掴みかかるギルドメンバー。
「ぐっ---!」
窓が割れる音が、あたりに響いた。