馬車の上の少女
燃絵流の目が覚めると、そこは知らない道だった。
知らない天井ではない。
天まで抜けるような青い空であり、天井などどこにもない。
彼が仰向けに寝っ転がっているのは知らない場所、ではなく知らない道、もっと言えば―――いや、説明しようにも、周囲に目印のようなものは一切なく、ただの田舎の山道であった。
建造物が見えない………木しかない。
「………」
燃絵流は、呆然としていた。
木と畑と、茂み。
水色の遠景には頂上が雪の覆われた山が存在している。
田舎道、だが。
自分の記憶に、こんな道はない。覚えがない。
「祖父ちゃん家………の辺り」
記憶の中で、かろうじて似た風景を見つける。
一番近い風景である場所を口に出して、そしてそれを起点に考えをめぐらそうと思ったが、それでも無理がある。
ううむ、どこだろうここは。
やはり覚えがない。
舗装されてもいない、乾いた土の道路、ゆるい坂、緑、馬の足音。
茂みがそよかぜを受けて言い囃す。
ここは初めて訪れた場所だ―――と。
どこか遠い場所―――そう、外国ではないかと思った。
それくらい、記憶のどこにも引っかからない。
考えを構築し始めることすらできない。
「目が覚めたら病院のベッドの上だった―――っていう経験なら二回くらいあるんだけれどな」
まるで記憶に引っかからない風景だ。
誰も知っている人間がいないし。
だが誰もいない―――のは、好都合だった。
もう少しストレス解消をして見る必要があった、大声を出して叫びたい時が、男にはあるのだ。
おあつらえ向きに大自然だ。
誰にも文句はかけまい―――息を吸う。
「やっッ………ほぉォオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!」
言ってから、素早く耳に手のひらを―――親指を付ける。
やまびこは返ってこないようである。
ふうむ。
ふうむ………まあ山や谷ではない、見たところ平地で牧草地帯といった感じだった。
笑えるぜ。
いや、笑い事じゃねえけど、ちょっとどこからツッコめばいいか………わからない。
移動したのか?
場所を………?何時だ、寝ている間に、寝ぼけてってぇことか?
この場所の件はとりあえず置いておいて、過去のこと、最後の記憶をたどり始めよう。
そう思った。
「ッ!そうか!バケモノ!変なバケモノが痛んだ!痛かった!いや、バケモノを俺の炎で倒して―――倒したはずだが、まさか負けたのか?俺は………だからこんなところに?」
危機的な記憶がよみがえる。
とっさに服のあちこちを、手で触れる―――ケガはない。
ケガはないようだが、自分の動作でさらに思いついたことがある。
盗難は?
眠っている間に何か、されなかっただろうか。
まったく、どうして眠ってしまったのか………。
まあいい、もう一声言っておくか。
何か考えてばっかりもつまんねーし。
ええと………
ようし!
「アツコのォッ バカヤロォオオオオオオオオオオオオオ―――ッ!」
「ちょっとあんた」
後ろからしたのは、女の声だった。
俺は、顔を上げる。
馬がいた。
馬車があった。
馬車の上から、女が自分を見下ろしていた。
「………はい?え、俺ですか?」
「あんた以外に誰がいるのよ、道のど真ん中で、まったく―――いい度胸じゃない」
言われて、自分の周りを見渡す燃絵流。
なるほど確かに、道のど真ん中で寝っ転がるような、だらしない形で座っている自分は、馬車の通行の邪魔であった。
「ああ―――ご、ごめん」
慌てて立ち上がり、退く。
ふん、と鼻を鳴らす少女は、肌の感じ―――艶からして、だいたい自分と同じくらいの年に見えた。
ぱから、と馬が足音を鳴らし、隣を走っていく。
馬車である。
本当に馬車だ。
ブラウンの毛並みが静かに歩を進める。
間近で見るのは初めてである。
―――馬車は、脚を止めた。
「ねえあんた―――」
少女は目を見開き、火曜日燃絵流を見る。
見つめる―――見つめあうというよりも。
身体全体をなめ回すような視線だ。
服が―――と、少女がつぶやいた。
服。
そういえば、少女の服装は見覚えのない、外国のもののように思えた。
ワンピースに見えなくもないが、見たことのない様式だ。
知らない言語が、文様として描かれている。
縫製がはっきりと見えていて、日本で市販されているものとは大きく違う。
異なる
少女が平坦な口調で言うそれは、日常的な会話のようだった。
「もしかして、あんた―――『能力者』だったりする?」