炎のような失恋
火曜日燃絵流は、炎系能力者だ。
強力な炎を手のひらで自在に操る、能力者だ。
中学生の頃に能力に目覚めた。
そんな彼だが、今日はちょっとした事件が起こる。
それまで付き合っていた彼女にフラれたのである。
ちょっとしたどころではない。
彼にとってはかなりの大惨事だった。
彼は今夜の夕飯として美味しく作るはずだった炒飯を炒める際に、自身の能力を使ったのだ。
ほんの出来心である。
料理というものは、いつものように作ってはつまらない。
面白くない。
そう考えての行動だった。
炎系能力者だった彼は、ちょっとだけ調子に乗って、持ち前の特殊能力、火炎操作を使い、魔法の強火で炒飯を炒めたのだ。
しかしながら、ひとつ誤算があった。
フライパンを熱した炎は火加減を誤り、炒飯をくずれた泥団子のようなお焦げに変えてしまったのだ。
彼はそれでも、美味しくするための努力なのだから自身に落ち度はないと信じて疑わなかった。
これはこれで美味しいよ、とフォローっぽい言い訳を付け足しながら(実際おこげは美味しいのである)皿に取り分け、彼女の前に置いた。
これが運の尽きだった。
彼女は激怒した。
「ガスコンロ以下よアンタは………マジ、信じられないんだけど?」
信じられないから帰る。
そう言い放った彼女は、自身の鞄をかっさらうように手に取り、アパートから出ていく。
一人残された、燃絵流。
机には二皿の、あんまりインスタ映えしないお焦げ炒飯だけが残された。
走った。
彼は走った。
走った。
しかし彼女を追いかけたわけではなかった。
孤独に一人で走ったのである。
一生懸命やったのに、惚れた女の前でちょっとカッコつけたかっただけなのに。
俺が悪い要素ないじゃん。
ていうかあいつ、あの女なんなんだよ、性格悪すぎ。
もういい、もういいよ。
孤独になりたい。
一人になりたい。
一人の方がマシなんだよ、あのクズ女と一緒にいるくらいなら。
涙を流し。
その涙はすぐに蒸発する―――炎系能力者は体温が高いのだ。
それまでも度重なる女のワガママに疲弊していた彼は、リミッターが外れたように走り、走って走って、誰もいない公園にたどり着く。
午後九時過ぎの、やたらと運動公園。
周囲に人がいないことを確認もせず、炎を操り、巻き上げ。
炎が、踊る。
理由はないが、しいて言えば面倒になった。
やけになった。
やけになって―――大気を焼いた。
何か焼きたくなったが、世の中を焼きたくなったが人様に迷惑をかけたくない。
彼の涙が、蒸発し、大気をゆがませ、蜃気楼を形作る。
嗚咽が止まらない。
ここなら泣き叫ぼうが木に五寸釘を打ち込もうが、構わないだろう。
「―――クズ女がァ!じゃあてめーが作ってみろよ、畜生!」
乾いた叫びが。
魂の叫びが。
田舎町のやたらと広い芝生の運動公園を散らばった。
涙とともに。
公園に飛び込んだのは、家を焼いてしまう危険性がないためだ。
―――今の俺は何するかわかんねえ。
そう思った。
頑張れ、負けるな。
火曜日燃絵流。
誇り高き炎系能力者よ。
女なんてみんなそんなもんだ。
男だって頑張ってるのに、ひどいことばっかり言うんだ、あいつら。
燃絵流は感情の昂ぶりによって、自身の能力が発現していた。
炎系能力者の能力。
嫉妬の炎ではないが、彼の周囲に蜃気楼のように現れた熱波が、暴発の兆しを見せ、公園の芝生に焦げ目をつけ始める。
ちりちりと―――緑の芝生がやや黒くなった。
「―――そこのニイちゃん、静かにしな」
ご近所さんに迷惑だぜ、と。
男の声がした。
どこのメーカーだか全くわからないキャップ帽をかぶり、薄汚い鼠色の服を着た、男だった。
公園のベンチでずっと彼を―――失恋能力者を眺めていたらしい。
「………うっせぇ」
アンタに、今の俺の気持ちがわかってたまるか。
「俺の能力が好きって―――あいつ、そう言ってくれたんだ。それが最初で、付き合い始めたんだ。―――なのに!」
言っているうちに、恥ずかしくなってしまう。
恥ずかしさと、憎しみ。
顔から火が出るほど恥ずかしい、という表現があるが、彼は能力者なので、実際に顔からも火を出せる。
「―――あんた、能力者かい?」
薄汚い男は、手に持ったガラス瓶………焼酎だろうか―――を傾け、言う。
「ああ、そうだよ。主人公なんだ。炎系だよ。生まれながらにして一番目立つ―――」
ひぐっ、と鼻をすすり、涙をふき。
「炎を操る、能力者なんだよ、俺はぁ約束されているんだ………」
「―――へぇ、そんなに強いんなら、こいつを倒せるかもなぁ」
燃絵流が、男の言葉の意味を図りかねて。
首を傾げながら、男の方を見やる。
驚愕。
広々とした運動公園に、蠢く『闇』があった。
「なっ―――!?」
目を凝らせば、蠢く闇、ではなかった。
薄汚い男の後ろに。
暗くて全容が把握できないが、燃絵流が見上げるほどの大きさの、それは―――怪物だった。
巨大な塊が、蠢く。
「アンタが強けりゃあ、助かる―――それだけの話よ」
そういって男は、新たなワンカップ酒のアルミ封をねじ開けた。