俺より熱い奴がいるのかよ
炎系能力者、火曜日燃絵流に対して振るわれた怪物の腕は、それこそレールの最高高度から駆け降りるジェットコースターの如き勢いで、振り下ろされた。
攻撃に、容赦のなさが存在し燃絵流は確かな恐怖を覚えた。
恐怖を覚えたのだ。
化け物染みた、攻撃。
化け物なのは、事実。
実際その通りで、他に言い表しようがないことなので、仕方がない―――真横を通り過ぎる巨大な腕を見やりながら、燃絵流は思う。
「ぬぐっ………!」
燃絵流は、炎を巧みに操りバケモノに応戦する。
怪物の腕をさばく。
敵の腕は、見きれない速度ではない。
ただ、振り回すたびに燃絵流が揺れる、揺さぶられる―――
風圧。
怪物にとって彼の意思は関係ない。
襲われたなら、対応しなければならない。
彼の周りを湧き上がるマグマのような炎が、煙幕の役割を果たす。
怪物の、視界から攻撃目標を消失させる。
異形の怪物の視界を、霞ませた。
霞ませて、眩ませた。
火山から吹き出す噴煙のように。
怪物は飴玉のようにくすんだ瞳を歪め、狼狽える。
「なめんなよ、っテメエ!」
燃絵流が手を振り上げると、それに連動し、公園の中を炎が渦巻く。
風呂場でお湯を腕でかき回すイメージである。
慣れたものであった。
旋回するごとに、炎は激しさを増し、強くなる。
「今日の俺の火力は一味違うぜ、バケモノ―――」
公園で現れた怪物。
その身長は燃絵流の現在通っている高等学校の体育館に比肩する高さであり、その点を鑑みても紛うことなき異世界の魔獣であった。
形状は地球上の大型肉食動物に似ていなくもないが、クマやゾウに似ているような、混合獣であった。
不細工なぬいぐるみを連想させる。
だが、解せない。
こいつがどこから現れたのかもわからないし。
何より、こんな気分が落ち込んだ日に限ってこんな意味不明なトラブルに巻き込まれる意味が解らない。
俺の容量を超える。
「どこの馬の骨のモンスターだか知らねーが!貴様のような存在には、人の『心の痛み』は分からないだろうよォ」
それは、敵を煽るための、挑発ではなかった。
自身に発破をかけるための強がりでもない。
「ましてや、俺がフラれた時の気持ちなんか!わかるはずがねえよ!」
心の底からの、叫びだった。
火曜日燃絵流は、確かに怪物に対して恐怖を持っていた。
だが、その恐怖よりも、女が出ていったショックの方が上回った。
「喰らえ!バケモノ!『超火炎祭り』!」
旋回に旋回を重ねた炎が、目標をバケモノに定め、飛来する。
『超火炎祭り』。
それは火曜日燃絵流の、最大級の必殺技である超弩級の、大型火球である。
動きが緩慢なバケモノの胴体に、巨大火球が命中。
小型の隕石ほどもある(と、俺は思っている)壮絶な威力。
炎上、爆炎、爆風。
運動公園内に衝撃が炸裂して、怪物は野太い悲鳴を上げる。
ワンカップ酒を片手にした小汚い男は、目を細めて、しかし冷静に、それを、爆発を見つめる。
「―――ふむ」
「ぜっ、ぜぇ、ぜぇ………!ざっはっぁ! はっはあ!」
燃絵流は息を切らした。
能力に目覚めた全盛期よりも、体力が落ちている。
彼女に、女にうつつを抜かし、その女に尽くし、炎魔法の修行をおろそかにした時期は、確かにあった。
修行をおろそかにした。
自分の炎能力は最高ではない。
そして彼は、それで構わないと、思った。
そんな自分で構わないと思ってしまった。
「ざ、ざまあみろが―――ざまあみろが、熱子!」
彼は燃え盛り、怪物がよろめく前で、共に過ごした女の名を叫ぶ。
バケモノの名ではない。
燃えるように、炎のように惚れていた女の名を。
喉から、咆哮。
「熱子ォ―――ッ!どうだあ!俺の、この俺のどこがガスコンロより弱いんだよ!戻ってこいよアツコぉおおおおおおお!俺より熱いやつがいるのかよぉおおお!」
号泣する。
号泣した涙が、肌のぬくもりで蒸発する。
彼は錯乱し、もう怪物の様子など見向きもしない。
彼は失恋のショックを自身の炎魔法にエネルギーとして加え、いつもよりも狂気じみた破壊力を生み出すことに成功したのだった。
「ふ、若いな………あんなに、敵から目を離すもんじゃない。情けない………」
本当に情けない男を、フラれたばかりの男を涼しい眼で見つめながら、小汚い男は言う。
「―――だがまあ、結果はまた、別の話。………『合格』だ」
小汚い男が手のひらを合わせ、何事かを唱える。
日本語ではない。
この地球上のどの言語とも異なる、しかし明確な意味が込められている、何か。
すると、魔獣の真下に、魔法陣が現れる。
のたうち回っていた魔獣が、公園から消失した。
「ていうか、なんで失恋したその日にバケモノと戦うんだよォ、戦わなくちゃなんねーんだよォオオオオ!」