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日本ではないのか

「へえ―――、じゃああんた、本当に能力者なんだ」



彼女は馬車の上で、手綱をひき、馬を前に進めながら喋る。

話しかける。

燃絵流はと言えば、見知らぬ人間と慣れない馬に緊張していた。

そんな燃絵流に対して、彼女は道を見ながら、話しかける。


「じゃあさぁ………水?雷?」


「へ?」


「だから、ミズか、カミナリか、って聞いてんの、属性よ、属性」


あんたの属性―――と、少女は問いかける。

俺はその質問を受けて、黙る。

たじろぐ。

一歩後ずさり、何ならよろめいた。


能力者であると聞いて、別段驚きもしない………と言うか、なんだろう、この女の子。

この娘の雰囲気。

俺はと言えば、初めて乗る馬車、まったく暴れることなく黙々と歩を進める生き物………馬の背中を見て、驚きと興奮………いや、新鮮さが入り混じったような、不思議な感覚にとらわれていた。


ブラウンの長い顔の馬。

馬が先頭、その後ろにこの女と、俺が並んで座り、後ろには荷台がある………。

積み荷が張られた布で覆われている。

帆船のマストを思わせる―――その陰に、食料や、結構な量の、毛布だろうか………雑貨が載っている。

旅に使う道具を運んでいる彼女。

旅商人か何かなのだろうか。

そう、あたりをつける。


「―――俺が、能力者なことに、驚かないんだな、あんた」


尋ねてみる。


「そりゃあ―――珍しいことじゃないもの、この世界では」


「この世界………?」


「あんた、違うところから来たんでしょう?『ニホン』っていう、島国から来たんでしょう?私は知らないわ、そんな国………でもね、能力者はみんな、そこから来るのよ」


彼女のそれは教科書を読み上げるような口調にも似ていた。

知識として、豆知識として知られている程度の―――。

そんな印象を受けた。


「………どこだ、ここ」


少女の奇天烈きわまりない話を真に受ける、と言うほど素直ではない。

しかし、現実問題。

燃絵流には、気になることがあった。

重要なことだ。



さっきから―――見覚えのある風景がない。

ここは、外国?

燃絵流は生まれてからこのかた、国外に出た覚えがない。

修学旅行は確か、沖縄だった。


なんだか嫌な汗が出てきた。

いや、まずい。

まずいっていうか―――怖すぎるだろ、これ。

え、ホラーなの、ナニコレ。


「ここはなんて国だ―――ええと、あんた………」


「ミキよ」


「ミキ………?それってどこの国だ、どの辺にある?」


「違うわ、ミキは私の名前よ」


これは失礼した。

うん?

意外と日本風な名前、だが………。


「ええと、で………ミキさん、あんたに『質問』だ―――ここはどこだ」


「ちょっと待って、あんたは?名前」


「俺は燃絵流。火曜日燃絵流―――日本から来た」


「『モエル』………?」


「ああ、モエルでいい。俺は―――どうやらもう、あの公園にはいないみたいだな。本当にどこなんだよ、ここは」


「道よ、何もないでしょう」


そう言われては返す言葉もない。

確かに田舎道だった。


田園風景、と言うべきか、十八世紀のイギリスあたりの農家が、こんな風景ではないだろうか、広がる畑と積まれた牧草らしきものも、ちらほらと見える。

道中、見える木々、その蔓草(つるくさ)をとっても、地元で見たものとは似つかなかった。

日本原産じゃあ無さそうな植物だ。

この世界、柿の木とか、ぜったい無さそう。


場所は完全に変わっている―――異世界なのは本当なのか。

すると、変な形のバケモノと戦ったことも―――あれは、夢?

わからない。

あの、小汚いおっさんは?


「世界に関して、気にしないほうがいいよ―――あんたも、この世界に来たのなら、戻ろうとは考えないことね」


「戻れない………?」



日本に、戻れない。

女の横顔が脳裏に()ぎる。

あのアパートから出ていった、彼女のことを思った。


………っ、あんな、女。

見た目は確かに良かったから、不覚にも最初に惚れてしまった、自分を恥じる。

感情でものを言うだけの、乱雑な、無責任なあの女に。

思い出すだけで疎ましい。


「あんな、クズ女………」


呟く。


「ちょっと、誰がクズ女よ」


びっくりしたような声色だった、ミキがツッコミを入れてから俺は、気づき、


「え?………ああ、いや、違うんだ、あんたは、あんたのことじゃあない」


「なによ、私のことがイヤならイヤって、言いなさいよ、はっきり。あんたも私のことをヘタレ勇者だって馬鹿にするクチ?」


べつにそんなことは………そんなことを、そんな会話があるのか。

そもそも俺は勇者を初めて見るから、知ったことではない。


「ええ、今はそうよ、その通り………!実家の畑の手入れをしてきたわ―――でも私だってねえ………ちゃんとした仲間が、メンバーさえ揃えば、魔王討伐くらい………」


ぶつぶつと、しかしとめどなく喋り始める。

どうやら彼女の気に障ったようだ………。

だからあんたじゃないと言っている。

しかし―――、勇者?


「勇者なのか―――、あんた」


勇者って、あの勇者?


「あの勇者って言われてもよくわからないけれど―――とにかく私は勇者よ。そうよ―――仲間を集めて、魔王を倒すの―――そのために旅をしているのよ」


「ま、魔王を!」


「なあに?怖い?魔王を倒して、この世界に平和をもたらすのが怖いの?」


「まさか!」


魔王討伐!

なんという、心が燃える響きか。

知らない世界に来たことに戸惑いの渦中だったが。

しかしこれだ、俺はこういうものを待っていたのだ。



「いいの?元の世界に、平和な国に帰りたくないの?」


「いいんだよ、女にはフラれるし、能力者だってだけで、白い目で見られるし―――そもそもあんなところ、暇すぎてしかたねえぜ」


「あんたさ、『ニホン』には帰りたくないの?」


「そりゃあ―――帰りたい、けど………」


いや。

あの故郷に、生まれ育った町に―――。


「帰ってどうすんだよ」


「え?」


「帰ったら、二ホンに何があるんだよ」


そうだ、あんなところ。

みんな面白くねえ。


「炎なんか使えたって、暑苦しいだけだの見た目だけだの、物語の序盤できついだのニビシティとハナダシティではまるで役に立たねえだの、好き勝手言ってる、あいつら―――何より………」


「何より………?」


「………いや、何でもねえ、ここはどこだ、私は誰だ」


「あんたはモエル、なんでしょう?とりあえずよろしくね、モエル!」


「ん………」


「はい」


女は―――ミキは、手を出す。

すっ―――と。

俺の腹のあたりをめがけて、手を伸ばした。

ええと、なんだこれは。


「え、なに?この手は」


「何って、お金よ。リーデ!馬車代!私の馬車の代金!町までは送ってあげるから、感謝しなさいよ!」


「はぁ?」


俺は面食らう。

こ、この女………!


「なによ、あんたの国―――『二ホン』では、馬車はタダで乗れるもんなの?」


「いや、馬車っていうか………ほら、タクシー?は、そりゃあお金が必要だけれど………いきなり金の話かよ!」


「払えないの?」


俺が右往左往―――ではないが狼狽えていると、ミキの目つきが険しくなる。

うっ………なんだかこっちが悪いことをしている気になってきた。

実際ただ乗りしているのは俺なので強く言えないのだが、で、でも………こんなの詐欺だ!

クーリングオフできねーの?



「か、金はない!」


「はぁ?」


「い、いや………あるにはあるけど、千円札とか………でも『ニホン』のだから使えないかも」


「―――ああ!そ、そうか、そうよね………」


俺の財布事情を察したのか日本から来る者について知っていたのか、まあ雰囲気で俺に金の当てがないという事は察したのだろう。

俺はカモられた立場だったが、彼女の落胆を見ると、なんだかこっちが悪いことをしたような気になるのは何故でしょうね。


「あのう………」


「―――町に着いたら、降ろしてあげるわ」


「………」


現実から離れて、特別な世界に来ることが出来たと思った。

だが、こんなことになるとは。

日本も厳しかったが、異世界もまた、厳しい。


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